最悪
思わずポソりと呟いたサチコ。そんな彼女が見た光景は彼女が想像すらしていなかった光景だった。
そこには五人の男が倒れ込み、その男達の近くでシアラがあたふたと慌てていたのだった。
「あぁ...ど、どうしましょ。どうしましょ....」
そんな事を呟きながら焦っているシアラの背を見て、サチコはポカーンと口を開けていた。あまりに検討違いの状況に憎しみなど吹き飛び、大きな魔力は見る影もない。すると、そんなサチコの目線に気が付いたシアラは飛び上がってサチコへ駆け寄った。
「サチコさん!大丈夫でしたか?何処かお怪我とかは?」
「え?いや...大丈夫ですけど....」
「そうなんですね!良かったぁ...本当にご無事で良かったです。」
ホッと安堵の息を漏らしたシアラだが、相変わらずサチコは動揺していた。自分の想像していた事態とは掛け離れ過ぎていて、正直付いていけていなかった。
「あの....シアラさん。これって...」
「あ!そうなんですよサチコさん。この人達、私を捕まえようとしてまして、私も恐怖心があったんです。だから、抵抗する時にちょっと...強く蹴り過ぎて....」
モジモジと恥ずかしそうに言うシアラに相変わらず頭の整理がつかないサチコ。すると、後ろで倒れていたシンドムが何とか起き上がろうとしていた。
「ふざ...けんな....このクソアマ!!」
シンドムは完全に自分に背を向けているシアラに飛びかかった。その行動にサチコは慌てるが、シアラは何食わぬ顔で後ろ蹴りを放つ。
「...えい!」
シアラの踵は丁度シンドムの股間に直撃。シンドムは悶絶しながら蹲った。
「ぐぉぉぉぉ!!!」
「あ!ごめんなさい!また強く蹴りすぎちゃいました!でも、治したらまた襲ってきますよね?こういう時、どうすればいいんですかねサチコさん!
ど、どうしましょ....どうしましょ。」
シンドムに駆け寄って治すことも出来ずに困っているシアラ。棒立ち状態のサチコにようやく追い付いたラーズはサチコの隣に立った。
「...ラーズさん。これって....」
「....シアラは身体が弱い...その上優しすぎる。....人を殺すのは勿論...傷付けることも出来ない。....だが...それでもただの兵士でさえ...シアラには敵わないだろう....シアラの魔法は全ての攻撃を予知する...そしてどの方向で避けて....どのタイミングで攻撃すればいいかも...」
「じゃあ....シアラさんが大丈夫だって言ってたのも、こうなるって分かって...」
「あぁ....魔法の消費は激しいが...訓練もされていない少人数は....シアラの敵じゃない。...ヤバかったらリーヤは....もっと必死になってる。
...もしシアラが心身共に強かったなら....この世界で名を馳せる実力者に...なっていたかもしれないな。」
ラーズの言葉を聞きながらサチコはシアラを見る。彼女の慌てっぷりからは想像も付かず、妙に浮つく。
すると、遅れてリーヤが到着し、彼女の顔を見てサチコは顔色を暗くさせた。
「そうだったんですね。それなのに私....すいませんでしたラーズさん。さっきは酷い事を言って....」
「大丈夫だ...それだけシアラの事に....必死になってくれたんだ。...俺は気にしない。寧ろ....ちゃんと説明出来ずに済まない...」
「そんな事.......
