出発②
結構本気で嫌がっているミネルの心情を知らず、ケトラはミネルをからかい続ける。
すると、視界の端に何かしら光が反射してくる。ケトラは髭を触る手を止め、その反射の元、ミネルの体毛に覆われた首を凝視する。もしやと思い、ゆっくりと手を伸ばすが、その手はミネルに弾かれてしまう。
ミネルは主人ケトラの手を叩くようにして拒絶。首筋を両手で抑えてブルブルと震えていた。
その反応にはケトラには予想が付いていた。
「ミネル...もしかしてまだ....」
「すいません!すいません!!主人に無礼をはたらいたのはどんな罰でも受けます!!ですがこれだけは....これだけはどうか!」
「....『外せない。』でしょ?分かってる。分かってたけど、最近見なくなってようやく外したと思ってたから...まさかそんな風に隠してまで....
........怒らないから見して。」
そんな主人の命令にミネルは警戒しつつ、首の体毛に上手く隠していた物を持つ。それはペンダント。銀色一色のペンダントだった。
ミネルはそのペンダントをケトラの顔色を見ながらゆっくり差し出すと、ミネルの予想通りケトラの顔は顰めっ面になり、深い溜め息を吐いた。
「....私は別にミネルを束縛なんかしたくない。寧ろ自由に生きてて欲しい。だけど、そのペンダントは...傍から見ても趣味が悪いとは思わない?神様を冒涜してるとしか思えないよ?」
ケトラの説明通り、ミネルが付けていた銀色のペンダントの中心には逆さまになっている十字架。それをチェーンの先に付けられている杭で貫き、固定されている。しかもその貫かれている部分も破片や十字架のひび割れも精密に作られているというこだわりも感じられる。
基本、人の趣味や思考は放任主義のケトラが顔を顰める理由はこれだった。
それでもミネルは何も言わない。寧ろそのペンダントを護るかのように自分の手に包み込み、胸に押し込めた。
「....申し訳ございません。ケトラ様のお気持ちは痛い程に理解できます。ですが...」
「いいよ。寧ろごめんね、なんか...毎度毎度断ってるのに何度も聞いて厄介だよね。」
「そ、そんなことはございません!理由も話せない私が悪いのですから、ケトラ様に非などございません!」
「ううん、ミネルがそれだけ断ってるんだからそれ相応の理由があるはず。なのに、僕が我儘を貫こうとしてるから非はあるよ。
だけど分かって欲しいんだ。僕はミネルを失いたくない。変なトラブルに巻き込まれて欲しくはないんだ。僕の大切な家族だからさ....」
ケトラは目線を落とし、握り合わせている両手を不安そうに見つめた。そんな彼女を見ると再びミネルは暗い過去が頭を過り、暗い感情が溢れてくる。
だが、ミネルはその感情に囚われることを拒否した。すぐに自分に鞭を打ち、暗闇から脱出。そして思考を最速で回転させる。
――これからケトラ様は緊張感が薄いとはいえ戦場で出向く。そしてそこの重要責任者。なのに出発してから暗い空気は不味い。ケトラ様が折角変えようとしてくれた流れも、私のせいで暗くさせる。私が何とかしなくては!
ミネルは何か話題はないかと考え、それを探す為に周りをキョロキョロと見る。窓の外を見てもまだ皇都内で見慣れた景色、とてもじゃないがケトラの気分が晴れるような話題の元になるとは思えない。
かと言ってプライベートの話をするにしても、大体お互い把握済み。召使いの話をしようにも、その話の延長が今の空気。会話には出来ない。
頭をショートさせながら周りをキョロキョロと見る様は滑稽であり動揺具合が半端ではなかった。ケトラが目線を落として自分の世界に入っていたのが幸いで見られることは無かった。
慌てるミネルは、ふと自分の足の横にある手荷物が目に入った。茶色の袋を見て会話の種を思い付くが、仕事関連故気分が晴れることは無いと予想。しかし、現段階で他にいい種は無い為仕方がなくその袋から一冊の分厚い本を取り出した。
両手でようやく持てる本をケトラの視界に侵入させ、不思議そうにしながらケトラはその本を受け取る。
「何これ?凄い分厚いけど....」
「...それは今から行くイヤラ山の基地に在住している兵士達の記録です。先程ウェルロゴから渡されました。」
「えぇ〜?もう仕事の話?まだまだ時間はかかるんだから、着くまでは仕事の事なんて考えたくはないんだけれど....」
「お気持ちは分かります。ですが、仕事関連ではありますが肩の力を抜き、知り合いを探す程度で軽い気持ちで眺めるくらいでいいかと。暇潰しにもなりますし、私も手伝いますから。
....|段階二・浮遊《レベル二・アップキープ》。」
ミネルは手をかざして魔力を込めると、持つのも一苦労な重い本はフワフワとケトラの手元から離れて浮かんだ。そしてケトラが読みやすいであろう場所へと移動させる。
「いやいや、手伝ってくれるのは嬉しいんだけどさ、ミネルの魔力の消費が大きくないかい?すぐに読めるようなものじゃないし、暇潰しにって言うなら時間をかけたいし。」
「限界が来るまでやらせて下さい。イヤラ山へ行ったら私の仕事などたかが知れているので、こういう些細な所からお手伝いをさせて頂きたい。」
ケトラはミネルの力強い目を見ると嬉しそうに溜め息を吐いた。
――...とても、譲ってくれるような目じゃないな。ミネルはたまに頑固者スイッチが入るから、こういう時はミネルの我儘に付き合おう。普段から僕が我儘を言っているのに、拒否するのは平等じゃないからね。
ケトラは座り直し、ゆっくりとページを捲って兵士達の記録を読んでいた。ページには兵士達の名と役割、特徴や過去の経歴など堅苦しい文書が書かれている。
本来、こんなものを渡された貴族は目を通すまでもなく捨てるが、愛国心が誰よりもあるケトラにとっては暇潰しになり得る本だった。愛する国で生まれた愛する国民、まるで我が子のアルバムを見るかのようにケトラは兵士達の情報に目を通す。
ページを捲る速度は遅いものの、ケトラは本に集中していた。飽きている様子もなく時間を掛けて読み続ける。次第にミネルには限界が訪れ、ケトラは一人で持ちつつも読み続ける。
すると、あるページでケトラはピタリと手を止めて目を見開き、何度も何度もその兵士の記録を読み返す。そんな彼女の反応にミネルは気が付いた。
「....どうかなされましたか?気になる兵士でも?」
「.......うん、そうだよ!あはっ!暫く顔が見れていないと思っていたらそういう事だったのか!ここに配属されていたんだな!!」
一兵士を見て大はしゃぎするケトラ。たった一人の兵士に対して大きなリアクションをする彼女から、ミネルは兵士の正体が分かり、顔色を暗くさせるのだった。




