暴走
黒い物体は拳、拳の主はサチコだった。目を漆黒に染め上げ、鬼の形相で気を完全に失った男を睨みつけていた。怒りのあまり歯をガチガチと震わし、眉をピクピクと痙攣させている彼女の表情と、帯びている魔力にリーヤは思わず唾を飲み込んだ。
「....さ、サッチー?」
「許せない...許せない許せない許せない許せない。シアラさんをそんな目に合わせようとしている人達....全員纏めて呪ってやる。呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って後悔させてやるぅ......」
自分の放った言葉に連動するかのようにサチコの魔力は跳ね上がり、普段の彼女を知るリーヤでさえ、鳥肌が止まらなかった。
――な、なんなのこの魔力...こんなのを帝都で出したら、一発で帝王の次に値する二神衛が飛んで来るよ。お兄ちゃんやロアっちから話は聞いてたけど、これ程なんて....
驚きと異様な魔力に固まっているリーヤを他所に、サチコは既に気絶している男の首根っこを掴み、顔を至近距離へ持ってきた。
「シアラさんは何処!!?何処にいるの!!?答えて!!」
身震い必須のその問いかけにも男は答えられない。サチコの一撃で最早遠い意識の彼方、鼻や口からドロドロと血液が流れるだけだった。
「さ、サッチー待って!魔力抑えて!!このままじゃ」
サチコを諭そうとリーヤは話し掛けるが、それにサチコは睨みで返した。まるで親の仇を見るかのようなサチコの力強い目力と魔力、そして光を移さぬ真っ黒な瞳にリーヤは思わず泣きそうになる。
優しいサチコが見せるもうひとつの一面、エンスの時同様ショックが大きい。だが、シアラがこの姿の彼女に立ち向かった姿を想像し、リーヤは涙を堪えて耐える。
「...シーチャの場所はウチの魔法で分かる。だけど、そんなに恨んで魔力を出してたら、シーチャを追っている奴にも感知されるし、イザゼル帝国所属の帝国軍にも目が付く。」
「..........」
「スラム街で下級国民が溢れる見捨てられたような街だけど大きいからね。当然支部がある。目を付けられたら、シーチャ所の話じゃなくなる可能性がある。だから、抑えて。」
「.......シアラさんは何処にいるの?」
同意と捉えてもおかしくない発言をするのと同時に、その証明と言わんばかりにサチコは魔力を抑える。だが、それもただの気休め。シアラが酷い目にあうという事を想像すれば想像する程、憎悪が込上がり、大きくなったり小さくなったりと不安定だった。
こういう面も感情型のデメリットと言わざる得なかった。
そんなサチコの変貌と魔力に当てられ、息をするのもしんどく思える空気感の中、リーヤは目を閉じて耳を集中させる。
自分の魔法で探知出来る限界まで探知、サチコという集中力を削るような存在がいるにも関わらず、リーヤはすぐに探知出来た。
街の大半は祭りの方に移動している為、逆方向へ逃げていったシアラの方向は比較的静かだからだった。
「...うん、見つけたよ。ウチについてきて。」
リーヤが立ち上がってシアラの元へと向かうと、ピッタリ後ろにサチコが付いてくる。
――こんな禍々しい魔力を持ってるサッチーが向かってくるんだから、シーチャを追ってる連中も顔を真っ青にするだろうな〜。
そんな事をリーヤは心で呟き、珍しく相手側の無事を願いながら二人はシアラの元へと移動する。
段々距離が縮まった所で、二人の方へ向かってくる八人分の足音をリーヤは探知する。
――明らかにゴロツキチーム。しかもまだシーチャを五人程で追いかけてる。ある程度、人数は居るみたいだけど...どういうこと?サッチーの魔力を前にしても逃げ出さないなんて....イザゼル帝国の兵士でさえ無理だと範囲するレベルだよ?
「....サッチー、八人くらい足止めが来るよ。もしかしたらある程度実力あるかも。でも、それでも殺しちゃダメ。いい?」
走りながらそう促すが、サチコは彼女の問いには答えなかった。目の前のシアラが居るであろう方向をジーッと見つめているだけだった。
「ね、ねぇ!聞いてるの!?サッチー!!」
声を荒らげてもサチコはチラッと見ることもしない。まるでなにかに魅了されているかのようなサチコの態度にリーヤはゾッとする。
すると、リーヤが探知していた八人のメンバーが現れる。奥からこちらへ四人、建物上から迫ってくるのが四人と別れており、建物側のメンバーの方が若干リーヤとサチコとの距離が近い。
建物側のメンバーを見ると、それぞれヨダレを吐き散らし、どうも目の焦点が合っていなかった。そこでリーヤはあることに気がついた。
――そうか!なんでサッチーが居るのに来ると思ったら、そんな判断が出来ないのか。確か、コイツら薬やってるんだよね。だったら、その影響で恐怖心なんか薄れちゃってるんだ!
特攻の謎を解決した褒美と言わんばかりに、建物側のメンバーは四人同時に火の魔法を放った。意図的なのかそうでないのか、魔法は二人ではなく進行方向に打った。
リーヤは当然、その魔法を避ける為に止まるが、サチコは構わず全速力で駆け抜けるつもりでいた。
「サッチー!危ないよ!!」
そんな言葉もサチコの耳には届かない。姿勢を低くし、スピードを落とさず火炎の攻撃を避ける気でいた。
火炎が地面へぶつかり、石造りの道が半壊になる。だが、サチコは既にその地点は過ぎた後、何とかスレスレでサチコは攻撃を避けたのだ。
真後ろで起きた爆発や火炎の温度など無視、サチコはただ真っ直ぐに進む。歩を止めたリーヤは無視し、ゴロツキチームは全員でサチコに襲いかかる。
彼女の黒い瞳を見ても何とも思わず、恐怖感が無く狩りを楽しもうとし、サチコを倒したらサチコでも遊ぼうなんて楽観的に考える者もいる。
全方向から迫りかかってくる刃物と魔法と狂気、そんなあらゆる物を纏めて呪うかのようにサチコは目を見開いた。
「邪魔を......しないでぇぇぇぇぇ!!!」
耳が痛くなるような甲高い声と共に、抑えつけていた感情が溢れる。溢れた感情は魔力へと変わり、サチコの身体から霧状となって辺りを覆う。
それはゴロツキ八人は勿論、リーヤにも僅かながら届いてしまった。
「....ッ...ウッ!」
リーヤはサチコから遠ざかっているにも関わらず、一気に吐き気が襲いかかり、すぐさま魔防によって体調調整をする。
だが、それでも不十分。立っていることはできず、その場で片足を地面へ着いてしまう。
――嘘...でしょ?こんなに強力なものなの?......魔力だけなら多分、魔人ローよりも...いや、イザゼル帝国の帝王にすら...
復国軍のエリートであるリーヤも魔防で守るのが精一杯。故に、それよりサチコに接近しており、タダでさえ薬で頭も身体もおかしくなっている連中には大した魔防を作れず、その場で嘔吐しながら倒れ込む。
誰もが顔面を内出血したかのように真っ青に染め上げ、吐き終わるとビクビクと痙攣して叫ぶことすら出来ない。中には不運の呪いの影響で何処かしら怪我をして血を流している者もいた。




