久しぶりの対戦
変な誤解を生み出されそうに感じたサチコは顔を真っ赤に染めあげて、顔を横にブンブンと振り続けた。
「い、いいえいいえ!!そんな事ないですよ!!快感なんて感じたこともないです!!」
「そうですか、それなら安心です。なら、これからは業務以外の行動は程々になさい。貴女の気遣いも嬉しいと思う部分もあるのでキッチリとした制限はしませんが、無理をしてまでやることではないと理解して下さい。」
「わ、分かりました!指導ありがとうございますロアさん。」
「....礼には及びません。自己主張が無い故に悲惨な思いをしてしまったのは身をもって知っていますから。」
ロアはそう言うと振り返って歩き始めた。彼女の口から消えそうな声で聞こえた気掛かりな発言に、サチコは顔色が暗くなり、ロアの発言に対して質問しようとした自分をすぐさま抑えた。
復国軍の中でバルガードとシアラしか知らないロアの過去。何故二人は皆に教えないのか分からないが、それだけでロアの過去がどれ程暗く、過酷なものだったのか想像がついた。
サチコが黙り込んで棒立ちになっていると、ロアは立ち止まって振り返る。
「....何突っ立って居るんですか?行きますよ。」
「え?一体どこに....?」
「....早朝から私を呼び出したのは貴女でしょう。忘れているようでしたら、昨日の約束は破棄という事で失礼させてもらいますが?」
「あ!!す、すいません!今行きますからお願いします!!」
会話の雰囲気で完全にロアとの約束を忘れていたサチコは慌てて彼女の元へ走ったのだった。
二人の交した約束はサチコの特訓だった。魔法ではなく主に体術による指導と手合わせ。その思いに至ったのは一か月前の殺人鬼騒動がキッカケだった。
ムルガ、ローの戦闘ではサチコは無力に等しかった。魔法が強力と評価され、トレーニングはしているもののか弱い身体というのを盾に、彼女の心にはしょうがないといった余裕を持っていた。
だが、あの騒動では魔法が思うように使えず、使えたとしてもローには通じず、魔力無しの戦闘では傍観。その結果、レイナという犠牲を出した事に少なからず関わったのかもしれないと思っていた。
裏奴隷でのマラの時以上の無力感に蝕まれた彼女は、いつも以上に訓練に励み、危険性のない仕事中にも気を張って少しでも身体を動かそうとしたりもした。
ロアの手を借りるのは今回が初めて。約一か月、みっちり練り込んだ訓練結果を見てもらい、そしてそれを実感したいが為の特訓だ。
二人はギルドの裏、それも森に差し掛かる手前までにある敷地に入り、お互い向かい合っていた。
コートとマフラーを脱ぎ、ロングスカートから下に履いていたいつものスカートに着替える。厚着をしていた分、外の冷気が肌に触れて寒さを感じるが、そこは気合いで抑え込んだ。
「...魔法はなし、体術のみということでいいですね?サチコ様。因みに、武器はどうしましょうか?」
「無しでお願いします!まず、基礎からちゃんとしたいから....」
「....わかりました。では来なさい。貴女と最後に手合わせてから一ヶ月半、どう変わったのか見てあげましょう。」
ロアの言葉にサチコは走馬灯のように思い返す。これまでの訓練や仕事、殺人鬼騒動、裏奴隷、魔獣狩り、そしてロアとの教育。楽しくもあり苦しく辛い思い出、それらの全てをぶつける思いでサチコは歯をかみ締め、思いっきり踏み込むのだった。
ロアを驚かせ、いい当たりを二発以上当てる。そんなささやかに掲げていたサチコの目標は、すぐに崩れ去ることになった。
立ち会って少し経つが、サチコは息が荒く汗が凄い。全身が疲労を感じ休みたがっているのに対して、ロアは汗一つかかずにサチコの攻撃をただただ待っていた。
――や、やっぱりロアさんは凄い。こっちの行動はお見通しって感じで受け流して反撃する。勝てるなんて思ってもないけど、ここまでなんて...それにロアさんの本気になんて全然届いてないし...せめて、いいのを一発くらい!!
