嫌がらせ
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ゴリアム皇国には皇都を守る為、敵対するイザゼル帝国の侵入を防ぐべく幾つもの基地が備わっている。
最前線には何十もの基地が国境に沿って設置、国境を守る。そして皇国領域内にも、前線崩壊した時の為に基地がバラバラに設置されている。
そして、小さい基地とは違い、ゴリアム皇国には皇国を守るために建てられた巨大な要塞が三つあり、それは三角形のような配置で建てられている。故に三角の聖要塞と呼ばれる。
北からの進軍を許さぬ要塞・ガルド要塞。
南の守護神・スベドルダム要塞。
そして東に位置し、イザゼル帝国から土地を護る最高格の防人、イヤラ山に位置する要塞・イヤラ要塞。
どれも街並に大きく、中でも最前線にあるイヤラ要塞に関しては皇都に並ぶ程の巨大さ。その大きさからこの要塞の費用と重要さは言うまでもないだろう。
イヤラ山はこの世界の中心を牛耳るように存在し、類見ない程に巨大だ。その頂上にイヤラ要塞はあり、そこから数キロ先にはイザゼル帝国側の戦前基地がある。
規模の大きさはケタ違いではあるが、未だにイヤラ要塞が山の頂上を占拠出来ないのは、巨大要塞からの進軍を止めれる程の勢力がイザゼル帝国にはあるという事だ。
規模感では勝負は明らかだが、要塞から送り出す兵力をイザゼル帝国は抑えるだけでなく跳ね返せる。故に未だに睨み合い続けている。否、睨み合いでなく我慢対決。
進軍させて兵力を失うより、イザゼル帝国の攻めに要塞が反撃し、兵力を減らしてから進軍させる方が良いと考えたゴリアム皇国はずっと要塞に篭もりっぱなし。勿論、イザゼル帝国にもその意図は伝わるので攻めてこない。
そうして時が流れ、イザゼル帝国がシビレを切らしているのをイヤラ要塞は待っているのだ。
イヤラ山は標高が高く、酸素も薄く雪も降り積る。山の半分は雪に染まり、北の寒さに負けない程の極寒で死の山とも呼ばれる。
頂上も同様に真っ白な世界に覆われるが、イヤラ要塞は真っ黒の装飾をしている。自分達の偉大さを知らしめるようにわざと目立つような色合いをしているのだ。
極寒の地に設立された巨大軍事要塞、イヤラ要塞には当然数多くの兵士達が暮らしている。建物も森の木々のように多く建てられており、食糧や魔具も皇都から多くの支給を受けている為なんら不自由はない。
要塞内でも戦地、安心して眠ることは無いが兵士達が暮らす住宅街は要塞中心部であり、その周りは多くの防衛の魔兵器が多く設置させれている分余裕はあった。
そんな住宅街より更に中心には城を模様したかのように、黒く四角建造物の集合体のように建てられているこの要塞の城、司令塔。ここに三聖や貴族がいる為、軍事作戦等はここで行われる。
そんな司令塔に設立された軍事広場、兵士達の訓練場として屋根に守られない外の広場には一人の兵士がいた。数多くの兵士が訓練するようスペースは広いが、この兵士以外には誰もいない。
傍から見れば虚しく思える景色だが、その兵士はそんな事を気にせず、寒さに負けぬ熱量で銀色の剣をひたすら振っていた。
厚い生地を使用した防寒服を身にまとった青年。短く整えられた茶髪を揺らし、細くも確かに身についている筋肉を動かして剣を振り続ける。
穢れを知らぬような透き通る優しげな水色の瞳を細め、剣先を見つめつつ見えない攻撃を避ける。
寒さが気にならぬ身体の熱を感じ、荒れる息を整えつつ緊張感のある目で目の前の空を見つめ、剣を構える。
自分の中でしか見えぬ空想の相手。自分の記憶が生み出した空気で作られた憧れの人。彼は唾を飲み込み、その懐へ剣を振りかざしながら侵入する。
