事件
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サチコは最後尾を歩きながらデモーノ街の様子を観察する。ナルテミ村のような田舎村やエルブレト街のような少し大きな街よりも大きく、帝都の清潔感とは掛け離れた不潔な空間。
日本では見ない異世界特有の新しい世界だが、その目には好奇心よりも不安の色が強く現れていた。
田舎村のように木造という訳でもなく、石造りの家や建物が大半を占めているものの、整備は勿論のこと清掃すら殆どされていない様子。
果物の生ゴミや何かしらの魔具やその部品、何かの布切れがサチコ達の歩く広めの道に転がっている。
そこにいる住民も服装は貧相なもので、道がゴミで荒れていても何も気にしていない様子。
時には小さな小動物の死骸が道の端で虫に集られているのも目に入った上、建物と建物の隙間の小さい道から子供や大人が輝きの無い目でこちらを観察しているのも見た。
帝都が天国だとしたらデモーノ街は地獄。人が生活をしているのにその言葉は適切ではないとサチコは自分に言い聞かせるが、頭の中でふと浮かんできてしまう。
この世界に来てからの暗い経験、そしてギルドメンバーの暗い過去が相まると、スラム街と言うだけでサチコは突如後ろから人が来て攫われるんじゃないかと怯えてしまう。
そんなサチコの不安を感じ取ったリーヤはサチコに寄り添って、彼女を優しく抱きながら歩いた。
「変に怖がらなくてもいいよサッチー。大丈夫だって。」
「で、でも...スラム街なんでしょ?治安が悪いイメージあるし、黒爪とか居るよね?この街大きいし...」
「そりゃあそうだよ。正直、ここに来るのは二人以上じゃないと危険ってのは常識だからね。だけどわかってほしいんだ。スラム街ってだけで、ここに住む人達が全員悪い人達ばかりじゃないって。
悪い人の悪行が目立っちゃうってだけで、いい人達だって沢山いるよ!悪い人達ばっかじゃ、そもそも街が機能してこんな風に残ってなんかないよ。」
リーヤの言葉はサチコの不安を拭い、サチコの胸には少しだけ余裕が生まれる。不安はあるものの、迷惑をかけたくなかったサチコは自分を納得させるように何度か小さく頷いた。
「うん...そうだよね!私、神経質になりす」
バリィン!!
突如ガラスが壊れるような音が鳴り、サチコもリーヤも身体を跳ねさせて音の方を見る。目線の先には二人の男性が激しく言い合っており、背の低めな男性が手に持っていた酒瓶を壁にぶつけて相手を脅していた。
心を切り替えようとした最中に起きた出来事に、リーヤが薄めてくれた不安が強化されて戻ってくる。
「やっぱり...」
「だ、大丈夫だってサッチー。ほら!あの人酒瓶を武器にしてないんだよ?じゃあギリ平和じゃない?まだセーフでしょ!」
自分で言ってて苦しいのが分かっているのか、リーヤは汗をかきながら苦笑いをしていた。
その想いに応えたかったが、サチコも「うん、そうだね」とは言いづらく、顔を顰めて二人の喧嘩を見ている。
すると、その場にシアラが近づいていくのが見え、サチコは冷や汗が溢れ出てくる。
「ちょ!?シアラさん!?」
「やめてください!そんな大きな声を出すのは迷惑ですよ!?」
「あ?てめぇは関係ないだろ!?すっこんで.......」
酒瓶を持っていた男性は怒鳴り声を出しながら振り返ると、シアラの姿を見て固まった。その理由が分からずサチコはヒヤヒヤしていると、その男性は信じられないといった表情で口を抑え、段々と口角を上げていったのだった。
「え?...シアラさんですか?何でここに...」
「今夜祭りが開かれる筈なのですが....ご存知無いのですか?」
不安そうにシアラが見上げるように尋ねると、その男性は頬を赤らめながら顔に火照った熱を冷ますかのように激しく手を横へ振った。
「い、いえいえ!!聞いてますよそれは!ただ、祭りっていつもなら三ヶ月後じゃないですか。何かしらの罠かと思ってて...今のもその口論で.......」
「ほら!俺の言った通りだろ!!今日は早めの祭りだ!!他の奴らにも伝えといてやんよ!シアラさんが来たってな!」
「あぁ、すまねぇな。....はぁ〜、見苦しい所見せてしまいましたな。最近物騒なんで、妙に気が張ってたってのもあったんで...」
溜息を吐きながら男性は割れた酒瓶を置いて、近くの木箱に年寄りのように声を漏らしながら座った。
そんな男性の言葉が気掛かりだったシアラはラーズ達の方を一瞬だけ見る。
それに応えるようにラーズが近付き、サチコとリーヤも流れるように近付いた。
肩を自分の拳で叩いて解している男性に、シアラはその場で片膝を着いて尋ねた。
「何か...あったのですか?何かしらの事件が...」
「えぇ、まぁ....最近、黒爪の奴らを良く見かけるようになりまして。理由はハッキリとしては無いんですが、見かけるようになってから不自然に死んでる死体を何ヶ所で発見してる話も上がってて...」
「不自然な死体...それがなんなのか分かったりは?」
「実物を見てはないんでアレですが...殴り合いの果てに相打ちらしいんです。喧嘩じゃ珍しくないんですが、二人共死ぬまで殴って相打ち、それが何ヶ所で見つかるのはどう考えても不自然でしょ?」
男性の話に心痛めたシアラは顔を暗くして俯き、首から垂れている十字架のネックレスをギュッと握っていた。
シアラに得意げになって話した男性は申し訳なさそうに困っていると、彼女の様子を鑑みたラーズが代わりに話を聞こうとする。
「....黒爪の仕業なのか?...最近よく見かけるって理由以外に....根拠になるものはないのか?」
「ないね。だから、ただの偶然ってことも有り得る。だがね...死体になってる奴らは話に聞くと、共通点がお互い仲が良いヤツらばっかなんだと。
この街には何人もの情報屋が存在してて、何人にも聞いたから間違いない。噂によると...黒爪の何かしらの実験をしてるんじゃないかってな。」
シアラに聞き辛くさせるように男性は小声にして、手でシアラに口が見えないように遮って話した。
そんな物騒な話を聞いたラーズはポリポリと後頭部を掻きながらシアラに声を掛ける。
「シアラ....こういった状態だ...祭りは辞めておこう....。」
「そんな!....私.......」
「気持ちは分かるが...奇妙な事が起きているんだ。...そんな中で祭りなんかやったら....もしかしたら被害が増えるかもしれない。」
「それはそうなんですが....」
シアラは分かりやすい位に落ち込み、挙句の果てには泣きそうになっていた。珍しくも子供のような彼女の反応にラーズも顔色を変えて困っていると、サチコはその場に割り込んだ。
「だ、大丈夫ですよ!だって、シアラさんの魔法があるじゃないですか!それで祭りが無事に開催出来るのか調べればいいんじゃないんですか?無理なんですか?」
「....確かにそうだな....シアラ...未来予知を....」
「もうやってます。少し静かにしてもらっていいですか?」
「.......早いな...どれだけ祭りをやりたいんだ....延期でもいいものなのに...」
がっつくようなシアラの行動にラーズは呆れていたが、そんな事を気にしない彼女はお祈りをしながら魔力を高めて集中する。身体から金色の粒子が漂い、少し浮かぶと消えていく。
――この魔力の感覚...優しい感じがする。日向ぼっこをしてるみたいな穏やかになる感じ...日頃の行いなのかな?




