エンスの過去
「サチコちゃんにとっての役に立ちたいって何〜?」
「....え?」
「今回の件はサチコちゃんは大いに役に立ったさ〜。僕らじゃ手に負えなかった魔人・ローを抑え、レイナちゃんの心を動かした。新人さんなら上出来な成果だよ〜。
なのに君はまだそう言っている〜。良くいえば謙虚だけど、悪くいえば卑怯さ〜。」
想像もしてなかった言葉を投げ掛けられ、呆然としていると、彼は再びサチコを見る。
「そう言っていれば楽だと気が付いているんだ〜。意欲を出してれば、人から嫌われるなんて余っ程の事が限り無いからね〜。だから何かやろう、何かしようと口癖のように言う〜。」
「そ、そんなことなんて思ってないですよ!」
「本当かな〜?まぁ、どっちでもいいけど覚えておいた方がいいよ〜?意欲を出して何かしら行動しようとするのは常に正解じゃない、この場合不正解さ〜。僕は今、凄〜く嫌な気分になっている。君は、他人に一人の時間が必要ないと思ってるんじゃない〜?」
言われたことに返答出来ずにいるサチコ。そんな彼女を見てまたもや笑いを零し、エンスは窓の方を眺める。だが、サチコは見ていた。彼が笑った時、目には悲しみと後悔が映っていたのを。
サチコはギュッと拳を握り、覚悟を決める。
「全然違いますよ、エンスさん。私が何かしようとしてるのは、自分が生まれ変わるためです。私は臆病者で弱虫、自分に迫る脅威に立ち向かう意思も力もなかった...私は、そんな自分から変わりたい。そして、自分のように苦しんでいる人を助けたいんです。」
「.......」
「だけど、その思いとは裏腹に助けることが出来なくて....目の前にいても何も出来なかった...けど、私は辞めません。どんな嫌な思いをしても、辛い思いをしても、私の目標は変わりませんし変えるつもりもありません!!だから」
「今落ち込んでるであろう哀れなエンス君を助けようって〜?一人の時間が必要って伝わらなかったのかい〜?」
改めてサチコを小馬鹿にしようとするエンスだが、彼女の真剣な表情に小さな笑みは消えていく。
「そうです!私はエンスさんを助けたいんです!小さな事柄でもいいから力になりたい!....でも、一人の時間が必要って事は私はよく分からないんです...ずっと一人だったから....だから!その時間が終わるまで私、この部屋の前でずっと待ってますから!終わったら声をかけてくださいね!絶対ですよ!?」
「....ん?何を...言ってるんだい〜?そういうのは自然に僕から声をかけるみたいな感じで....待ち合わせみたいに約束するのは違うんじゃないのかな〜?」
「え!?そうなんですか!?で、でも、そうなると何年も声がかからない可能性もあるじゃないですか!そしたら私どうすればいいんですか!?ずっと待ち続けないといけないんですか!?!?」
冗談と思えない酷い慌てっぷりをかますサチコ。ポカーンと口を開けていたエンスから、思わず笑みがこぼれる。ただ、それは先程までの嫌味が入ったものではなく、心の底から出てしまった笑みだった。
「フフフ...君は本当に、面白くて興味深い子だな〜。」
「え?えっと....は、はぁ...?それはどうも....そ、それで結局私はいつまで待ち続ければ?」
「まだその話引っ張る気かい〜?その話はもうする気ないし〜、もういいや〜。....まぁ、その代わりと言ってはなんだけど、一つ昔話してあげるよ〜。」
そう言いながら彼は座り直して微笑んだ。その微笑みには悲しみはあれど、幾分か気持ちが回復してきているのは目で見てわかった。
「僕は元々ゴリアム皇国生まれでね〜。戦争が始まる前にこっちに移ってきたんだ〜。故郷はペルル村っていう所で、吹けば飛ぶような超貧乏の村で、上納金を収めれていたのが不思議なくらいの村さ〜。」
「....家出しちゃったんですか?」
そんなサチコの問いにエンスは首を横に振って否定した。そして語り始める。過去の自分の物語を。
