ラーズ達の過去
近付いてもラーズは気が付かず、ただ眺めているように釣りの浮きを見ていた。そんな釣りの邪魔にならないよう、サチコはこっそりと近付いて小さな声で声をかけた。
「あ、あの〜...ラーズさん?」
まるで寝ている人を起こすように声量を最低限にして囁くように声を掛けると、薄らと声が聞こえたラーズはくるっと振り返る。
「....?...サチコ...どうした?」
「いえ...その、釣りの結果を知りたくてですね....つ、釣れてます?」
「......わざわざ歩いてきて貰って悪いが....結果はこの有様だ。」
そう言ってラーズは釣った魚を入れる籠を見せるが、中身は何も入っておらず悲しい限りだった。まさか何も釣れてないとは予想しておらず、サチコは言葉に困っていると、鼻から溜め息を吐きつつラーズは再び浮きの方へと目線を向けた。
「時期も時間帯もあんまり良くない...急だから餌もいつも使っている物の代用品.......釣れないとは言わないが、可能性は低めだろう...
ただ...時間までには一匹でも釣れるよう....努力はするさ。」
「そうですよね!シアラさんってば急ですからね!釣れなくてもしょうがないですよ!あはは。.......」
そこで会話は途切れる。風の音がよく聞こえる程の静寂に包まれ、サチコは何か話そうと話題を探すが、慌てているせいか思い上がってもすぐに消えてしまう。
サチコは会話のキャッチボールが苦手だ。相手から渡ってきたボールを返すのではなく捕まえてボーッと立ってしまう。そんな会話音痴な自分を嫌になりつつも、必死に新しいボールを探していた。
そんなあたふたしているサチコを見て、ラーズは首を傾げた。
「...どうした?....シアラ達の所に...戻らないのか?」
「あ、いえ...その...戻るならもう少し時間を置いてからの方がいいのかなって思ってて...」
サチコは申し訳なさそうに先程のリーヤもシアラとの出来事を全てラーズに伝えた。
彼は最初はジーッとサチコの目を見つめて真剣に聞いてくれていたが、途中から溜め息や嫌気が感じられてきてサチコは徐々に声が小さくなっていった。
「...という感じで...すいません。こんな話されても困りますよね....」
「いや...悪い気分にさせて済まない。こういう役回りを毎度、俺がしてるから....つい溜め息なんて吐いてしまった。」
ラーズは呟くように言いながら軽く頭を下げた。本来ならサチコは頭を下げられた時点で相手に非があったとしても辞めさせようと促すが、今回はラーズが口にした言葉が引っかかり、それで頭が満たされていた。
「...役回り?」
「あぁ。....俺達の過去の話だ。」
「え!?」
ラーズの言葉にサチコは叫ぶように驚いた。確かにリーヤとシアラの雰囲気から過去が気になっていたのは事実だが、こうも簡単に教えてくれるとは思ってもいたかったのだ。
「知りたく....ないのか?」
「そ、そういう事じゃないんですけど...その....いいんですか?リーヤちゃんはあくまで釣れてるかどうかを確認をする為に私を....」
「それなら本人が来る筈だ...話の流れと、サチコをわざわざ一人で来させたのは....俺から話してくれると思っているからだ...初めての人に話すのは....決まってこういうパターンなんだ。
...だから、気にしなくていい。....聞きたくないなら耳を閉じててくれていいから...」
「き、聞きます!それなら聞きますよ!!リーヤちゃんとシアラさん、ラーズさんの事もよく知りたかったですし....お願いしますラーズさん。教えて下さい!!」
がっつくように頭を下げるサチコ。そんな彼女の姿を見てラーズは静かに頷き、釣り糸の先の水面を眺めながら口を開いた。
―――――――――――――――――――――――
