注射
真っ暗な自室。車が走る音や人の声すら届かない静寂がその部屋を包み、部屋の中心にいる彼女はブルブルと震えていた。
寒い、とてつもなく寒い。毛布を全身に包み込むように巻くが寒さは癒えない。その寒さとは身体ではなく心、毛布で癒されるわけがなかった。
その寒さは何か悲しい出来事が起きたからでは無い。否、これから起こりうる。現在ではなく未来、近い将来自分に降り注ぐ悲劇に彼女はただただ怯えていた。
何をしてもその寒さという恐怖は拭えない。好きな物を食べても、好きな動画を見ても、趣味に時間を費やしても、男と遊んでも、自慰行為に自傷行為、夜遊びや万引きといった犯罪行為に及んでも気分は晴れない。
――嫌だ...嫌だ嫌だ嫌だ!あんな風になりたくない!あんな目になんかなりたくない!見捨てないで....私を見捨てないで!友達の筈の私を見捨てないでよ!
心の中で何度もそう訴える。返答すら貰えないその訴えは慰めにすらなることは無い。
恐怖で頭がおかしくなりそうだった。晴れ晴れしかった日常がどん底の地獄に化す事を考えるだけで気が狂いそうになる。
そして彼女は机に手を伸ばした。つい出来心で購入した悪魔の道具。強烈な快楽と引き換えに全てを失う禁断の道具。
透明の液体が入ったその注射を手に取った時、彼女が拭えなかった恐怖心はいとも簡単に消え去ることとなった。