魔獣の世話
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イザゼル帝都で発生した殺人鬼騒動から早一月の時が流れていた。
外の空気は徐々に冷たくなっていき、逞しく生い茂っていた草木も幾分か元気を無くしている。冬が近付いてきている証拠だ。
朝日すら照らしていない薄暗い世界は冬のように肌寒い。サチコは白い息を吐きながらギルドの外を歩いていた。
バルガードに申請し、黄土色の学生コートを模様した上着を身につけ、下のスカートもロングを着用し、ソックスも太もも辺りまで上げ、マフラーも身につけるという完全防備だった為幾分かマシに感じる。
――うぅ〜、寒いな〜。やっぱり走り込みしてからにした方が良かったかな〜?でも、そうすると後々後悔するし...取り敢えず、いつものやつを終わらせないと。
サチコは食堂から持ってきた水々しい野菜と生肉を乗せた籠を持ち、ひょこひょこと小さく飛び跳ねるように小走りしていた。
野菜と肉は熱湯で洗っているのでほんのり湯気を漂わせ、それを顔に当ててほんの少しでも温かくなろうとしていた。
サチコが野菜と生肉を手にして向かったのは、ギルド横に配備されている魔馬達を管理している小屋だった。
小屋に入るとそれぞれの魔獣がそれぞれの柵の中に居るのが目に入る。寝ていたり起きていたりと様々。最初はキラキラと目輝かせて見学のように辺りを見ていたのが、今では魔獣に異常がないことにホッとする程慣れている。
メンバー一頭づつの八頭。同種の魔獣はおらず、サチコは誰がどれを管理しているのかすぐに覚えれた。例えば、ステアは裏奴隷の件で見た薄緑のリザドランナー。エンスはダチョウの身体と蛇を合わせたようなミミクルという魔獣だ。
小屋の中は寒さに備えて暖炉に火が灯されているが、小さくなっている火を発見したサチコは急いで新しい薪を与える。
薪で温度調整をし終わると、次は柵内の清掃。ただ、寝ている魔獣を起こさない為に起きている魔獣の柵だけ清掃する。
キツかった糞とその臭いも多少は慣れ、顔を顰めながらも終わらせる。
「よし...後は餌やりだけだ。」
サチコは籠から野菜と生肉を取り出すと、それぞれの柵前にあるトレーに乗せて中へ入れる。すると、魔獣達はそれを食べ始める。
魔獣事にもやはり好みもあり、それを間違えぬようサチコは慎重になりつつも餌を与えた。
そして、サチコは自分の管理している魔馬・デルタホースこと、アビアの餌やりをする。彼女にもっと懐かれたい思いが強く、サチコは彼女の餌やりだけは柵内に入り、手で与えている。
デルタホースは基本大人しく、危害を加えることは無い。ただ、他の動物に心の底から懐くような事は滅多になく、馬主が危険になっても一目散に自分の安全を優先する。更に、自分の敵だと認識したものには容赦なく、とことん嫌悪し攻撃する特性がある。
まるで難易度激ムズの恋愛ゲームをプレイしているように感じるサチコ。初めての動物の世話、そして懐いてくれた時の達成感を考えるだけサチコの頬は緩むのだった。
「えへへ〜。アビア、今日のご飯だよ〜。ほら、レオレタス。ひんやりしてて美味しいよ〜?」
サチコは湯気につけても尚冷たさを感じる白いレオレタスを籠から取り出して、彼女に向けて差し出した。
アビアはレオレタスの匂いを嗅ぎ、少しして食べ始める。レオレタスを通じて感じるアビアの噛む感触、命あるものを育てる楽しさと愛苦しさを同時に感じるのだった。
「美味しいでしょ?本にも大好物って書いてあったから、口には凄い合うと思ったんだ〜。」
楽しそうに微笑みながら話しかけるサチコに対して、アビアはシラケたような表情でひたすらレオレタスを食べていた。そんな彼女を見てサチコはから笑いをする。
「あははは...まだまだ時間がかかりそうだな〜。」
そう呟きながらサチコは籠の中から次のレオレタスを用意し、次の食事にアビアに何を与えてみようかと考えながら彼女に食事を与える。
食事が済むと、サチコは籠を持って柵を出る。そして振り返ると笑顔で手を振った。
「またねアビア!お昼くらいになったら外に出してあげるからね〜。」
友達のようにお別れをするサチコ。元気よく小屋を後にする彼女をジーッとアビアは見つめていたのだった。
アビアとの時間の余韻が身体に残り、サチコは鼻歌を歌いながら小屋を扉を閉めてギルドへ戻ろうとすると、そこにはロアが両手をお腹辺りに重ねて立っていた。
「あ、おはようございますロアさん!」
「えぇ、おはようございます。その様子だと私達の飼っている魔獣の世話に慣れた様子ですね。」
「はい!生き物を飼うなんて初めての経験だったので、大変ですけど楽しいです!