ゴリアム皇国から距離は離れているものの下級国民の割には栄えている街、ヘルベド街。この街にラーズとリーヤは両親と共に暮らしていた。この時の母親はリーヤの実母であり、ラーズにとっては義理の母。彼が三歳の頃に母親は病死し、それから少しして父親は今の義親と結ばれた。
母の死からさほど時間が経っていないにも関わらず女を作った父、三歳という幼い彼だが今でも思い出すくらい衝撃的で不快感を感じていた。
それからラーズは徐々に素っ気なくなり、父とも義理の義母とも遠ざかろうとしていた。
父はそんな息子の態度に半ば諦めていたが、リーヤの母親は負けじとラーズに積極的になった。ラーズが想い人のように小さな事でも触れ合おうとし、離れようとしていたラーズにとっては鬱陶しかった。
しかし、リーヤの世話で疲れていてもラーズを我が子のように大切にしようとしてくれていた思いが伝わり、時間はかかったがラーズは彼女を本当の母親として認め、早くも父が再婚した理由も何となく分かった気がして関係は良好になっていった。
ラーズが十一歳、リーヤが七歳の頃、四人で仲良く食事をしていた時のこと。父親は食べていた手を止め、頬を緩めて三人に話しかけた。
「なぁお前達...旅行に行ったりとかしたくないか?」
その父の言葉に三人の手も止まる。ラーズと義母は目を丸くしていたが、リーヤは目をキラキラ輝かせて机に身を乗り出す。
「え!?行きたい!行きたい!!何処か連れてってくれるの!?」
「あぁ。今年は仕事も色々と順調でな。ある程度お金を貯めることが出来たから、上納金も全然大丈夫なんだ。....新しい家族になってからこういう事が無かったからな。思い出作りにもいいのかと思ってな。」
「わぁ!やったぁぁ!!パパ大好き!!」
リーヤは席を離れ、満面の笑みで父親に抱きついた。余りに勢いが強くて父親は席から倒れそうになりつつ彼女を抱き締めた。
「アハハ!そんな喜んでもらえるなんてな〜。ラーズはどうだ?行ってみたりしないか?」
「....俺も...行けたらって思うと....楽しみ。本当に大丈夫なの...?」
「あぁ!平気だよラーズ。お前には何かと子供の頃から我慢させっぱなしだったからな。済まなかったな....」
明るかった父が急に顔を暗くさせ、ラーズは幼い時の自分の態度の負い目を感じた。胸がズキッとするが、その負い目に呑まれないよう自分を保つ。
「そんなのいいよ....父さんも辛かった筈なのにそれを見ないようにしてた...俺も悪いから....」
「....そういう所、前の母さんそっくりだ。ラーズは優しいけど抱え込む癖があるから、今後は気兼ねなく言ってくれ。な?」
父親はそう言いながら彼の頭を撫でた。ゴツゴツして大きな手、撫でられること自体久しぶりだった彼は、そんな父の手が母親の如く優しく感じた。
「ということだ。母さんも予定とか大丈夫か?」
「そこは大丈夫なんだけど、お金は本当に大丈夫なの?貯金はしてるけど、そんな贅沢出来るような余裕ないわよ?」
「それなんだが...実は裏でこっそり貯めててな....その...」
いつも堂々としていた父が珍しくオドオドしているが、安心させるかのように義母はクスクス笑っていた。
「へそくり、ってことね。全くもう...今回は家族皆の為に使ってくれるから許してあげるけど、出発前には何処に隠してたかをぜ〜んぶ吐き出してもらいますから。」
「あはは...こりゃあ参ったな〜。」
父親は助け舟を求めるかのように頭を撫でながら子供達に困ったような笑顔を向けた。だが、リーヤはずっと笑顔で父親を見るだけで、普段感情を表に出さないラーズは家族旅行を想像して微笑んでいた。
そんな子供達の笑顔に父親は言えず、二人を抱き寄せて子供達に負けないような笑顔を向ける。
「父さんの贅沢が消えちまうが仕方がない!旅行は来週だ!それまで良い子にしてるんだぞ二人共!」
父親のその言葉にリーヤとラーズは笑顔で応える。
旅行の楽しみも当然あるが、こんな形での思い出作りが嬉しく思い、来週の旅行が楽しみで仕方がなかった。




