表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

葬世紀のネクロニクル(パイロット版)

作者: デスシスタ

鮮血に塗れて尚、肉片に塗れて尚、彼は何よりも赤く輝いて見えた。


 葬世紀のネクロニクル


 恵良、願い事、叶えてあげようか。

 なにそれなにそれ、ボールでも集めたのー?

 ふふ、そうだよ、なんでも叶うんだって、オカルト部が言ってた。

 日菜はそう言うの好きすぎー。詐欺の占い師に騙されちゃうよ。

 ミサンガみたいなもんだってば。二つあるから今日でも恵良にもあげるよ。

 今日は栞とナギの奴に誘われてるからなぁ。それに願い事も今は大したのない!

 恵良は人気者だー……まぁいいよ、今日でも明日でも待ってるからね、恵良。

「……恵良? まだ寝てんの?」

 不意の部外者の声に私の意識は現実に引き戻される。

「えぁ? ルミじゃん……やっば、もう夕方だわ」

 気がつけば教室はすっかり明るさを散逸し、闇が広がるだけの物置となりかけていた。無機質で単調な机達を薄暗がりが支配していて、抵抗を見せるのは窓のはるか向こうで沈みかけている太陽だけだ。その瞼ももはや閉じられようとしている。

「んもー、恵良って不用心すぎない? 一人暮らしなのに」

 ルミはテニス部の道具をバッグにしまって帰宅の準備をしている。家にいる時の安全性はともかくとして、帰宅時はルミだって一人なのだから大した違いはない。そう反論しようかと思ったが、よく考えると彼女は後輩を侍らせて帰るのが手癖になっていた。

「あー……すぎないすぎない。だって私喧嘩強いし!」

「ははぁ……本当に気をつけてよね、三組の子のアレとかあったし……じゃあね」

 不穏な言葉だけを残してルミはそそくさと帰ってしまった。私も机の横にかけてあったカバンを取って気怠く立つ。太陽も既に沈んでしまった。五時の校舎は廊下だけが白飛びするほどに明るく灯っているものの、人一人いないので酷く不気味に見える。とは言え今急いで校門に行くとルミのイチャイチャを見せられるので牛歩を行っていく。

 三組の子、平部日菜、私の親友……だと知っている人間は少ない。クラスも違う上にキャラも違う。日菜はオタクメガネなのにお喋りもできた。私は愛嬌と攻撃力だけ特化したアホ。少ない繋がりは帰宅部なことと、両親が死んでいることと、図書室で同じ星の本を取ろうとしたこと。あの出来事がなかったら友達になることなんてなかった。お互い他のクラスの子と言う認識だけで終わっていたはずだ。日菜といた時間は全て楽しかった。だけど、私はあの日、行かなかった。待ってるって言ってたのに。

「あー、不破さん……」

 校門の傍に着いたところで唐突に気に入ってない苗字を呼ばれる。字面が悪いのだ。

「ひゃあっ!? あぁ、シジミさん……」

「あっ、イジメですか……鈴見ですよ……」

 日菜の友達……なのかは知らないが日菜はオカルトに目がなくオカルト研究会にも出入りしていた。

「鈴見さんもこんな時間まで残ってたの、ガチホラー路線?」

「不破さん、赤い水晶って知ってますか……」

 私の質問を気にも留めず勝手に話を進める女史。

「最近ネットでよく見るんですよ……願いを叶える水晶の話……」

「えー、なにそれ、ジャンプ漫画じゃん」

 ずっと前に、どこかで聞いたような話だ。

「この市でも出たって情報があるんです……でも使った人はみんな行方不明とか……」

「ドラッグの隠語とかなんじゃない。オカルト的には実は宇宙の芥子の実とか」

「どっちにしろ危険ですよそれ……とにかく変な物には触らないでくださいね……」

 鈴見はそう言ってまた校舎のほうに戻っていく。心配してくれる割には自分はまだ帰らないのか。彼女が本心で心配してくれているのは伝わった。

「――女子高生、廃墟にて不審死。転倒による事故死と判断」

 日菜は廃墟とか廃施設のマニアでもあった。いい趣味していたと思う。あの子の死体を見つけた不良グループは気が気じゃなかっただろう。自分のシマに死体が転がっていたのだから。日菜はいつかその廃墟に一緒に見に行こうと言っていた。一緒に行けば彼女は死ななかったのだろうか。

