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哀しい女

「...これでいいわ。気分はどう?」

「....身体は相変わらず軋むが、気分はいいよ。吹っ切れた感じでどこか清々しい...これも、君のおかげだよ。」



 そう言いながら彼はレイナの髪を優しくかき上げる。その手つきと優しい笑顔、その空気感は先程までとは別の緊張感を漂わせた。

 レイナは頬を赤らめ胸の鼓動を強く感じ、サチコとリーヤはこれからキスをしてしまうんじゃないかと、部外者にも関わらず当事者のようにドキドキする。



「レイナ....ありがとうな。愛してるよ。」

「わ、私もよ!うん...愛してるわムルガ君。」



 そんな甘い空気が漂う。見ているだけでうっとりとしてしまうような空間は、空間内に居るものを幸福感に満たし、危険を察する能力を無くす。



 ザクッ!



 何かを刺す音が聞こえる。その音、そしてサチコらが見ている光景は甘い空間に囚われていた思考を瞬時に戻した。

 レイナの喉元には血の染った銀色の刃が反対側まで姿を見せ、その持ち手をムルガは強く握り締めていた。


 唐突に訪れる痛み、口から溢れ出る吐血、朦朧とする意識の中レイナが見た光景は冷たい目で自分を見つめるムルガだった。


 レイナから力が抜け落ちると、ムルガは刃横に切り裂き、トドメに左胸に一突きした。力が急に抜け落ち、小刻みに揺れながら、溺れてしまう程溢れる吐血を出しつつ刺された場所を見ていると、レイナはサチコらに向かって仰向けで倒れた。



「ふざけんなよ....終われる訳ないだろ!!馬鹿女が!!邪魔なんだよ!死んどけクソアマ!!!」



 ムルガはナイフを倒れた彼女に向けながらケタケタ笑いながら言い放った。完全に彼は自分の思考、理想に支配されて狂っていた。



「れ、レイレイ!!しっかりして!!!」



 リーヤは悲鳴とも呼べる声でレイナに近付き、血が溢れ出る喉元を抑えながら回復魔法をかける。それに続いてノトレムも顔を真っ青にして駆け寄って左胸に同じく魔法をかけた。



「れ、レイナ...レイナさん....」



 サチコはレイナに訪れた不幸を立ち尽くしながら見ている。あまりに衝撃的すぎて足を動かせない。だが、思考は止まってなどいなかった。スイッチを切り替えるかのようにムルガを睨みつけ、憎しみが溢れ出てくる。


 瞳は漆黒に染まり、黒い霧がサチコから溢れ出てくる。



 ――なんで...なんでこんなことが出来るの!!?レイナさんの想いを踏みにじって!レイナさんを手にかけるなんて....許せない!許せない許せない許せない!!!呪ってやる....レイナさんの仇をとってやる!!!



 血管が浮かび上がり、鬼の形相で彼を睨みつける。狂ったように笑う姿を見る度に自分に宿る憎しみを更に強く感じ、首輪の限界など考えてもいなかった。


 そんな中、エンスはジーッと倒れているレイナを見ていた。魔力が失われ、黒く力を失った目でこちらを見つめてくるのを見つめ返していた。


 そしてふと、頭に幼い頃の自分の声が聞こえてくる。



『.......お姉ちゃん...?』




 溢れ出る血を抑えながらノトレムとリーヤは必死に回復魔法を出し続ける。ムルガに攻撃されるかもしれないという危険性は省みず、レイナをただただ救いたかった。目からは力が失われ瞳孔も開き、リーヤは悔しさを顕にする。


 段階四(レベル四)の魔法なら治りは格段に早くなる。しかしそれではもう間に合わないとも薄々察していた。

 諦めないで段階四(レベル四)を使ってレイナを助けられなかったら、その後首輪が壊れた代償を背負うことになる。

 同じく治療に当たっているノトレムも彼女同様に迷っており、額から汗が噴き出していた。


 段階二(レベル二)の回復魔法でも四人、いや三人が合わせれば段階四(レベル四)に近しい回復が見込めることに気が付いた彼女は、サチコとエンスに声をかけようとするが、サチコの睨みつける表情と上昇する魔力に血の気が引いていく。



「お、落ち着いて!!このままじゃ帝国軍に悟られちゃう!!早くレイレイを助けるために回復魔法を!」



 必死に声をかける友人の言葉は今では力はなく、サチコの耳を素通りしていく。今あるのは憎きムルガを呪うこと、それだけが頭の中でいっぱいだった。



 ――ごめんリーヤちゃん...でも許せない!この男が許せない!この人を呪いたくて仕方がない!!レイナさんの気持ちを踏みにじった報いを味あわせてやる!!



