一からやり直し
その直後、エンスが触手に捕まってしまう。お腹に強い圧迫感を感じ、苦しみに顔を歪ませる。
「グッ....き、キッついな〜。僕ら、手を出せないんだけどな〜。手加減って知ってるかい〜?」
「知るかよそんなの。これ以上お前らと遊んでられないんだ。これも輝かしい未来の礎、犠牲だ。」
「え、エンス君!!」
エンスを助けようとノトレムは駆け寄るが、逆に触手をまともに受けて吹っ飛ぶ。そしてリーヤは、捕まるまでもなく体力の限界からか触手を避けれずにボロボロになっていた。
そしてより一段と強くエンスのお腹を締め付ける触手。エンスは顔を歪ませるのと同時に魔力を上昇させる。
――上限は気にしてられないね〜。でも、どうしようか〜。上限外せばもう少しは遊べるんだけど、帝国軍は速攻で押しかけてくる。じゃあ、もう強行突破で逃げるしかない...ここで逃げるなんて、歯痒すぎるよ〜。
そんなエンスの思いを嘲笑うかのようにムルガは笑っていた。圧倒的な有利な状況は、一足早く彼を勝利の美酒で酔いしらせていた。
「ククク....大人しく黙ってればよかったのにな〜?下級国民の未来のため、死ん」
そこでムルガは言葉を詰まらせた。異様な雰囲気が漂い、エンスは魔力を抑え、ノトレムとリーヤも荒い息のまま静かにムルガを見ている。
ムルガは両掌を見つめていると、身体にまとわりついていた水色のオーラが小さくなる。そして急激に自分の身体に疲労感を覚え、切り傷や打撲痕が突然浮かび上がる。
「ガッ!グァァァァ!!」
急に襲ってくる痛みに耐えきれず思わず倒れ込む。痛みに震え、全身汗だくになりながら無くなりかけている魔力で触手を操る。
すると、サチコの傍から触手が現れ、そしてレイナが浮かび上がってくる。
「...レイナ....さん。」
サチコはポソりと呟くがレイナは反応しない。涙を流している綺麗で美しい水色の瞳でムルガを見つめながらも、彼に向かって歩み寄っていく。
「...レイナ?どうした?魔法が切れてるぞ?早く感覚共有して、俺を助けてくれ。」
ムルガは何とか立ち上がり、壊れそうな笑顔を向けながらレイナに声をかけた。レイナは口を紡ぎ、ギュッと拳を握るだけで無言で歩み続ける。
そしてムルガの目の前で立ち止まり、ようやくレイナは口を開いた。
「ムルガ君...やっぱり辞めましょうこんな事。リーヤさんの言う通り、ムルガ君がやってる事で上級国民が変わることなんてないわ。」
「な、何言ってるんだ?俺がやらなくて誰がやるってんだ?レイナ....お前は俺よりアイツらをとるのか?俺のことどうでもいいのか!?」
「どうでもいい訳ないじゃない!私は貴方を愛してる!だから今まで貴方が望むことは何でもしてあげれてた!!だけど...それは違ったわ。サチコさんのおかげで気付けたの。人の幸せや望みを奪ってまで、やることでは無かったって....」
レイナはくるっと振り返り、呆然と立ち尽くしているサチコに微笑みかけた。
「は?何言ってんだ...俺は世界を変えるんだぞ!?犠牲を払ってでもやるべきだろ!!」
「かもしれないわね。でも、それは現実的なプランがあったらの話しよ。ムルガ君のしようとしていることは、どう考えても上手くいかない....理想にはならないわ。」
「は、はぁ?何で...なんでそんなことを言う!!じゃあどうすればいいんだよ!この世界を変えるためにどうすりゃあいいんだよ!!お前は俺を愛してくれてるんだろ!?なら、俺を支えろよ!!」
動揺しているように震えながらも声を荒らげるムルガに対してレイナは冷静だった。普段の彼女なら、ここでビクビクしていたはずが、何事にも動揺しない心が強い女性へと変わっていた。
「勿論、支えるわ。でも、全肯定じゃない。貴方が道を外しそうになった時、元の道へ戻すのが私の役目。世界を変えるのにはどうすればいいか分からない....けど、間違いなのは私にもわかる。だから、これからゆっくり考えましょ?どうすればいいか、二人一緒ならきっといい案が思いつくわ。」
レイナは更に近づいてムルガの手を取り優しく包み込んだ。目を見開いている彼に対してレイナは優しく微笑みかけた。
