エンスの過去②
だが、その絶望はそう長くは続かず、エンスは前を向いて働き詰めた。前まで嫌だった重労働も積極的に行い、少しでも報酬が高いのを率先して請け負った。そして身を焦がす程に憎しみを抱いた村でも生活している。
それは村にいれば少なくとも金を貯める事ができるからだ。上納金や飯代で持っていかれるが、個別で小さくとも貯めれる。一人で仕事をやろうとすると、雇う者に今以上に金をとられるのがオチだと悟ったからだ。
彼は吐き気をもようしながら、ストレスに塗れた生活を送った。ストレスで寝れなくなり、寝ても疲労は取れず、具合を悪くしても怪我をしても、彼は働き続けた。それは全て、最愛の姉を取り戻すためだった。
奴隷制度には引き上げ制度がある。それこそ多額ではあるものの、奴隷に落ちた者を買い取ることが可能だ。姉を連れ去ったのは貴族であるが、交渉次第では何とか救うことが出来るとエンスは信じていた。例え自分が犠牲になろうとも、エンスは姉を救う覚悟を持っていた。
働き詰めの生活を続けて約二年が経った。そんなある日、エンスは皇都への運搬の仕事をしていた。重い魔鉱石を持っていくのに一苦労な上、この日は暴風と豪雨に見舞われていた。
普段は賑やかな皇都には誰一人として外におらず、店は全て畳んでいた。皇都の外にはずぶ濡れの少年、エンスが一人重そうな荷物を抱えて歩いていた。
視界は雨で見えずらく、雨で石床は滑りやすく、なのに踏ん張らないと歩けない荷物の重量。コケないように、依頼人の嫌がらせに耐え、期限に間に合うように、金を集める為に、姉の為に慎重に歩いていた。
すると、エンスの視界にふと映った。家と家の小さな裏路地、そこだけは天災から守られているように存在していた。しかし、そんな安全地帯に興味なく、そこに倒れ込む者にエンスは注目した。
こんな天候の中、白い布を被せた下着だけの格好。身体は異常なまでに痩せこけ、髪はとうに抜け落ち、肌色も腐った野菜のようになっていた。天候が酷すぎる為臭いまでは分からなかったが、その者にたかる虫や、ピクリとも動かない姿を見て死体だと察した。
そして原因はすぐに分かった。その者の左腕には大量の注射痕が目に見え、すぐにこの世界流通の麻薬、ラッカーの中毒者だと分かり、大量摂取が原因だと考えるのは自然だ。余程の中毒者なのか、注射痕は妙に荒っぽく、必要以上に打ち込まれていた。
そんな死体、皇都ではなんの珍しくもない。これが初見という訳でもないし、彼にとっては動揺することも無い。しかし、エンスはポツリと呟いた
『.......お姉ちゃん...?』
自分の口から出た言葉が自分自身で信じられなかった。どこをどう見ても姉とは全くの別人だった。しかし、よくよく見てみると、姉の右の額には大きな古傷があった。
それはエンスが幼い時、魔獣に襲われた時に姉が庇い、その時に出来た傷にそっくりだった。その時の姉は痛そうにしながらも、心配に見る弟に笑顔を向け、『カッコイイだろ〜』と自慢げに言っていたのを思い出す。
そして傷だけでなく、少しだけ見える顔も注意深く見れば記憶している姉に瓜二つだった。
二年離れても忘れようのない姉の顔、姉との思い出。自分にとって光り輝く黄金のような宝は、自分を癒すだけでなく傷付ける。
自分の感情を表すかのよう降り続ける豪雨の中、決して折らないと決めていた膝は意図も容易く折り曲げ、エンスは力無くその場に座り込み、死んでしまった変わり果てた姉を呆然と見ていた。
――...お姉ちゃんはこんな事はしない。麻薬なんかに自分からは走らない。やらされたんだ、あの貴族に。やらされる状況に追いやられた....僕が...僕があの時助けられなかったから....お姉ちゃんが!
