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47.ティーナの決意

 夕食後、三人はエリスの部屋で思い思いにくつろいでいた。

 バレンシアは、部屋の中を物珍しそうに眺めながら、お茶菓子のクッキーをつまんでいる。

 その横でティーナは、部屋に置かれている本を手に取って、興味無さそうにパラパラとめくっている。

 エリスはそんな二人の様子を、ベッドの上に腰掛けて大きなウサギのぬいぐるみを抱きかかえながら、ほっこりとした気持ちで眺めていた。


 今日はティーナもバレンシアも、インディジュナス家に宿泊する予定であった。

 一応それぞれに来客用の部屋は用意されていたのだが、エリスの強引な誘いもあり、いまは彼女の部屋に滞在していたのだ。


「あぁー、でも楽しかったね! ご飯も美味しかったし! それにしてもエリス、あなたのご両親ってとても良い方だねっ!」

「ねぇ、もしよかったら朝までずっとおしゃべりしない?」

「お、いいねぇ! あたしそういうの大好き!」


 エリスとバレンシアが勝手に盛り上がっている間も、ティーナは一人窓辺の椅子に腰掛け外を眺めていた。


「どうしたんだい? ティーナ」

「あ、いや、なんとなく家族っていいなぁって思ってね」


 ティーナの言葉に、エリスはハッとする。


「ティーナ……」

「ん? あ、ゴメン。別に変な意味じゃないんだ。ボク自身、家族が居ないことを気にしていないしさ」


 ティーナは笑みを浮かべると、首を振って窓辺から立ち上がった。

 その背に、エリスはそっと両手を添える。


「ティーナは、私の大切な友達。そして、私にとっては家族みたいな存在だよ。だから私も、私の家族も、ティーナにとっては家族も同然であって──だからティーナは一人じゃないって言うか。あれ、なんだかうまく言えないなぁ」