リーヤちゃんも、ごめん。...さっき....強くがっついちゃって。」
サチコは自分のしてしまった行動と言動を反省し、謝った。ラーズは気にしている様子はなく、リーヤもいつも通りの笑顔で答えた。
「大丈夫だよサッチー!全然!全然平気だからウチ!」
シアラの危機が迫っていたとはいえ、自分のしてしまった愚行が悪い結果を生み出さず、サチコはホッと胸を撫で下ろした。
そして、シアラはここでようやくラーズとリーヤの存在に気が付き、シンドムらを気にしながら駆け寄ってきた。
「リーヤさんも無事だったんですね!ラー君も!ごめんなさいね、苦労かけるようで....」
「いや...気にしないでくれ。....俺達を保護してくれた時に色々面倒かけた...それの返しだと思ってくれていい。」
「そうだよシーチャ!シーチャが無事だっただけでウチは満足だし!」
二人の無事にシアラは笑みを零すが、サチコを見て彼女は慌てて話しかけた。
「あ、ご、ごめんなさいねサチコさん!こんな事に巻き込んでしまって....サチコさんの初めてのお祭りの日なのにこんな...最悪ですよね....」
すっかり落ち込んでしまったシアラだったが、サチコはそんな彼女に微笑み、首を横に振って見せた。
「大丈夫です!全然気にしてません私!確かに怖かったですし、大変でしたけど....誰も傷付いてないこんな日が最悪なら...私はそんな最悪、大好きです!」
そんなサチコの言葉に心を救われたのか、シアラは泣きそうになりながらも、こくりと頷いた。
すると、そんな二人の様子を見つつ、ラーズが話しかけてくる。
「....いや...まだ祭りは終わってない。....今ならまだギリギリ間に合う筈だ。」
「え?何言ってんのお兄ちゃん。もうそろそろ例年通りなら終わり時でしょ?もしかして、話通してあるの?」
「あぁ。....少し待ってくれるよう....話をしてからここへ来た。...ただ時間も押してる....急いだ方がいい。」
ラーズの朗報に三人は目を輝かせる。少しでもいいから思い出を作りたいと思っていたサチコにとっては尚更だった。だが、シアラはハッとして顔色を暗くさせる。
「で、でも行けませんよ。この人達を置いていく訳にも行きませんし...どうしましょうか....」
「....こいつらには俺が話をつける。...だから三人は先に行っててくれ....」
「そんな!今回の件は私が悪いので、これ以上ラー君には迷惑掛けられないですよ!」
そう反論するシアラだったが、リーヤは彼女の手を掴むと無理にでも祭りへ行こうとさせた。
「り、リーヤさん!?」
「大丈夫だって。こういうのはお兄ちゃんに任せた方が間違いないって。ほら、サッチーも行こ!」
リーヤはそのままラーズを気にするシアラの手を引っ張り、祭りへ向かっていった。
彼女の言葉がどんなことを指しているのか、サチコは大体を察し、ラーズに謝罪と感謝が篭ったお辞儀をして二人の後についていった。
三人が見えなくなると、ラーズは溜め息を吐きつつ、一番近くで倒れている茶髪の若者に近付いた。
「...お前達のリーダー格は....誰だ?」
冷たく重い口調で話しかけられた若者は股間の痛みに耐えつつ、同じく悶絶しているシンドムに指を指した。
するとラーズはシンドムに近付き、大きな手で彼の首を掴むと、ググッと持ち上げた。
「グッ...」
「....お前達を帝国軍には...預ければ...即刻首が跳ねるだろう。...だから....預けないでやる。...ただし約束しろ....薬から卒業して...チームを解散することを。」
「ほ....本当か?それで...許してくれんのか?」
「あぁ。....だが...もし約束を違えたとわかった時....覚悟する事だ。...俺達は度々ここへ来る。....その都度確認する...お前達から漂う腐臭で....更生したか分かる。....だから...嘘をついたらすぐにバレるぞ。」
ラーズは彼をジーッと見つめながらボソリと呟くように伝えると、シンドムは顔の汗がビショビショになりながらも何度も頷いた。
「わ、わかった....もうヤクもやらねぇ...チームも解散する。....約束するよ!」
「そうか...分かってもらって良かった。....なら...お前達の更生を願って....一つ贈り物がある。....今回の事や個人的な怒りも含まれるから....代表として...この贈り物を心に刻んでくれ。」
ラーズはそう言うと急に優しく微笑んだ。その笑顔が不気味に感じたシンドムは顔を強ばらせると、次の瞬間、股間に更なる激痛。ラーズの拳がめり込んだ。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「....約束...守れよ。」
ラーズは呟くと、シンドムを投げ捨て、悶絶している五人を置いてその場を去ったのだった。