「やめて!落ち着いてよ!!サッチー!!"エンス"!!!」

「....え?」



 サチコはそんな声を漏らし、ふと隣を見てみる。すると、あんなに穏やかなエンスがムルガを睨みつけ、頭には太い血管が何本も浮き上がる。魔力も抑える気もなく上昇し、下級国民を制限する緑の首輪が弾けて無くなる。


 そのエンスの急変に驚愕し、サチコの魔力が収まっていくのと反比例し、エンスの魔力はどんどん上昇する。

 魔人ローに負けず劣らない魔力を放ち、笑っていたムルガは顔を青ざめた。



「な、なんだよお前...なんだよその力....お、お前も死んでろよぉぉぉぉ!!」

「.......重力緩和(ウェイトレスネス)



 発狂しながらムルガは八本もの触手で攻撃するが、エンスはボソリと呟くように個性魔法(オリジナルマジック)を発動し、凄まじい速さで触手の弾幕に向かう。大きく太い触手はエンスにかすりもせず、彼はまるで光のように素早くするりとその弾幕避けきり、一息つける前にムルガの目の前に立つ。


 すかさず距離を取ろうとするムルガだが、エンスはそれよりも早く彼の顔の横に掌を置き、またポソりと呟く。



「.......引力(グラビティ)。」



 すると、ムルガの顎がエンスの掌に急速で吸い寄せられ、彼の顔四十五度曲がる。ポキっという骨の音が響き、急に訪れた首の負担に小さい声を漏らす。



「エンス!!やめて!!」



 そんなリーヤの声もエンスには届かない。彼はムルガが怯んでいるうちにゆっくりと手を伸ばした。

 サチコはその間、目を離さなかった。エンスの行動を目に焼き付けんとばかりに、瞬きすらせず彼を見ていた。


 エンスは両手でムルガの頭を掴むと、次の瞬間。



 ボキボキボキッッッ!!!!



 ムルガの曲がった顔を力づくで更に捻り、首の骨を折り、そして千切らせる勢いで回した。遅く、ゆっくりと折っていき、ムルガは絶叫にならぬ声を発しながら泡を吹いている。

 その直後にリーヤはエンスを突き飛ばした。エンスの手から離れて倒れたムルガの頭を支え、回復魔法をかけた。


 汗だくになっていたリーヤは回復魔法をかけつつ、尻もちを着いて呆然としていたエンスを見る。



「エンス...何やってんのよ。」

「....ごめん...」



 一言謝った彼は、片手で顔を隠しうずくまる。悲しげな表情を向けたリーヤは泣きそうになりつつノトレムに声をかけた。



「...ノットー、こっちを手伝って。」

「な、何言ってるんだリーヤちゃん!レイナちゃんがまだ....」

「私だって助けたいよ!でも...レイレイはもう...」



 そう言われてノトレムは改めてレイナの表情を見る。回復魔法を掛けて傷が癒えていくが、レイナの瞳孔は開いたままで息もしていない。そして優しく力無く倒れている手首を触るが、脈は無かった。


 ノトレムは涙を零してレイナの目をそっと閉じてあげ、リーヤの方へ向かった。



「...サッチーも、こいつ治すの手伝ってよ。」

「なんで...?その人は...レイナさんを...」

「私だって治したくないよ...でも、コイツがいないと殺人鬼の騒動が終わらないの。レイレイが用意してくれた生きれる道をこいつは無視した....だから、ここで治して帝国軍に引き渡す...それでこの件を終わらせるの...」



 理屈は分かっても納得できなかったサチコは再び反論しようとするが、悔しそうに涙を流していたリーヤを見て言葉が出なかった。

 サチコはレイナの亡骸を見つめ、彼女の死を強く実感する。マラの時と同じように助けることが出来なかった、その事実はとても受け入れ難く、サチコも同じように涙を流した。


 レイナに頭を深く下げ、サチコも身体に残っている魔力で憎き彼を治す手伝いをするのだった。

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