いつの間にか目標を一段階下げ、サチコは息を大きく吸い込むと彼女に向かって走り寄る。
「やぁぁぁぁぁ!!!」
右腕を大きく振りかぶりながらサチコは走り、ロアは左手を顔面の前あたりに置いて彼女の拳攻撃を防ごうとする。だが、実際にサチコが放ったのは右の下段足蹴り、右腕はフェイントだった。
上半身に意識を向けさせ、ロアの左足目掛けて弧を描く右足の攻撃を放つ。だが、ロアはそれを読み切っている。
左足を浮かし、迫ってくるサチコの右足に足底で蹴り合わせる。結果、サチコが押し負けて体勢が崩れる。サチコが前屈みに倒れそうになった所、ロアは彼女の後頭部に右手を置いて後ろへ押し、それに合わせて右足でサチコの左足を蹴り抜くと彼女は前方向に転んだ。
「痛っ!うぅ...ま、まだまだぁ!!」
砂埃まみれになり、身体が悲鳴をあげているのも気にせず、サチコは無我夢中にロアを攻撃しようとフェイントなしの左拳の攻撃を放つ。
それに対してロアはひらりと拳一つ避け、それに合わせて左の掌底をサチコの顎にぶつける。
勢いよくロアに向かっていった事が仇となりカウンターの形に。ロアの掌底と自分の勢いが重なり、サチコは下半身だけ前へ、上半身はロアに押されて後ろ気味になり、その場で仰向けで倒れた。
「う!....はぁ、はぁ...ま、まだ..まだぁ....」
「もうこの辺にしておきましょうか。貴女の成長は粗方分かりましたのでこれ以上は不要です。貴女も限界のようですので。」
「ま、まだまだ...いけますよぉ....ぜぇ..ぜぇ..」
「説得力は皆無ですね。諦めない心意気は良いですが、流石にこれ以上は私も気が滅入ります。段階四・大回復。」
サチコの返答を聞く前にロアは彼女に回復魔法をかける。身体は癒されていくが心は癒されない、全然相手にならなかったという事実が鮮明に浮かび上がり、少し涙をうかべるサチコだった。
回復は終わっても息は荒く身体がだるく感じるサチコは、座り込みながらロアの話を聞くこととなった。
「それでは、結果といきましょうか。結果として一ヶ月半前に比べるとほぼ変わらず、見方を変えれば酷くなっています。」
「え!?一ヶ月半前の方が良かったってことですか!?」
予想だにしていなかった言葉にサチコは驚愕し、目が飛び出でる程に見開いた。
「見方を変えればです。最後の方で、右拳からのフェイントで右足という展開があった筈です。あれこそ最悪です。あんな分かりやすい攻撃をされては、フェイントを予告するようなもの。何より本命の攻撃が弱いです。
勢いを付けているにも関わらず、勢いも大してない足底に押し負けるとは何事ですか?」
「す、すいません...」
「貴女は自力が強くないのですから足だけでなく腰や体重を使いなさい。それにフェイント、あんなあからさまではなくフェイントとすら意識させない攻撃、本命のように思わせれるようにしなさい。
そもそも、貴女が体術面でフェイントを使うなど...それなら一発一発力を入れた方がいいです。魔法が強力で怠惰になり、貴女の数少ない武器である発想力が大分錆び付いたのでは?」
久しぶりに聞くロアの容赦ない言葉の攻撃。それも正論揃いでぐうの音も出ず、悪態すら付けない。さっきのとは別に違う涙が出そうになるサチコだったが、急に腕をロアに捕まれてそんな悲しみは消し飛んだ。
「....ですが、前とは違い確実に筋肉がついてきています。それに先程までの諦めない心強さ...貴女がこれまで真面目に訓練し、色々経験した賜物でしょう。飛躍的な結果が出ずにガッカリしているでしょうが、こんな感じで日々の努力が備わっているのは私にとっても嬉しい限りです。」
「そ、そうですか!?え..えへへ!やったぁ..」
「と言っても、筋肉はまだ少ないです。骨が細いのでそう多くはつきませんが、それでも限界には程遠いです。それと諦めない心で戦況がひっくり返るなんて状況は殆どありません。
なのですぐに鼻を伸ばそうとしないで下さい。」
「....すいませんでした。」




