一夜は過ぎた
翌日、サチコとリーヤは部屋で情報屋ラドに会いに行ったノトレムを待っていた。
一夜が過ぎ、陽の光が真上から射し込む程の時間が過ぎても、二人は仲良く話す様子もなく沈黙が流れていた。
世間の結果的には殺人鬼・ムルガが捕まり、ハッピーエンドなのかもしれない。が、その実はレイナという一人の女性の犠牲の上で出来たこと。回避が出来た犠牲、サチコはその事を深く後悔していた。
――私って何してんだろ...人を助けたい、過去の自分みたいに苦しんでいる人を救いたい、そんな目標を掲げているのに全然ダメじゃん。マラさんの時も、レイナさんの時も...目の前にいたのに....
浮かび上がってくる涙を堪え、ギュッと握り拳を作っているとリーヤが優しくその手を包んでくれた。悲しげな表情を向け、サチコの気持ちが伝わったのか小さく何度も頷いていた。
すると、急に部屋のドアが開かれる。走ってきて汗だくのノトレムだった。
リーヤはスっとサチコから手を離すと、息を飲んだ。
「...どうだった?」
「と、取り敢えずは大丈夫みたい。僕らが疑われることはないよ。帝国軍の出した結果はムルガ君が魔人・ローに倒されたって事にしたらしいよ。何かしらのトラブルとかで〜って感じで。」
ノトレムの報告にホッとリーヤは胸をなで下ろしていた。
「そっか...エンスがやっちゃった首輪の警報の件はどうなの?」
「あれはムルガ君に疑いを向けられてるよ。何とか一命を取り留めても意識は戻ってないから厳重な取り調べは出来てないけど、ムルガ君って下級国民じゃん?上級国民のリストにはいないから、そう処理されるはずだよ。」
「....入国してきた下級国民リストは捏造出来るからいいとして、それって大丈夫なの?起きてから私達の存在を告発とか...」
「それも薄いと思うよ。彼はアズザに勝ったって言ってプライド高そうだったから、下級国民に負けたなんて言えないと思う。まぁ、もし告発しても帝国軍からしたら、「どうやって帝都入った?」ってことになるからね。嘘って認識されるのが落ちだよ。」
不安要素が完全になくなり、リーヤは大きくため息を吐いて背もたれに体重を全力で預けた。
「良かった〜...じゃあ後はエンスが帝都出る時の無くなった首輪問題か〜。でも、それはポドッチに任せればいいから余裕だね〜。」
「いや....それなんだけど...ポドルフ君、今朝亡くなったよ。」
予想だにしなかった報告にリーヤだけでなくサチコも驚き、思わず立ち上がってしまった。
「ぽ、ポドルフさんが!?な、なんで...」
「魔人・ローが言ってたでしょ?『裏でアズザが動いている』って。調査の結果、彼に殺されたのが分かったんだ。だから、エンス君の首輪の件はまた別の復国軍側兵士にお願いするしかない。」
「ポドッチ....知らなかったとはいえ、私らのせいで....」
朗報で浮き上がっていた気持ちはすぐに真っ暗に染っていく。豪雨のように心に悲しみと責任が襲ってくる。
「......エンスはどんな感じ?」
「ダメだよ。帰ってきてからずっとボーッとしてて、僕の声なんかまるで聞こえてないって感じ。何とか元気出して欲しいんだけど中々...」
頭をポリポリかきながらノトレムは困り果てている様子だった。エンスが落ち込んでいるのを想像し、サチコは胸がズキっと痛みだし、胸を優しく抑えた。
――想像するだけで痛いよ。いつもニコニコしてたあの人が酷く落ち込んでるなんて...あの時のエンスさんは普通じゃなかった。常に笑顔で、真剣な表情になっても冷静さを感じた。でも、あの時は理性が無くなって感情が爆発したみたいに....
ムルガさんのやった事は許せないけど、この中でまとめ役みたいなことをしてる人が理性を失うのは...怖いし、見てて辛いよ....
「...ねぇサッチー、一個お願い聞いてくれる?」
声をかけられたサチコはリーヤに目線を向ける。彼女は悲しげでありつつも真剣な表情でサチコを見つめていた。
「...エンスの事、お願いしてもいいかな?」
「エンス....さんの?」
「うん。ウチ、あんなエンス見たことなくてさ。多分、長い時間過ごしてきたのに変な一面見せて気まずいってアイツが思ってるかもしれない。だから、サッチーが話し掛けたりすれば、良い刺激になるんじゃないかなって思って。」
「そうなんだ...」
驚いていたのは自分だけだと思い込んでいたサチコはそう呟き、目線を落とす。すると、リーヤの両手が視界に移ってきて、サチコの手をギュッと握る。暖かく、柔らかい心地の良い手が包んでくる。
「...アイツは確かにバカだし、キモいし、変態だけどさ...一応ウチらの仲間だからさ。手を差し伸べて欲しいの。」
リーヤはそう言いながら俯いている。その理由はサチコにはすぐに分かった。優しく小さな手からは微かに震えが伝わっていた。ブルブルと震えて両手がサチコの手から外れないように、小さくも力強く握っている。
――....怖かったんだね、リーヤちゃん。いつも笑ってふざけてた人があんな事をするなんて...私より長く接してるからその分、衝撃的だったんだよね。
心でそう諭しながら、サチコはギュッと握り返して頷いた。
「うん、分かったよリーヤちゃん。エンスさんの事は私に任せてね。」
「....ごめん。ありがとう、サッチー。」
リーヤはスっとサチコから手を離すが、未だに俯いたまま。そして離した手を今度は自分の顔に持っていき、ゴシゴシと目をずっと擦っていた。
耳を澄ますと薄らとすすり泣いているのが聞こえ、サチコはチクっと心を痛ませながら、ニコッと微笑んで彼女に小さく頷いた。
立ち上がるとノトレムと目が合い、彼も同じ気持ちを抱いていた為、サチコに軽く頷くとリーヤに寄り添い背中を摩ってあげていた。
それを背にサチコはエンスがいる部屋へと向かった。
ドアをノックするが返答もなく、サチコは恐る恐るゆっくりとドアを開ける。そこにはベットに座り、ボーッと窓の外の景色を眺めていたエンスがいた。ノトレムの言う通り、今のエンスは心がないように思え、心を痛める。
エンスはサチコの存在に気が付き、ゆっくりと目を向け、小さく口角を上げた。
「あぁ〜、サチコちゃんか〜。何か用かい〜?」
「あ、あの...昨日の事でその...お話を....」
「...ごめんねぇ〜、僕のせいで色々とややこしくなった上に、最悪の結末になってね〜。本当にすまないと思ってるけど、昨日の話はこれで終わりさ〜。サチコちゃんはご飯でも食べに行きなよ〜。」
「そ、そういう訳には行かないですよ!!エンスさんが落ち込んでるのにそんなこと....助けられてばっかだから、私だって役に立ちたくて...」
モジモジしながらそう言うと、エンスは窓の方へ目線を移し、フっと笑みがこぼれる。しかし、それは「馬鹿なんじゃないの?」と言っているかのような笑いだった。