「……何の廃墟なんだろ、工場か、倉庫だよね」

 腕時計の画面には十八の文字が表示されている。自分でも驚いたが私の足は帰宅もせず事件現場へと歩みを進めていたのだ。事件から半年以上が経過していた。既にテープも剥がされて事件前の自壊と撤去を待つだけの存在に戻っていた。彼女が横たわっていたのは瓦礫もない部屋の中心。今私が寝転がっているところで彼女が最後を迎えたのは確かだった。

「こんなところで転ぶかな、普通」

 目線を右にやる。窓から星明かりしか差さない宵闇の中で輝きを失わない水晶。思わず手に取る。焼き焦がすようで凍てつくような鋭い痛みを覚えるが、一瞬の幻覚だ。よく見ればただのガラスだ。

「こんなオモチャもらってもね――」

 物音に飛び起きる。出入り口の暗がりに誰かが立っていた。大柄の……着ぐるみのようなシルエット。それは近づいてきて正体を見せるものの、やはりモチーフ不明の怪獣の着ぐるみとしか言いようがない姿をしていた。

「アー、えらチャンだ……ヒナちゃんの友達のエラちゃんだヨね、ボク、テンダールイン」

「な、なによ……ヒナを知ってるの!?」

 理解が追いつかない。腰が抜けて立ち上がることもできない。着ぐるみは私の前まで来ると私を見下ろすように佇んでいた。

「待ってたヨ、ボクはヒナちゃんのネガイを叶える為に産まれたんだよ」

「願いって」

「君を殺すコト」

 怪獣が私の側頭部に己の発達した剛腕を叩きつける。何が何だかわからなかった。投げ飛ばされた私はその場で鈍痛にのたうち回ることしかできない。頭を押さえた手に血がついていた。

「しぶといナ、首折った方が確実カ?」

 口調が荒くなっていく怪獣がその作り物の手で私の首を締め付ける。抵抗する力もなかった。日菜が私を殺したがっていた。それがショックだった。私の心の底からの親友が私を憎んでいた。今この世からいなくなれるなら好都合だとさえ思えた。でもどうせなら、どうせなら白馬の王子様とかに殺されたい。

 眩いばかりの紅色の光に包まれる。先程拾った赤い水晶は辺り一面を焼き尽くすかのように赤熱化していた。

「おっ、熱晶ッ? 同類を、呼んだのカ――」

 水晶から放たれた光線が怪獣の中心部を突き刺し、放射状に拡散する。爆散した鮮血と肉片は表皮のゴムと混ざって壁や床、そして……怪獣の中から現れた彼の体にこびり付いていた。

「あぁ!? どこだよこの時間軸!」

 陶器のような白い肌はっきりした目鼻立ち。セミロングの赤みがかった茶髪。確実に言えるのは彼が私の理想の王子様像だと言うことだけだ。容姿だけの話だが。

「こ、今度は誰ですか……」

「俺? 死神……あんたがこの諸々の原因か?」

「原因と言えば……そうみたいですけど……」

「わからん、全部話せ」

 死神と名乗る男が好みの顔を近づけてきたものだから私は目を背けてしまう。親友の死のこと、願いを叶える水晶のこと、怪獣が現れたこと。今日起きたメチャクチャをなんとか説明しようとする。

「その水晶が原因だな、俺に殺されたいのか?」

「そう思ったんですけど……いざってなると怖いし……イケメンだし……」

「話にならん。早く帰ってこの事は忘れろ。この工場にも近づくな。怪我は治しておいた」

 悪態を付かれて工場から追い出される。話してる途中に彼が私に側頭部に手をかざしてるのは気がついたが本当に治ってるとは思わなかった。何もかもが夢物語だ。肉体の疲労もどこかへ行ってしまって残ったのは実在性の疑わしい精神の疲労だけだ。ハンバーガーを買って帰ったときには時計はまだ六時半を示していた。


 次の日の授業は全て上の空だった。昨日の出来事は全部私の妄想だったのかもしれない。中二病女がバーガー屋で考えたイケメン死神漫画。それに……日菜が私を殺したがってたなんて信じない。