エンスはその場で豪雨降り続ける天に向かって泣き叫んだ。とてつもない後悔と恨みと絶望。
彼はあの時、自分を止めた村の人々を呪った。姉を連れて行って殺した貴族を呪った。そして、一目で気付けなかった自分、自分の非力さを呪った。差別が当たり前のこの世界を作り出した神を呪ったのだった。
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ギュッと両手を握り締め、当時の憎しみが舞い戻ったかのように目の前の虚空を睨んでいた。だが、それはすぐに収まり、元の悲しげに微笑んでいたエンスに戻った。
「...まぁそこからは荒れたね〜。金なんて興味もなく、各地を暴れた。昨日の魔人・ローみたいな人生送ってたな〜。
そんな時、バルガードさんに出会ったんだ〜。彼は僕を完膚なきまでにボコボコにして、その後面倒を見てくれた〜。その時、僕が制御し切れない感情の爆発が無くなった気がしたんだ〜。」
「...バルガードさんもゴリアム皇国出身なんですね。」
「うん。まぁバルガードさんの話をする気は無いけど、そこからはバルガードさんに付きっきりで今に至るって感じかな〜。
....毎日が楽しくて忘れかけてたんだけど、あの時...レイナちゃんが亡くなったのを見て、姉のことを思い出しちゃったんだ。当時の憎しみもね。」
エンスは右手で顔を掴むと、プルプル震えながら笑い始めた。指の隙間からは涙が流れるのが見え、サチコは自分の事のように心を痛ました。
「僕は最低だよ....ちょっと昔の事を思い出しただけで暴走して...ノトレムもリーヤちゃん、サチコちゃんはどんなに傷だらけでも首輪の制限を守っていたのに、僕は意図も容易くそんなの破り捨てた。
....皆の努力を一瞬で無為にする...本当に....本当にどうしようもない......」
殺していた声が漏れ始め、涙も下に垂れ落ちていく。サチコはそんな彼の悲しみを受け、ゆっくりと口を開いた。
「そんな事ないです...エンスさんは私達を引っ張ってくれたじゃないですか。エンスさんが指示をしてくれたからこそ、私達は動けたんです。
それに、お姉さんはそんな貴方を見て誇らしく思った筈です。」
「....姉が?僕を?」
「はい。お姉さんの事よく知らないから、知ったような口をきいちゃうんですけど...人の為に、何より自分を思い返して感情的になっちゃうのは嬉しいんだと思います。
でも、流石に首を折るのは不味かったと思いますけど....ははは...」
少しでも場を和ませようとしたサチコはから笑いでそんなことを言う。そんなサチコの気遣いと言葉はエンスの心に響いた。
「はは....そうかもしれないね〜。
...ありがとう、サチコちゃん。色々と話したおかげで大分身体が楽になったよ。最後まで聞いてくれて感謝するよ〜。」
エンスは涙を手で拭き取り、サチコに微笑みかける。涙が薄らと光り、目や頬も少し赤らげになりつつも綺麗な笑顔を向けられ、サチコはドキッとするのだった。
「い、いえいえ!私なんかでよかったらいつでも話を聞きますから!!」
「フフ...優しいね〜君は〜。
....そんな君に一つお願いごとがあるんだ〜。迷惑かもしれないけど...君にしか頼めないこと....聞いてくれるかい?」
エンスは小さい声で尋ねる。それを受けてサチコは、彼の目を見つめつつこくりと頷いた。
――エンスさんは変な人だけど、仕事となるとキッチリしてる。優しくて、頼りがいがあって、思わず全部任せちゃいたくなる。だけど、そんな人にも感情があり、暗い過去があるんだ。
それを忘れないようにしよう...頼りすぎず、私なんかで助けれることは全力で手伝う。小さい事でもエンスさんの手助けになりたい。
「....はい。私なんかで出来ることなら、なんでもします。」
「ありがとう。君の優しさは本当に人の救いになる.......サチコちゃん...........
..............バニーガールのコスプレを」
「絶対に嫌です。」
この時のサチコの判断スピードはピカイチだった。