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幼い頃のエンスは毎日が退屈だった。村が貧乏で小さい頃から働かされてきていたからだ。日が昇るよりも早く起き、日が暮れるまで働き詰め、その上得られる報酬はその日の飯代で金が少し浮くくらいだった。
本来送るはずだった親子との遊戯、年齢に相応しい生活すら出来ず、物心つく時には重い野菜や動物の死体を運搬していた。
エンスは村を嫌い、親を恨んだ。辛い思いをしているのに、それに対しての褒美は少なすぎた。何故自分がこんなことをしなくちゃいけない、そんな事ばかり考えていた。
だが、それでもエンスは家を捨てたりはしなかった。何故なら、自分には四歳歳上の姉が居たからだ。可憐で美しく、村一番の美人。その美貌は皇都の上級国民でさえ振り向いてしまうものだとエンスは確信していた。そして、そんな姉は見た目に似合わず元気良く、時には友達のように、時には母親のように接してくれていた。
エンスにとって唯一心を開いたのは両親ではなく姉。そして、自分が村を出れば両親想いの姉の負担が大きくなる。だから、彼は家を出なかった。全ては愛すべき姉の為に。
エンスが十歳になったある日、村で大事件が起きた。狩りなどが上手くいかず、国から集められる一年に一度の上納金額に届かなかったのだ。ゴリアム皇国は上納金を一年のうちに一度回収し、そしてランク付けを行って一番下の村の一人を奴隷落ちさせる。
そしてそもそも上納金額に達していなかった場合は、問答無用で一人は奴隷落ちを決められていた。しかも、それは村で話し合う事は出来ず、貴族の強制だ。
上納金額が未達の報を受け、翌日には早速貴族の一人が現れた。村の全員が集合させられ、自分が選ばれるのでは無いかと誰しもが震え、そんな村人に貴族は言い放った。
『....立候補はいるか?この村は不況気味なのは国もマークしていたから、重々承知している。立候補がいるならその者を連れて行く。これは僅かな慈悲だ。居ないならこちらから選ぶ。』
貴族はそう言うが誰も手を上げようともしない。それもそうだ。タダでさえ下級国民として皇都に入るのはキツいのに、常にアソコに居て今以上に酷い目に合わせられるのは目に見えているからだ。
当然静寂がその場を包み、貴族は溜め息を吐きつつ、商品を眺めるかのように村人達を観察していた。誰しもが目を合わせないようにしていたが、エンスは無言の状況が絶えられずに顔を上げ、バッタリその貴族と目が合ってしまった。
まるで金縛りのように固まり、エンスは目線を外すことが出来ず、貴族は口をゆっくりと開き、人差し指を動かした。すると、真横で声が聞こえた。
『私が!私が落ちます!あなたの奴隷にならしてください!!』
大声で宣言し、手を挙げたのは最愛の姉だった。彼女の言葉で更にエンスの頭の中は真っ白になり、固まってしまう。すると、貴族に付いてきていた兵士が二人、姉の両手を掴んで連れて行こうとする所で、エンスの思考はようやく動き出した。
『お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!』
泣き叫びながらエンスは自分を庇った姉に近寄ろうとするが、それは両親によって阻まれた。エンスは今までの恨みと自分を止めた憎しみが篭った拳や蹴りを放つが、両親はガッチリとエンスを掴んで離さない。
次第に村人が群がって暴れるエンスを押さえつけられ、そうこうしているうちに姉は連れ去られてしまう。そんな姉は姿消えるまでエンスを見つめ、全身が恐怖に震え、涙を流しつつも最愛の弟を不安がらせないように笑顔で手を振っていた。
エンスは悲しみに満たされ、同時に恨んだ。
――なんで...なんでお姉ちゃんがこんな目に遭わないといけないんだ!!あんなにあんたら村人も親も大好きだったお姉ちゃん....なのになんでアンタらは助けようとしない!?なんで助けようとした僕を止めるんだ!!
エンスは悔しさと憎しみ、そして自分の無力さに、十歳という幼い年齢なのにも関わらず絶望したのだった。




