45.事件の後片付け
ここから最終章となります!
るんるんるん。
あぁ、なんて素敵な天気なんでしょう!
本当は雨が降りそうな天気だったものの、今のエリスにはそんなもの関係ない。
なぜなら、彼女の心は雨雲の上にある青空のように晴れ渡っていたのだから。
悪魔マイネールとの戦いから、既に十日が経過していた。
エリスは今日、とてつもなく上機嫌だった。
朝からなにも手につかず、そわそわと屋敷中を行ったり来たりしている。
あまりの浮かれっぷりに、母親のシャンテが呆れ果てて窘めたほどである。
エリスがこれだけ浮かれている理由。
実は今夜、ティーナとバレンシアがエリスの家に招待されていたのだ。
あの事件の後、エリスはティーナと二人で王国騎士団に「マイネールは『悪魔薬』の乱用で精神を崩壊させ、勝手に自滅した」というウソの説明をした。
その弁明をあっさりと騎士団副隊長が信じてくれて、なんとか事態を収拾することができた。
もっとも、その後「妖魔の森」や例の小屋周辺は危険区域に指定され、一般の人々が入ることはできなくなってしまったのだが。
悪魔がしでかしたことの後始末は、本当に大変だった。
まずはエリス。
彼女はいろいろな人に、ほんとうにたくさん怒られた。
もっとも今回の彼女の行動は、正直ほめられたものではないだろう。
結果的になにもなかったとはいえ、多くの人たちを大いに心配させてしまったことを、エリスは素直に反省した。
シリウスからは「絶対に今度からはこのような行動は取らないように!」と帰りの道中でめいっぱいくぎを刺された。
素直に「置いてけぼりにしてごめんなさい……」と謝ったところ、シリウスはなんとも複雑な表情を浮かべていた。
次にエリスを迎えてくれたのは、父親のボルトンだった。
心配しすぎて頭がおかしくなりそうになっていたボルトンは、周りの人がドン引きするくらい激しく叱った。
これ以上ないほど激しく怒られたあと、ボルトンは最後に泣きながら娘を強く抱きしめた。
エリスはなんだか申し訳ない気持ちになって、父親の体をぎゅっと抱きしめ返したのだった。
お次はバレンシア。
彼女はシリウスに抱きかかえられて無事家へと戻っていった。
バレンシアを抱えて歩くシリウスの姿はまるで物語のワンシーンのようで、エリスは少しだけバレンシアのことをうらやましく思った。
帰宅後は一応医者にも見てもらったものの、ちゃんと解毒に成功しており、一日ぐっすり寝たらかなり元気になっていた。
毒の影響で翌日いっぱいは手の痺れが残っていたものの、三日後にはベリーのソードダンスを再開して、父親のスラーフに怒られていた。
休暇を延長したシリウスが、バレンシアが完治するまでの間つきっきりで相手をしていた。
バレンシアは「んもーっ!そんなにずっといなくてもいいよ!」とうざがっていたものの、傍から見たら明らかに嬉しそうだった。
なんだかんだでお似合いの二人だとエリスは思っていた。
……次は、マイネールたち。
ダマダ法具店のパストと、マイネールの執事だったビスマルクは、命に別状もなく無事だった。
パストに関しては悪魔に操られていただけだったので、エリスたちの後押しもあってしばらくの尋問の後に無事釈放された。
彼は今でもダマダ法具店でがんばっているらしい。ただ、今回痛い目にあったせいか、以前より性格が丸くなったのだそうだ。
おまけにイスパーン商会との業務提携の話も進んでいると、エリスは魔法屋アンティークに様子を見に来たフォア会長から聞いている。
執事だったビスマルクは逮捕されていた。
操られていたのは事実だったものの、マイネールの悪魔薬使用を黙認した罪に問われたのだ。
さほど長い刑期にはならないと思うが、ちゃんと反省して出直してほしいとエリスは願っていた。
そして、マイネール。
彼は生ける屍と化したまま、現在も騎士団詰所の地下牢に繋がれている。
おそらく二度と「悪魔」として人々に危害を加えることは無いであろう。
なぜなら、マイネールの精神は「悪魔薬」によって隅々まで侵食を許した上、その部分をティーナによって消滅させられたのだから。
それでも彼が生きていて良かったと、エリスは思っている。
残酷なようだが、あのときティーナの「天使の歌」で解放されていなければ、おそらく彼は「悪魔薬」の副作用に耐え切れず、その命の灯火を消していたであろう。
生きていてこそ、できることはある。
いつか心を取り戻したとき、まっとうな道に帰ってきてほしいとエリスは願っていた。
一方で、マイネールの実家である「プラチナムアイテム」は、残念ながら廃業となってしまった。
自分の家系から「悪魔」を輩出してしまったのだから、商売としては致し方ない部分はあったのかもしれない。
エリスも仕方のないことだと思いながら、少しだけやるせない気持ちを抱いていた。
なぜなら、本人以外の家族には罪はないと思っていたから。
ちなみに「プラチナムアイテム」が持っていた商圏は、いつのまにかイスパーン商会が巻き取っていた。
さすがはフォア氏、どんな小さなチャンスも見過ごさない。
伝説の商人の面目躍如である。
最後に、ティーナ。
彼女は──すぐにいつもどおりの生活に戻っていた。
今回の事件については、色に狂ったマイネールがティーナに振られた結果、バレンシアを人質に取って自分を脅そうとして自爆した、というシンプルなストーリーになっていた。
彼女が考えた説明ロジックは完璧で、疑う要素はすべてを知るエリスですら無いように思えるほどだった。