「エリス……」

「あぁ、だったらうちだってそうだよ! よかったねティーナ。あたしんちにはあと弟と妹がいるから、一気に家族が増えて大変かもしれないけどさ」


 ケラケラ笑いながらバレンシアは二人をやさしく抱き締めると、嬉しそうに頬をぐりぐりと摺り寄せる。


「エリス、バレンシア……ありがとう」


 ティーナは目を瞑ってそう言うと、そっと二人の身体を抱きしめたのだった。


 このとき──ティーナはある決心を固めていた。

 彼女が自分の心の中だけに秘めていた、ある事実・・・・を確認することを。


 ティーナはずっと悩んでいた。

 もしかしたら、エリスは自分を一生恨むかもしれない。

 あるいは、エリスと会うのは今日で最後になってしまうかもしれない。

 ティーナにとっては本当に怖い──「魔獣」や「悪魔」と対峙することよりもはるかに恐ろしいことだった。


 しかし、このままではいけないことも理解していた。

 残された「時間」のことも気になっていた。

 だから今日という機会に、どうしても確認しておかなければならなかった。


 知ってしまった者の、それは「責務」。

 本当の友達としての、それは「友誼」。


「すこし散歩してくるよ」


 ティーナはそう口にすると、部屋から一人で立ち去っていく。

 後を追おうとするエリスを、バレンシアがやさしく止めた。


「たぶん、トイレじゃない?」

「そうかな?」


 ティーナの様子が少し気になったものの、とりあえずはバレンシアの言うとおりにするエリスであった。



 ◇



 屋敷の中の書斎で、エリスの父ボルトンと母シャンテは、紅茶を飲みながら談笑していた。

 話の内容はもちほん、今日夕食を共にした娘の新しい友人に関することだ。


「しかし、エリスの友達があんなに素晴らしい人たちだったとは想像もしなかったよ」

「そうですね。あの子も最近は明るくなったし、なにより健康になりました。あんなに病弱だったエリスが、仕事を始めてから一度も熱を出していないのですよ?」

「おぉ、そうなのか! それは本当に喜ばしいことだな」

「本当に、そうですねぇ」


 二人が娘の思い出話に花を咲かせていた、そのとき。

 ──とんとん、とんとん。

 ふいに、部屋の扉がノックされる。


「こんな時間に誰かしら? はーい?」


 シャンテが首を傾げながら扉を開けると、純白のドレスに身を包んだままのティーナが──たったひとりで立っていた。


「あら、ティーナさんこんばんわ。どうしたの?」

「こんばんわ、夜分遅くに申し訳ありません。どうしてもご両親とお話したいことがありまして」


 ティーナの暗い表情にただならぬ気配を察したシャンテは、すぐに彼女を部屋の中へと招き入れる。

 椅子に座るよう促され、目の前にシャンテが淹れた紅茶のカップが置かれても、ティーナは一言も口を開かない。


「それで、お話というのは?」


 ボルトンが優しい口調で会話を促す。

 ティーナは表情を引き締めると、正面に座るエリスの両親に対してようやく重い口を開いた。


「もうすでにご存知だとは思いますが、私は『魔法使い』です」

「ああ、もちろん知っているよ。なんでもあなたのおばあさんはあの『ほうきの魔女』デイズ氏だとか。彼女の噂は王城にも聞こえていたなぁ」


 デイズの名前を聞いても、ティーナの硬い表情に変化はなかった。

 指にはめた祖母の形見「エンバスの紅玉指輪」を強く握りしめる。


「そうですか。では、このことはおそらく初めてお聞きになるかと思いますが──実は私、『天使』なのです」

「なんと!」

「まぁ!」


 突然のティーナの告白に、エリスの両親は驚きの声を上げる。


「そんなにお若いのに……たいしたものだ」

「それで、私のお話というのは──お二人のお嬢さん、エリスについてのことです」

「……エリスが、どうかしたのかね?」


 ボルトンの返事から、微かな動揺の気配をティーナは感じ取っていた。

 だが構うことなくティーナは話を続ける。


「実は仕事を始めて一週間ほどしたとき、エリスが過労から熱を出して倒れたことがあったんです」

「あぁ、やっぱり熱を出していたのか。エリスは生まれつき体が弱かったからな」


 まるで不自然さを感じさせないやり取りの中、ティーナの話は核心部分へと近づいていく。


「そのとき私は、エリスの背中にある『あざ』の存在に気付いたのです」

「あざ? あぁ、たしかにエリスの背中にはあざのようなものがあったとは思うが」

「あれはただのあざではありません。あれは──魔法式で施された『封印・・』です。しかも別の隠匿魔法でうまくカムフラージュされています。いずれも強力な魔法だったので、並みの魔法使いでは気づくことすらできなかったでしょう」


 エリスの両親の顔から──表情が完全に消えた。

 だがティーナの言葉は止まらない。


「エリスが時々発熱することはご両親もよくご存知だと思います。でもその原因が、実はその『封印』のせいであることはご存知でしたか?」

「なっ!?」

「私はエリスにある特別な治療を施すことで、症状を緩和させることに成功しました。その方法とは──エリスに『反魔力(アンチスペル)』という、魔力を発散させる特殊な魔法をかけることです」


 ティーナは目の前に出されたままの紅茶を口に含んだ。

 紅茶は既に冷めきっており、彼女の口の中に淡い苦味だけが広がる。


「『反魔力(アンチスペル)』の魔法には、かけられた人の魔力を相殺して消し去る効果があります。世間にはあまり知られていない魔法ですが、私が以前『魔力超過オーバーフロー』で苦しんでいたときに、亡くなった祖母のデイズにかけてもらって魔力を発散していました。そんな私だからこそ──エリスの症状の特異性・・・に気付くことができたのです」

「…………」


 ティーナはあえて自分からは核心に触れようとしない。

 だがボルトンも何も言わなかった。

 ただじっと、なにかに耐えるかのように自分の手を見つめている。

 大きく息を吐くと、ティーナは話を続けた。


「加えて私はエリスの病気、というよりも発熱・・を再発させないために、彼女にある魔道具を渡しました。それは、髪留めの形をした『退魔針マジックキャンセラー』という特殊な魔道具です。こちらも『反魔力(アンチスペル)』と同様に魔力を発散させる効果があります。もっとも、先日の事件の際に失われてしまったのですが」

「……それで君は、なにを言いたいのかね?」


 とうとうボルトンが耐えかねたかのように重い口を開いた。

 エリスの父親の言葉に後押しされるように、ティーナは決定的な言葉を告げる。


「エリスの中に『封印』されているものの正体。それは──『魔力』です」


 エリスの両親がはっと息を呑む。

 だがそれすら無視して、ティーナは核心となる事実を告げた。


「つまりエリスは──『魔法使い』です」


 静寂が、嵐となって部屋の中を吹き荒れた。


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