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7.初出勤!?

 次の日の朝、ボルトンが王宮へ仕事に行くのを見計らって、エリスは外出用の服に着替えた。

 今日は昨日のような上等な絹の服ではなく、シンプルな薄手のセーターにチェックのスカート、それにブーツといった身軽ないでたちだ。


(よーし、これならどこからどう見ても普通の住民だぞ。ついでに動きやすいし、どんな仕事だってばっちりだっ!)


 鏡に映る自分の姿を見て、エリスは満足げに頷くとウインクしながら決めポーズを決める。


「……あなた、一人でなにやってるの?」


 たまたま様子を覗きに来たシャンテにバッチリ見られてしまう。いい歳してこれはちょっと恥ずかしい。


「それじゃお母さん、行ってきます!」

「がんばってね、エリス」


 母親に見送られて自宅を飛び出すと、エリスはティーナが待つアルバイト先──「毒キノコ館(アンティーク)」へと向かって歩き出すのだった。



 魔法屋への道のりはインディジュナス邸から徒歩でおよそ三十分。行き方については昨日の帰りに慎重に確認したので大丈夫だ。

 輝き通りからいくつかの狭い路地を曲がると、見えてきたのは毒キノコの館──魔法屋アンティークだ。


「……おはようございまーす」


 魔法屋(アンティーク)の入り口に辿り着いたエリスは、薄暗いままの店内に声をかけてみるが、待てど暮らせどまったく返事が返ってこない。

 埒が明かないので、とりあえず店内に入ってみる。幸いにも鍵は閉まっていないようだ。


 店内は真っ暗で、とても営業を開始しているようには見えない。

 相変わらず埃っぽいし、ついでに変な匂いもする。エリスは耐えきれずハンカチを取り出すと口元を覆う。


(もしかして不在なのに鍵を開けっ放し?)


 不用心だなぁと思いながらも、エリスは店の奥にある区画を覗き見る。

 魔法屋アンティークは、道路に面した店舗区画とその他の区画──すなわち居住区画で綺麗に半分に区切られていた。

 半ば覚悟はしていたが、居住区画もやはり、いや想像以上に汚かった。


 山積みにされたままの本。ほこりをかぶった様々な道具。店内にあるものよりも遥かにグロテスクな正体不明の物体。変な匂いのする液体の入った壷。

 だが最も驚愕すべき事実は──魔境のようなこの部屋の中心で、寝息をたてる人物が存在していたことだった。

 すぴー……。すかー……。

 ベッドの上の布団がリズミカルに上下し、拡がった黄金色のかみのけが揺れている。


「うそ……ティーナ?」


 汚部屋の中心で眠りこけていたのは、店主であるティーナその人だった。

 彼女はまるで警戒心もなく、むにゃむにゃ寝言らしきものを言いながらぐっすりと眠っていた。エリスは呆れて言葉も出ない。


(こんなに散らかった場所で、しかも鍵を開けっ放しで寝るなんて……私にはとても無理だわ。ある意味尊敬するよ。真似できないという意味で、だけど)


 しばらく待ってみたものの、ティーナが起きる気配は無い。

 このまま起きるまで待つのもしんどいので、とりあえず声をかけみる。


「ティーナ、おはようございまーす? ティーナ?」

「すやすや……」


 気を遣いながら何度か声をかけてみたものの、ティーナが起きる気配はない。

 昨日よりも眠りが深いのか、はたまた酒を飲みすぎたのか。あまりの手ごたえのなさに、エリスの口からため息が漏れる。


「うーん、だめか……どうしよう」


 ようやく仕事が決まったというのに、これではどうしようもない。

 途方に暮れて店内に戻ったエリスは、昨日ティーナが居眠りしていたカウンターに座りこむ。

 カウンターの上には、無造作に『ラピュラスの魔鍵』が置かれていた。


(えーっと、これ……100万エルの商品だよね?)


 ひどい、あまりにもひどい。

 高級品を放置するという暴挙に、もはや毒舌すら湧いて来ない。

 余計な御世話かもしれないが、このお店はこんなに無用心で本当に大丈夫なのだろうか。

 もし私がこのままこの鍵を持って帰ったりしたら、ティーナはどうするつもりなんだろうか。

 モヤモヤした思いが次々と浮かんできたものの、考えるだけ時間の無駄な気がしたので、エリスはそれ以上考えるのをやめてしまった。


 カウンターに置かれたままの『ラピュラスの魔鍵』からは、昨日ほどではないものの、相変わらずなにか──強い引力のようなものを感じる。

 本当にこの鍵は何なのだろうか。

 なんでこんなにも自分の心を引き付けるのだろうか。

 エリスはもう一度鍵を手にとって確認してみる。


 最初は値段かと思った。

 もしかして自分には高級品を見分ける才能があるのではないか。

 だがすぐに否定する。そんな才能があるわけがない。

 エリスはラピュラスの魔鍵をピンと指ではじいた。

 鍵はチンッとくぐもった金属音を奏でた。どこからどう見ても、ただの鍵だった。


 しばらく待っていたものの、やっぱりティーナは起きてこなかった。

 エリスは退屈だったので、暇つぶしにカウンターに座ったまま店内を見回してみる。

 とっちらかった店内。無秩序に置かれた様々な商品。埃をかぶった数々の正体不明な物体たち。

 やがてエリスは、あることが気になって気になって仕方なくなってくる。


「……この店、なんでこんなに汚いの!?」


 きれい好き、掃除大好きなエリス。あまりのアンティークの汚さに、とうとう我慢できなくなってしまった。

 なにか一大決心をしたかのようにエリスがすくっと勢いよく立ち上がると、両腕の袖を捲り上げ、リボンで髪の毛をまとめる。

 カウンターに放置されていたエプロンを身に付けると、ホウキを手に握りしめて──さぁ、装備は万全だ。


「……よーし、やるぞ!」


 エリスは声を出して気合を入れると、一気に店内の掃除を開始したのだった。




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