すると、目の前に雪の塊が飛び込んでくる。彼は驚きながら足を止め、雪玉が飛んできた方を見ると三人の男の兵士がヘラヘラ笑っていた。
同じく防寒服を着用しているが、マフラーや手袋、ブーツなど青年とは違い完全防備の兵士らは彼を見下して馬鹿にする態度。彼にとってこれは初見では無い。寧ろ日課のようなもので溜め息を吐きつつ剣を下ろす。
そんな意気消沈した彼を見てご満悦の兵士らは彼に向かって足を進める。三人の真ん中にいるリーダー的な存在、オレンジ色のタレ目が特徴の男が話しかけてくる。
「おいおいどうしたよ?俺達の事なんて気にすんな。稽古、続けろよ。」
「....えぇ。」
彼は嫌気を隠しきれずに応答し、兵士の言う通りに稽古を続けることにした。イマイチ集中力は欠け、先程までは大分鮮明にまで映し出した空想の者が思い浮かばない。もやもやとした感情の中、剣を振ろうとするその瞬間、彼の頭に雪玉が当たった。
「ぷっ!アハハハハ!!いや〜すまねぇな〜。真面目そうなお前の顔を見るとどうしても邪魔したくなる。困った性格だろ〜?俺も直したいんだけどよぉ〜?」
兵士は言葉とは裏腹に清々しいように笑っていた。自分の気持ちを踏み躙られたような感情が沸き起こり、拳にも目にも力が入ってしまう。だが、その彼の反応に兵士は見逃さなかった。
「あ?なんだその態度。下級国民のゴミの癖に上級国民の俺に楯突くのか?お前の家族、全員餓死させてやることも出来んだぜ?」
「....すいませんでした。」
彼は身が焼かれるような悔しさを感じつつも感情を押し殺し、兵士に頭を下げた。そんな彼の対応に兵士も大満足。更に満足させろと言わんばかりに彼の頭を持ち、雪が積もる地面に押し込んだ。
先程の熱気が雪に瞬時に冷まされ、冷たさが痛みへと変わっていく。だが、彼は無理に兵士の手を解こうとはしない。することが出来なかった。
兵士には上級国民だけでなく下級国民や奴隷などもいる。兵士になった者には報酬が与えられ、仕事量に関わらず定期的に残された家族の元へと金が入る。
奴隷は自らの解放を求め、下級国民は家族が生き長らえる為、上級国民は下級国民に落ちない為の上納金集め、それぞれの理由がある。
兵士になったら差別などはなし、全員が同格であれと皇国は一応規制はしているものの、そんなのは兵力を呼び込むための建前に過ぎない。上級国民の方が多く食糧を取り、安全な後方で戦う事が常識となり、下級国民以下はそれに逆らうことが出来ない。
逆らったら全員に袋叩きにされることになるのは分かっているからだ。
そんな事で彼は上級国民であるこの兵士には逆らえない。必死に耐え続けると、兵士も飽きたのか頭を離した。
「ふん...それよりもまぁ、良くもやるもんだよな〜。毎日毎日ここで自主練。今日みたいな非番もお構い無しだ。魔兵器を使うんじゃなくてただの剣を振り回してよ。何の目的でそんなことやってんだ?」
「...兵士としての力をつける為です。自分はまだまだ非力ですので、少しでも」
「嘘つくんじゃねぇよ!ただのアピールだろ?隊長クラスの人間に寄り添って少しでも俺たちから逃れようとしてるだけだ。下級国民の愚図のことなんざ直ぐに分かんだよ。下手な理由つくんじゃねぇよ。」
「いえ....それは...」
彼は兵士の言う事を訂正したかった。しかし、真っ向からそれを言っても状況を悪化させるだけ。かと言って肯定すれば、その瞬間その話を兵士全員に広がるような嫌がらせを受けるのは目に見えている。彼にはどうすることも出来なかった。




