ケトラの憂鬱②
頭を抱えて溜め息を吐き零すケトラ。そんな彼女の心境は理解出来るため、そこから先はミネルは黙っていようとしたが、ウェルロゴは構わず話を進めた。
「それだけじゃないんですよミネルさん。実は、今年度は"三聖"の入れ替えをするみたいなんです。」
「なんで急に?......あ、まさか。」
「そうです。ケトラ様は三聖の一人ですので、戦力の偏りを理由に交代。そして要塞でやっていた三聖の任務を丸々受け取る形に。なので、ケトラ様は三聖と貴族が行う仕事を二年間やらされるという訳です。」
滅多な事では気分を害さないケトラがここまで落ち込む理由、そしてズボノのニヤケ顔の真意がようやく分かったミネルは彼女の反応に納得した。
「なるほど、そういう事でしたか。まさかゴリアム皇国の兵士格で最高峰の勲章である三聖がこんな形で発揮されるとは....」
「全くだよ...配属期間が変わらなかったのは不幸中の幸いだけど、仕事量も二倍っていい迷惑だ。あぁ〜!こんな事になるなら三聖なんかにならなければ良かったぁ〜〜!!」
「いや、俺は思うんですけど、物は捉えようって言います。だって兵士たちの指揮は三聖、その他基地の運営は貴族、そんな二つの権利を持ってるんですから!
あの基地だって都市並に大きいですし、なんなら、皇王になった時の体験みたいな感じでいい経験になるんじゃないんですかね?」
ストレスが溜まる一方のケトラを元気づけようとウェルロゴは発言するが、ケトラはそんな彼を細めでジーッと見つめていた。
「....それ、ズボノ氏にも言われたんだけど?ニヤニヤと嫌味ったらしく...」
「あ、あれ?そうでしたっけ?」
「そうだよ!!はぁ〜....別に僕は皇王を目指して貴族の地位を守ってる訳じゃないの!苦しんでいるゴリアム皇国の民を少しでも救いたいからやってるだけなのに....」
元気づけるどころかストレスを貯めることに成功したウェルロゴ。ミネルに睨まれて肘で突かれ、苦笑いを浮かべながらも彼は質問をした。
「それなら、尚更皇王を目指した方がいいんじゃないんですか?だって、一貴族だとしてもやれる事には限度があるでしょ?なら、皇王になって国を変えちまえばいいんです。ケトラ様は民から尊敬されてますし、絶対いけますって!」
「...無理。この国は代々こういう制度でやってきたんだ。いくら皇王になったとしても、そんな制度に賛成する貴族なんて居ないし、そもそも皇王になど認めてくれる筈もない。最終的な判子を押すのは皇王だからね。」
ケトラの答えにウェルロゴはまた何かしら言おうとするが、言葉が浮かばずに黙り込んでしまう。それを気にせず、ケトラは話し続けた。
「それに、下級国民を助けるとなったら上級国民にも支障がある。そうなったら民の信頼なんてひっくり返る。
....この国には毒が回ってる。人の欲がより濃く、深く根付いている。一度作り上げてきた物を壊して生成するのは、結構難しいんだよ?その上、その毒で位を作っているんだから尚更にね。」
「そう...ですよね。俺、ちょっと単純に考え過ぎてましたね。」
自分の軽率な考えに反省しているウェルロゴだったが、ケトラは別に気分を害した訳もなく、微笑んで許した。
「そうだね。....単純って言えばイザゼル帝国はその点変えやすい。力を示せば上に上がれるんだからとっても簡単。僕達が悩んでいる毒なんて力で取り除ける....
そう、単純だからねあのゴミ集団は。思想も理想もゴミで出来上がってるからゴミみたいな法律しか作れない。単純過ぎて笑えてくるよ。」
「...ケトラ様?」
「あんな制度で普通の国は制御出来ない。なのに出来てるってことはアイツらの脳みそは全員が同レベル、ゴミクソが詰まりに詰まってる脳みそ。力でしか人を動かせないゴミにそれで納得するゴミ、全員ゴミだ。ゴミに塗れたゴミ集団、そんなアイツらを駆除する為に僕は....
あのクソゴミ共...ゴミゴミゴミゴミゴミゴミ........」
ケトラは目を血走らせ、頭に血管を浮き上がらせながらブツブツと念仏のように話していた。目の前の二人の呆気顔に気づかず、ひたすら自分の感情を吐き出すことにしか意識がいかない。
ミネルとウェルロゴはお互い目を見合せ、優しいケトラが見せたもう一つの顔を見て悲しげな顔をする。
ウェルロゴはとは違い、長年近くにいたミネルには彼女の変貌の理由が身に染みて分かっているため、自分の胸もチクチクと痛み出す。
――....イザゼル帝国の話になるといつもこうだ。すぐに自分を見失ってしまう。
ケトラ様の怨念は理解出来ているけど、他の貴族などに利用されてしまいそうで...私は心配なのですよ?ケトラ様。貴女は自分の命が軽そうに思っていると、私は見えてしまう....
