動き出す戦争
自分の部下の報告を受け、溜め息をある人物は吐いた。気だるそうにしながら自分の片手に握られているワインが入った黄金のカップを回し、それを眺める。
イザゼル帝国城内の謁見の間は静寂と緊張感が張り詰めていた。部屋を支える大きな支柱の前には、何人もの兵士が並んでたっており、帝王への報告をしている男の兵士を挟んでいた。
赤い絨毯の上で左片膝を落として四つの右拳を付けつつ、床を見つめて淡々と報告する。
この光景は珍しくもないはずなのだが、周りの兵士が身体は動かさずとも緊張で額の汗を垂らしているのは、帝王に報告している人物のせいでもあった。
その兵士は身体は鎧を身につけているが顔を顕にしており、銀色の体毛を顔中に生やしている。目は上下四つづつの八つの目を持ち合わせ、帝王には目線を向けないが、周りの兵士が粗相をしていないか黒い目でギョロギョロ動かして観察する。
髪などは生やしておらず、口は人のように小さくはあるが、両端からは大きな牙が伸びている。
蜘蛛の獣人、見るだけでもキツいという者もいるが、その者はイザゼル帝国の兵士でトップクラスの称号を得る者、王の次にあたる"二親衛"の一人だった。
謁見の間で見ることは珍しくないが立ち位置が良くない。大抵は報告者の兵士に王などの目上の者は注目するが、今回は目上の者が報告者となり、逆に観察される始末。ピクリとでも動けば刃を向けられるのではないかと、兵士達は思ってしまうのだった。
二親衛の兵士はある程度周りの兵士を観察すると、チラッと玉座に座る帝王...否、女帝に目を向ける。
イザゼル帝国で最も強い実力者、アンティ・クレスト。黄褐色で黒い模様が幾つもある豹柄、目は金色であり見るものを威圧するかのような凶暴さと誰もが目を奪われる魅力的な力を持ち、口からは鋭い牙が見え隠れする虎の獣人。
獣人とはいえ女帝というのにドレスなど着ず、まるで兵士の休日。薄い生地で動きやすさを追求した軍服。主に白で、服のラインや模様は黄褐色という自分の姿を表すかのような軍服だった。勿論、特注である。
少なくとも自分の上となる存在、何度か進言しても態度も衣服も変えない女帝を少し不満顔で見る蜘蛛の獣人。
「...何を不満そうに見ている?報告は今ので終わりか?」
「いえ...失礼しました。巷を騒がしていたゴロツキの騒動はこれで終息しましたが、今朝に初代銅像で見つかった死体はそのゴロツキ。そして、それを行ったのは....」
「アズザ・レオフォードか....奴の身勝手な行動も困ったものだ....それよりも視察の為に外出した途端この騒動に出くわすとは、災難だったなベルザブ。」
「えぇ、全くもってその通りで...」
女帝はベルザブをじーっと観察し、鼻で笑いながらワインを一口注いだ。
「....タヌキかお前は?話したいことがあるのだろ?言ってみろ。」
「いえ...そのような事は....」
「本来その報告をしようとしていたのは四天のギドロマーゾ。だが、ここに来る直前にお前が強引に引き受けたというのを小耳に挟んでな。報告を通じ、目の前で言いたいことがあった。違うか?
あるなら今聞いてやる。立場を気にせず発言するのを許可しよう。」
そんな許可が降りるもベルザブは口を開かなかった。だが、しばらくすると頭を上げ真剣な表情で女帝を見つめる。内なる怒りを目に灯し、口を開いた。
「我らは、戦争が始まってからアズザに対して干渉してきませんでした。奴は国潰しに繋がるような行動をせず、ただ暇を潰すように過ごしている。それは敵国のゴリアム皇国でも同じ。故に見逃してきました。
アズザと戦争をする、それは即ちゴリアム皇国との戦争に敗北するのが確定とも言えます。それは分かっておりますが...」
「分かっているが....なんだ?」
高圧的な態度でベルザブをじーっと見つめる女帝。並の兵士ならここで口を閉ざして言葉など発しはしないが、ベルザブは止まらなかった。
「....今回のことはあまりにも目につきます!奴は、我らの誇りである初代銅像に汚らわしい下級国民の血肉を塗りたくったのです!奴が影で笑っていると思うだけで怒りが....」
「その怒りに任せてアズザに戦争を仕掛けようと言うのか?そんな事を私が承認すると?」
「いえ...今すぐという訳ではありません。ただ、我らを侮辱し嘲笑うあの者に苛立ちを隠せないのは....私だけでなく多くの兵士、国民が抱いているというのをお気持ちに留めて頂きたく...」
女帝から目線を落とし、ベルザブは暗い口調で自分が思う事を発言する。すると、少しの間を置いて女帝は笑い始めた。口を大きく開けて天に笑い飛ばすかのように笑い、ベルザブが反応に困っていると女帝は彼に向かって微笑む。
「フフ...そこまできたなら全て話せばいいのに、何を遠慮している?"立場を気にするな"と言ったはずだが?」
「い、いえ...そんな...」
「奴の行いに賛同する者などこの世に一人も居らぬよ。全世界の者達が奴の死を望んでいる。
....丁度、時期を伺っていた所でな。この際だ、動くぞ。おい!お前!」
右側の列に立ち、女帝から一番近い兵士を指さしながら声をかける。兵士は唐突の女帝からの呼び出しに変な声で返事をし、緊張で震えていた。
「二親衛のラオ、そして四天のギドロマーゾ及び重要管理職全員を招集しろ。それと、最前線イヤラ山の本部で指揮を取っている者達に重要会議を開くよう通達しておけ。」
「は、はい!了解致しました!!」
兵士は敬礼を行うと、急いで謁見の間を後にした。謁見の間では周りの兵士は静寂を約束されているが、女帝の発言に皆驚き、隣の兵士同士で動揺混じりの声が飛び交う。
「陛下!」
玉座を立ち、謁見の間を出ようとする女帝にベルザブは思わず声をかけた。すると、女帝はベルザブを見て微笑みながら人差し指で彼を誘った。
「当然お前も出席だ。お前の思い、望みに応えてやろう。長らく停滞していたが...この戦争を加速させる!まずは最重要前線、イヤラ山を掌握する!」




