ゴリアム大城
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気温や風が肌寒く、外を出歩く者が厚着をするのに違和感が無くなった近頃の筈が、今日に限って雲ひとつない晴天が肌寒い世界を温める。
全身を黒一色の衣服に染め上げて顔は勿論、指先すら見せない格好をし、真上には太陽の光が降り注ぐ。
マスクの中で汗と熱気が充満しているのを感じつつ、ゴリアム皇国第二貴族ケトラ・ヴォルドの従者であるミネルは太陽を恨めしそうに睨みつけた。
しかし、ミネルは特に何か対策を行う訳でもなく、ただひたすら停車させている馬車の前で人形のように立っていた。
今、彼女がいるのはゴリアム皇都の中心にある大城、皇王が住まうゴリアム大城の敷地内だった。
憎き太陽に届かんと言わんばかりに大きく美しい純白な城。建てられてから何百年と建っている建造物とはとても思えず、まるで新品。常に清掃を心掛け、塗装が剥がれている箇所があったら大騒ぎするくらいに、皇王はこの城を維持してきていた。
まるでこの国の品性を代表するかのような城。そして、それは城に留まらずに城内も勿論、今ミネルがいる場所を含めた城門敷地内までも徹底されている。
枯れている植物など見る影もなく、どこを見ても元気で美しい色合いを持つ植物しかない。芝生も長さは気味の悪いほど整えられており、各庭には必ず一つは高そうな噴水が設けられている。まるで選ばれたものだけが住める楽園のような印象。
その徹底さは文句のつけようはないのだが、戦争中に加え下級国民以下の生活を経験してきたミネルにとっては苛立ちを感じざる得ない。かと言って何をすることも出来ない。
大声で罵詈雑言を吐き捨てたい気持ちを抑え、今は暑い環境に耐えつつ仕事をやるしか無かった。
本来獣人であり、元裏奴隷という過去を持つ彼女がこんな場所に入ることなど有り得ないのだが、彼女が今ここにいるのは主人であるケトラの送迎の為だった。
月に一、二度ある大会議。皇都内で散らばって過ごしている十の貴族が集まり、主に戦争を議題に話し合いをしている。
その為、主人を待っているのはミネルだけでなく、少し目線を動かせば、自分と同じように城の玄関近くで馬車ごと待機させて主人を待つ者達が見える。
馬車の数は八つ。二つ足りないが、その一つは第一貴族のヨドラール・べべンドの分なのはすぐに分かった。第一貴族は貴族のトップであり、皇王族とほぼ同等レベルの権力の象徴である。
つまり、皇王が死んだ時に身内である皇王族ではなく第一貴族が皇王になっても何ら不思議ではないし、それ故に城内で暮らす事を許されている。故に馬車など今は必要は無いのだ。
そしてもう一つの馬車に関しては別件でここには来れない貴族がいるからだ。
それはさておき、ミネルには気に入らない部分が一つあり、太陽の苛立ちを目線に変えていた。
主人を待つ従者達だが、誰しもがこの炎天下に根を上げていた。面倒くさそうに待機しているものや馬車に乗り込んで日を避けようとする者、挙句の果てには他の貴族の従者と楽しそうに会話をしている者までいた。
――全く情けない連中だ。主人が仕事をしていて、自分達もその最中だというのにまるで旅行に来てるかのような佇まい。主人が見ていなければ何をしてもいいって発想の時点で、あんた達の忠誠心などたかが知れてるな。
獣人だとバレないように全身黒づくめなのだからより一層目線は集まり、第一貴族の従者がこの場に居ない以上、今ここで一番目立つのは第二貴族の従者であるミネルだ。
故にそういった意識は強く、炎天下にも根を挙げずにひたすら堪える。自分の一つの行動でケトラの評価を下げたくない一心でミネルは馬車で休む事も出来るのだが、敢えてすることは無かったのだ。