普段のケトラとはかけ離れている姿に心痛め、涙を堪えつつミネルはケトラの手をソっと握る。そんな彼女の行動で我に返ったケトラは、二人の顔を見て自分の状況に気が付き、先程とは別の意味で頭を抱えた。
「.......ごめん二人共。見苦しい姿を見せちゃったね。」
「あ、いえ....俺達は大丈夫ですけど。」
ウェルロゴはそう答えるが、ケトラは二人に迷惑を掛けたことに激しく落ち込んだ。顔どころか雰囲気もズーンと暗くなり、そのまま下へとめり込んでしまいそうだった。
「...げ、元気出してくださいよケトラ様!俺達は全然大丈夫ですし、そんな調子じゃあこれからの仕事がより一層キツくなりますよ!?
話を戻しますよ。イヤラ山の基地に兵士は何人くらい持ってきます?ケトラ様直属部隊として。」
ウェルロゴの質問にケトラはゆっくりと顔を上げた。まだ落ち込み具合は取れきれていないにしろ、彼の質問に貴族として、三聖として真剣に答えようとしてくれていた。
「....三分の一程度でいいよ。基地にも兵士が居ることだし、残りの兵は家の警護に当たって欲しいかな?」
「分かりました。着き次第、編成と準備をするんで少し時間を貰わせてもらいます。」
二人のやり取りに違和感を覚えたミネルは、目を丸くしながらケトラに直ぐに尋ねた。
「もしかして、今日から出発なのですか?」
「そうだよ。全く困ったものだよ...本当はちゃんと気持ちの準備とかしたいのに、皇王直々から命令下っちゃったからね。断る事なんて出来ないよ。」
「そうでしたか....大したお見送りが出来そうにないですが、お気を付けてください。ほぼ停戦状態とはいえ戦争中ですし、最前線には変わりありません。屋敷は我々に任せてもらい、ケトラ様はお勤めを全うして下さい。」
主人のケトラが抱くであろう不安を取り除けるよう、ミネルは真剣な表情で伝えた。それに対してケトラは彼女の言葉を重んじ、それ相応の対応をしてくれるとミネルは思っていた。しかし、予想とはかけ離れ、ケトラは呆れた様子だった。
「何言ってるの?ミネルも一緒に行くの。」
「え?私もですか?」
「当たり前だよ。もしかして....嫌だった?」
ケトラはミネルの顔色を伺いつつ、悲しげな表情で見つめてくる。そんな目線を向けられたミネルは心臓が飛び跳ねる衝撃と共に焦った。
「あ、いえ、そのようなことは...」
「嫌なら嫌って言って。こんなの僕の我儘なんだし、ミネルを無理に連れ回すような事はしたくないんだ。遠慮はいらないからさ。」
「いえ、本当に違います。もしケトラ様がイヤラ山の方へ出向く事があるならお供したいと常々思っていましたが、まさかそれが実現するとは....
でも、本当に宜しいんですか?ウェルロゴが居ますし、そもそも私がいる役割など...」
ミネルはウェルロゴの顔色も少し伺いながら、表情で大丈夫かと尋ねる。そんな彼女の不安をウェルロゴは微笑みをもってして消す事になった。
「いる意味はめちゃくちゃありますよ。イヤラ山に行けば激務が待っていますし、周りは殆どが初対面。その上、重役の責任もあります。
そんな時に肩の力を抜ける場、気軽にお話が出来るミネルさんが必要ですよ。正直、俺はケトラ様にお使いしてからまだ浅いので、ミネルさんは必要不可欠と思います。」
「そういうこと!だからミネルさえ良ければ付いてきてくれない?強制なんかは絶対しないけど
ミネルにはずっっっと僕の傍にいて欲しいんだ。」
ケトラはミネルの目を見つめながら両手で彼女の手を握った。
貴族とはいえ優秀な兵士の証拠か、ケトラが握る手は大男に掴まれているかのように感じる。しかし、少し目線を上げれば美しく凛々しい女性が子犬のように不安そうに見ている。
ミネルはその目をジッ見つめ、少し目線を落として握られている両手を見つめる。何も言わない無言の状況が暫く続くと、ミネルはこくりと頷いた。
ミネルの答えにケトラは不安に遮られていた顔が太陽のように明るい笑顔へと変化。言葉にならない嬉しさを噛み締めながら握った手をブンブンと縦に振っていた。
そんな子供のようなケトラの反応に思わずウェルロゴは微笑んだのだった。
「....俺、そんなに仲が良い奴が居ないんで分からないんですけど、そんなに嬉しいもんですか?ケトラ様?」
「当たり前だよ!ミネルが近くに居るってだけで力が漲る!僕らは本当、二人で一つみたいな存在さ!!」
ケトラは嬉しさのあまり、席を離れてミネルに抱きついた。ウェルロゴに仲の良さをアピールするかのように、ケトラは満面の笑みを浮かべる。
それに比べ、ミネルは何も言わない。ケトラのスキンシップに嫌がるでも嬉しがるでもなく固まっていた。しかし、満更でもないのか、青い体毛に覆われる頬が少しだけ赤く変化していたのだった。