「二人で一からやり直しましょ。ムルガ君の命を犠牲にせず、私達で出来ることを。貴方が死んでしまおうとするのは、きっとお兄さんも望んでないと思うから...」
ムルガは小さく震えながら俯く。そして小さな声で呟くように言った。
「.......ダメだ。辞められない...俺はもう手を汚した...何人もこの手で。こんな中途半端じゃ終われない。終わったとしても帝国軍の手を逃れるなんて」
「出来るって言ったらどうかな〜。君に疑いがかからず、前のような生活を与えるとしたら〜?」
レイナとの会話でムルガは魔力をしまい込んだ為、自由になったエンスが両手で腰を支えながら話し掛ける。俯いた顔を上げ、力無い目でエンスを見つめる。
「そんな....馬鹿な。出来るわけ....」
「いいや、出来るんだな〜これが。僕らの仲間は特殊でね〜、君らにいつもと同じ生活を提供出来るはずさ〜。二人でゆっくりしつつ、これからの事をちゃんと話し合えるよ〜。」
ムルガはそう言い放つエンスの他にもリーヤとノトレムにも目を向けた。二人もエンスの言っていることを承知しているのか表情は変わらなかった。
「....信じてもいいのか?そんな上手い話...」
「信じる事をオススメするよ〜。もし、君を罠にはめようと考えてるんだったら、ここまで回りくどい説得作戦なんてやりはしないよ〜。」
「そうか....そうだな...すまない、俺は...あんたらの世話になろうと思う。散々暴言や攻撃したのに都合がいいと思うかもしれないが、頼む。」
ムルガはゆっくりとエンスらに向けてお辞儀をした。ムルガが意思を変えてくれた、その事が衝撃的で嬉しく、レイナは涙を零して口から嗚咽を出すのを塞いでいた。
「ほ、本当にいいのムルガ君?私の言った通り....暮らしてくれる?」
「あぁ...俺は世界を変えるやら言ってたが、単に兄貴の復讐に囚われてたんだ。...だから、一からやり直したい。世界を変えるんじゃない、俺がやってしまった罪滅ぼしを最初にしたいんだ。お前と二人で...これからもずっと...」
そう言うと彼は逆に、レイナの手を優しく包み込み優しい眼差しを彼女に向ける。それはレイナ自身がよく知っている目だった。兄が亡くなってからムルガは変わり、目付きも鋭く怖く変化していった。
そんな彼が昔のように戻ったと思えば思うほど嬉しさはこみ上がってきたのだった。
そんな二人の様子を見つつ、サチコは足を引きずりながらその場に近付いた。
――良かった〜。レイナさん、私の言葉聞いててくれたんだ。
笑顔を向けつつ到着すると、サチコは小さい段差でコケそうになるが、それをノトレムは支えた。ノトレムと目が合うと、彼はニコッとサチコに微笑んだ。
「お疲れ様、サチコちゃん。よくレイナちゃんを説得してくれたね!誰も犠牲にならない、この結果はサチコちゃんのおかげだよ!」
そう言葉に表してもらうとサチコは嬉しかった。薄々、レイナ達を救えたと思っていた。人を助けたい、という自分の望みに一歩近付けたのでは?と思っていた。だが、サチコはそんな思いを毒づき制御していた。
慢心になるなと、そう自分に言い聞かせ自分には厳しくしていた。
だが、こうして他人に言われるとそんな自分にかけた制御は意図も簡単に解け、歓喜がこみ上がる。
「....皆さんのサポートがあったおかげです!ありがとうございました!!」
サチコは支えられながらもぺこりと頭を下げると、リーヤとエンスも反応し、各々微笑んで彼女の礼に応えて見せた。
「...じゃあ、俺達はこれからどうすればいい?あ〜....えっと...」
「僕はエンスだよ〜。彼はノトレムでこっちがリーヤちゃん、サチコちゃん。まぁそうだな〜、取り敢えずはここを移動した方がいいね〜。今は悟られないけど、魔力の痕跡を感じ取られるかも。安全そうだったら僕らの寝床に来た方がいいでしょ。」
「分かった...これから世話になる。あ、そうだレイナ。すまないが感覚共有を完全に除いてはくれないか?ちょっと身体の違和感が気になって....」
「分かったわ。すぐに解くから。」
レイナは目を瞑り彼に手を翳した。すると、彼に薄らあった水色のオーラはレイナの手に吸収されていく。