...それにしてもロアさん、その格好は寒くないんですか?」
そう言いながらサチコは目を細めつつロアの格好に着目する。
彼女は布一枚で白い半袖の上着、そして黒いショートズボンだった。小さい胸が浮かび、お腹に見える臍や太く綺麗な太ももまで丸見え。
夏場になら適切な格好をしているが、冬に近い秋頃となると話は別。赤の他人から見ると罰ゲームの最中のような格好だ。当然、手袋やマフラーなども装備していない。
「....えぇ、少し寒さを感じますが問題はありません。」
「問題大ありだと思うんですけど....あ、あの、もし良かったら私のマフラーとか...」
「いえ、結構です。これは己の訓練、習性みたいなものでしょうか。外の天候による影響を受けづらくするよう、小さい頃から行っている事なのです。
お陰様で、雪が降り積もる環境を裸で歩けと言われてもある程度の行動は可能です。」
サチコはふと想像してみるが、それだけでも寒い。厚着なのにも関わらず身震いしてしまった。
「さ、寒そうですね....じ、じゃあ私もそうした方がいいですか?」
「辞めておいた方が良いでしょう。一年や二年で身につくものではありませんので時間がかかります。それなら他に覚えるべきことを覚えた方が良いでしょう。
先を見据えて今から挑戦し、具合が悪くなる貴女の介護をするのは御免です。」
そうキッパリと否定するロアの言葉にサチコはホッとした。ロアの指示ともあれば基本何でもするが、やはり好き好んではしたくはない。
「...貴女は本当に真面目で勤勉な方ですね。魔獣の世話や清掃といった本来自分の業務ではないのに積極的に行う。今ではノトレム様に菓子作りを習い、ラーズ様に料理を習おうとしているらしいですね。」
サチコにとって指導係な立ち位置にいるロアに言われると、彼女はどこか照れ臭く、変な笑みを浮かべながら頭をかじっていた。
「あはは、そうですかね?」
「えぇ。貴女が馬鹿正直なお陰で私の業務が減り、趣味である読書に励むことが出来ます。なのでこれからも馬車馬の如く、働き詰めて私を少しでも楽にさせて下さい。」
「...は、はい!そうですよね。ロアさんには色々教えて貰っているから、こうやって恩返ししないといけないですよね。私、頑張りますから!」
ロアの言葉に胸を痛めながらも、自分の言葉で自分の心を洗脳するかのように明るい発言をするサチコ。そんな彼女をジーッとロアは見続け、サチコが不安に顔色を変えるくらいの間が空いた頃、ロアは口を開いた。
「貴女は、私が威圧的であり、繊細な人間とお思いですか?些細な事でも憤怒する短期的な人間だと?」
――え?なんでそんなことを...確かにロアさんはちょっと怖いけど、何だかんだ本気で怒られたことなんてないし....というか、今怒られてる?
口調やトーンはいつも通りだが、言われている言葉から怒られていると思い、サチコは戸惑った。
「あ、いや...そんなこと....」
「まぁ良いでしょう。そう聞かれて貴女が素直に言うとは思いませんので、そう思っている前提で話をします。
貴女は自己主張を持ちなさい。嫌だと思ったら心に留めず相手に言いなさい。相手の顔色を伺わず、自分の思ったことを正直にです。少なくとも私は貴女に意見されて激高する事はありません。」
ロアはサチコの目から目線を外さず、近付いてくると彼女の肩を優しく叩いた。
「なので、安心して発言なさい。適度な自己主張をするよう心掛けてください。
正直、貴女がこういった事をしてくれるのは助かりますし、私自身甘えていた部分はありました。だが、やはり心配なのです。私のせいで貴女を頑張らせてしまっているのではないかと。」
「そ、そんな事ないです!私はやった方が良いのかなって思ってやってるだけなんで...」
「それは他人の目や印象を意識したものでしょう?ならば、自己主張だけでなく行動も適度なものにするべきです。行動してくれるのは嬉しいですが、過労で倒れてしまったのなら罪悪感しか生み出しませんから。
今言ったことを約束してくれますか?まぁ...私や他人の為に奴隷の如く働く事が快感と感じるのでしたら話は変わりますが...」