「恵良、今日は起きながら寝てたよ」

「うん」

 適当に返答してルミに鼻で笑われる。この日常が私の現実で、非現実なことはもう過ぎ去ったのだ。日菜の死も半年前、もう忘れるべき。そうじゃないと、前に進めない。

「その石何? ずっと持ってるけど」

 赤い欠片が私の手の中にあった。爆発と同時に消えたと思ってた。急に背筋が寒くなる。昨日の出来事が現実なのか。

「……その辺で拾ったストーン! オカルト部に売りつけようかなって」

「あくどいわね……」

 ――ルミより早く学校を出たのはとにかく確かめたかったからだ。昨日まで原型を残していたはずの廃墟は一日で倒壊してしまっていた。

「来てくれたんだ、エラ」

 昨日の魔物の声が瓦礫の広場に響く。周囲を見回すも着ぐるみはどこにも存在しない。

「昨日は分体が突然死んで困ったよ。でも君の熱晶はもう帰ったみたいだね」

「熱晶は人の願いを叶える為に平行世界から超越者を呼び出すんだ」

「ボクはヒナちゃんのね、君と心中したいって気持ちに答えて出現したんだよ」

「でも、いざボクを目の前にしたときヒナちゃんはやっぱりエラは外してって言ってさ」

「無理だって言ったら、先に死ねば心中じゃなくなるから叶わなくなるよねって言ってさ」

「必死に地面に頭打ちつけて死んじゃったよ、君だけは守りたかったんだろうね」

「でも関係ないんだよね、熱晶は無知で無能な全知全能、みんな死んだら心中だと思うから」

 夕暮れに開いた爪痕から怪獣が降りてくる。昨日の着ぐるみじゃない、本物の生物のようでいて、生物の領域を凌駕した存在だ。額の水晶は心臓のように脈打っている。

「じゃあ死んでよ」

 空間を引き裂いた鎌状の大きな鉤爪が私めがけて振り下ろされる。嫌われてなかった、ヒナは私と一緒に死にたかったんだ。言ってくれたら一緒に死んであげたのに、先に死んじゃうなんてずるい。それに私、殺されるなら王子様がいい。

「――忘れろって言っただろ!」

 どこからともなく駆けつけた死神が怪獣の鎌を蹴り飛ばす。

「あっ、王子様……」

「まだ頭治ってないのか?!」

「へー、まだいたの。君も似たようなもんだね、元の世界に帰れなくて」

 もみ合いの後に怪獣がもう片方の腕で死神の脇腹を叩く。死神の肋の折れる音が聞こえた。

「近接は強くないね、また光線出しなよ。今度は受け切ってやるから! この滅望破壊獣サールインは熱晶の召喚要請を四十二回クリアした上級怪獣なんだぞ!」

 怪獣は飛び上がって死神から距離を取る。きっとプライドが高いのだ。

「おい、エリー! 思いついた戦いの神とか死の神とかの名前を適当に呼んでくれ!」

「神様の名前なんか知らないよ! エリーじゃないし!」

「無宗教め! なんか知ってるのあるだろ!」

「えー、じゃあ……!」

 不破さんって星とか好きなの? 私も占星術とか好き。

 恵良でいいよ、日菜、ただの気まぐれでねぇ、表紙の赤い星がかっこ良くて。

 ふふ、それって火星だよ、ローマでは戦いの神……。

「マルス!」

「よっしゃあ、使える!」

 死神の両腕が赤く発光し火花が飛び散る。重ね合わせた手の中に膨大なエネルギーが発生しているのを感じられる。そして死神は必殺技の名前を叫び光線を放つ。

「虚無に落ちていくがいい! 必殺! バーニングミアズマ!」

「そんな破壊力のない光線でボク……は殺せない……ぞ……」

 光線が怪獣のいる空間をそのまま爛れさせていく。怪獣のいる『場所』は次元ごとボロボロに剥がれ落ちて世界に希釈されていく。それはまるで灰が海に流されていくかのようで。

「な、なにが……こんなところで……リタイア……」

 そして原型を保てなくなった怪獣は、この世からいなくなった。工場の跡地には私と、マルスだけが立っていた。


「困ったな、たしかにあの怪獣の言うように俺の世界に帰れない」

「私の願い通り私を殺せば帰れるんじゃないの、ポテトちょうだい」

「思ってもないことを言うなエリス、水晶の元締めを潰さないとどうにもならん」

「エラだってば、名前覚えてよマルス」

「俺だってマルスじゃねえよ……他人に求められた時だけ別の神の力を使える」

「じゃあ本当の名前は何なの、あとコーラ追加ね」

「死神なんだから、モートだよ……知らないか?」

「バイクでしょそれ、とにかくマルスで親友兼王子様ね、毎日起こしてね」

「一人暮らしの女子高生と暮らすとか通報されちまうよ」

「じゃあ河川敷にダンボール持ってく?」

「わかったわかった、起こしますよお姫様」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