結局彼女は最後まで騎士団にはウソを突き通して、自身が天使であることを見事に隠し通したのだった。
イスパーンの街に戻ってすぐに、ティーナはバレンシアの家に謝りに行っていた。
彼女に頭を下げられても、バレンシアの父スラーフはなにも問い詰めようとしなかった。
ティーナの頭をぽんっと叩いて、それだけで許したのだ。
たぶん、バレンシアの家族とティーナには特別なつながりがあるのだろう。
そんな関係が少しうらやましいな、とエリスは思ったのだった。
ところが──そのあとティーナは、目を覚ましたバレンシアに思いっきりビンタされた。
その場にいた全員が目を丸くして事態を見守ってたものの、それ以上はなにもなかったのでホッと胸を撫で下ろしたものだ。
「今まで殴られた中で、一番痛かったかも」
そう言いながらも、ティーナは嬉しそうに少し腫れた頬を撫でていた。
後日、ティーナはエリスの家にも挨拶に訪れていた。
しかもティーナは非常に礼儀正しく──まるで一国のお姫様か上流貴族の令嬢のように完璧なマナーで。
「私、イスパーンの輝き地区で魔法屋<アンティーク>を経営しておりますティーナ・カリスマティックと申します。この度は大事なお嬢さまを図らずも危険な目に会わせるような事態に巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした」
来る前は「娘を危険な目に合わせた相手」ということでピリピリしていたボルトンも、これには一発で度肝を抜かされていた。
あっけに取られるエリスに向かって、ティーナがいたずらっ子のような笑みを浮かべながらこっそりウインクしてきたのだった。
なお、あとで聞いたところによると、ティーナはマナーだけでなく様々な技術を持っているらしい。
たとえば格闘技でいくと、バレンシアと互角の腕前なのだとか。
超絶美少女で頭脳明晰、しかも運動神経抜群なうえにマナーまで完璧。
魔法を使わせたら空前絶後の天使級。
なんだかもう、存在自体がサギみたいだ。
もっとも、完璧に見えるティーナの欠点もエリスは知っていた。
寝起きはダメダメで、超自堕落。
魔法や調理や掃除など細々としたことは大の苦手。
そんな──裏も表もたくさんあるティーナが、ほっこりとした顔をしながら自分の淹れた紅茶を飲む姿が、エリスはなによりも好きだった。
こうしてエリスの両親も無事ティーナの謝罪を受け入れてくれたことで、一連の騒動は徐々に落ち着きを取り戻していった。
エリスたち三人は、同じ時間を一緒に過ごした。
魔法屋はしばらくの間店じまいして、バレンシアも実家のお仕事を休ませてもらって、エリスたちはたくさんのお話をした。
過去のこと、色々な悩み、他にもお互いが知らなかったことも……。
中でも一番驚いたのは、ティーナがデイズおばあさんと出会う以前の記憶をほとんど持っていないということだった。
なんでもデイズおばあさんに、魔法で記憶を「封鎖」してもらっているそうで、封鎖解除のための解除鍵も知っているのだそうだ。
ただ、デイズおばあさんから十八歳になったときに解放するよう釘を刺されているそうで、今はまだ解除するつもりはないとのことだった。
ここでもバレンシアが「なんでもっと早く色々言わなかったんだ!」と言って怒っていた。
それに対しても、ティーナは素直に謝っていた。
ティーナらしくない反応だったものの、彼女がいろいろなものから抜け出しつつある証なのじゃないかな、とエリスは思っている。
さらにデイズおばあさんの復讐についても、少し冷静に考えてみると言っていた。
エリスたちは、彼女のその言葉にほっと胸をなで下ろしたものだった。
他にも三人は、ティーナは死ぬほど嫌がっていたものの──ベリーのソードダンスをしたり、街にお買い物に行ったり、美味しいものを食べたりした。
特にウインドーショッピングは、エリスにとっては最高の思い出となった。
なにしろ友達とのショッピングは、彼女がずっとあこがれていたことだったから。
この際とばかりに、エリスはいろいろなお洋服を二人に着せて、プチファッションショーを満喫した。
バレンシアはスタイルが良いので、タイトなシャツに短いスカートやパンツ姿がすごく似合っていた。
ティーナはものすごく嫌がっていたものの、何を着せても恐ろしいほど可愛らしかった。
特にフリル付きワンピースを着せたときなどは、どこのお姫様が現れたのかと思ったくらいだ。
眼福! 眼福!! エリスは心の底から三人で過ごす時間を楽しんでいた。
穏やかに過ぎていく日々の中で、エリスたちは心の距離を一気に近づけていった。
今では互いの固い絆を、確かに感じることができるほどに。
そうしてやってきた週末。
ボルトンの仕事が休みということもあり、エリスは二人を自分の家に招待することにした。
以前ボルトンが、仕事を許可する条件としてエリスに要求していた「夕食会」を開催するためであった。
友人を誘っての夕食会とはいっても、曲がりなりにもインディジュナス家は貴族の一員である。
当然正装を義務付けられていた。
実はエリスにとっては、ティーナとバレンシアが正装することがなによりも楽しみだった。
バレンシアもあのスタイルだ、きっとドレスが映えるだろう。
さらには普段着で立っているだけでも絶世の美少女のティーナ。
彼女がドレスを着たら、どれだけ美しくなるのだろうか。
二人のドレス姿を想像するだけで、エリスの心は綿毛のように空高く舞い上がっていくのだった。