心の中とはいえ罵倒した身、ミネルは自分もそのランクに落ちたくはないと強く思い、今一度気合いを入れ直したところで、背後から声をかけられた。
「あの...ミネルさん、大丈夫ですか?」
声をかけたのはミネルと同じく従者であるナルバだった。黒髪を後ろにびっちりと固め、センターの前髪は手を付けずに遊ばせているのが特徴的な青年だった。この男もミネルと同様元裏奴隷である。
「大丈夫よ。ケトラ様が気を張って会議してるっていうのに、私なんかが楽していいわけないじゃない。でも、貴方は馬車の運転があるから、私に気を遣わずに今の内に休んでおきなさい。」
「それはそうなんですけど、ケトラ様だってそんなの気にしませんよ。第一見てないですし...」
「見ている見ていないの問題じゃないの。例えケトラ様直々に言ったとしても、私は辞めないわ。」
「いや....その考えは良いとは思うんですけど、こっちも休むに休めないって言うか...」
ナルバは気まずそうに休んで欲しいと遠回しで伝えるが、その意味がわかったとしてもミネルは動かない。彼の言葉を無視し、ピクリとも動かずに門から出てくるケトラを待っていた。
そんな彼女の対応に悩まされ、ナルバは眉間に皺を寄せ、溜め息を我慢していた。
「....そもそも、ケトラ様は会議にそんな真剣じゃないんじゃないですか?別に怠け者って言うんじゃないですけど、この会議なんて何十回もやってる訳ですし、案外会議よりも目の前の菓子に夢中だったりして〜。」
少しでもミネルの肩の力を抜こうとしたナルバだったが、結果が全く出ていないのは銅像のように固まったミネルで分かった。
自分にどうすることも出来ず、しょんぼりとしていたナルバに対してミネルは小さく口を開けた。
「そんな訳が無いでしょ?...ケトラ様は貴族最年少な上に第二貴族という高い位にいる。他の貴族達にとっては笑い話にもならないわ。だから、ほんの少しのミスでも寄って集って大きく魅せようとするはず....気を緩む隙なんて会議中にはないわよ。」
「まぁそうですよね...でも、今までよくケトラ様は位を維持出来てますよね。位が低いとはいえ貴族達が一致団結したら、すぐに落とされちゃいそうですけど。」
「それ程までにケトラ様は優れてるってことよ。埃一つ貴族達にはチラつかせず、戦争開戦以前から皇国に貢献してきている。
効力はあまり無いかもしれないけど、下級だけでなく上級国民からの信頼も厚い。皇王も気に食わないと感じても簡単には切れないわよ。」
まるで当然と言うかのようにミネルは淡々と話していると、ナルバは口角をあげて微笑んでいた。そんな彼の反応に少し首を傾げて不思議がっていると、仮面越しにナルバに伝わったのか、少し慌てて説明した。
「あ、いえ...話を聞いてるだけだとケトラ様が皇王になってもおかしくないって思って。もし、あんな方が皇王になってくれれば、この国は凄い平和で慈愛に満ちてもなんら不思議じゃないなって思って....」
「....まるで今の皇王が無能と言いたいようね。さっき近くで皇国の兵士が居たけど、大丈夫?」
「え!?ど、どこです!?どの辺ですか!?」
思いもよらぬ情報にナルバは冷や汗をかきながら慌てるが、ミネルは軽く笑っていた。それで冗談だったと分かった彼は息を深く吐いた。
「はぁ〜...勘弁して下さいよ。本当に心臓に悪いです。」
「ごめんなさいね。でも、今は大城の敷地内なんだからそういった発言は控えた方が良いわ。私達の失態でケトラ様に迷惑をかけるなんて事は命を落としてでもあってはならない。」
「....そうですね。今の暮らしに慣れちゃったからなのか、緊張感が薄れてました。
....俺達はあの人に全てを救われた。そんな恩を仇で返す訳にもいかないですもんね。」




