30.以心伝心?!
バレンシアは、王都イスパーンの北側区画にある貴族街にやってきていた。
王城を取り囲むように立地している貴族街は、ブリガディア王国の貴族たちが住む住宅街だ。
庶民感覚からかけ離れた豪邸の数々が、競い合うように並んでいた。
「いやー、あいかわらずここは豪華絢爛だねぇ」
バレンシアは周りに建つ豪邸の数々を眺めながら、独り言をつぶやいた。
彼女の目的は、エリスの実家である「インディジュナス家」に向かうことだ。
少し歩いてたどり着いたエリスの実家「インディジュナス家」は、貴族街から少し外れた小高い丘の上に在った。
貴族街の中心部にある他の豪邸とは違って、インディジュナス家は質素でありながらそれなりに格式のある古い二階建ての館だった。
そこそこの広さを持つ邸宅は1メートルほどの高さの塀に覆われてるものの、簡単に覗き込むことができ、庭に整備された小さな庭園にはよく手入れがされた草花や野菜などが元気よく育っていた。
「さて、と。何も考えずにここまで来ちゃったけど、このあとどうしようかなぁ。真正面から行くか、それともこっそり侵入するか」
バレンシアが外壁の周りを歩き回りながら、次の手を思案していると、ふと誰かの視線を感じる。
目を向けると、庭の草花に水を撒いている中年の女性の姿があった。
エリスの母親だろうか。
あまりエリスに似てないので、もしかしたら家政婦かもしれない。一瞬そう考えたものの、以前エリスに「家には家族しか居ない」と聞いたことを思い出してすぐに却下する。
エリスの母親と思しき女性は、バレンシアと視線を交錯させて驚いた表情を浮かべた。
「あ……」
バレンシアが声をかけようかと思ったところで、彼女はしーっと指を唇に当てて口止めをすると、ウインク一つ残してそのまま館の中に戻っていく。
どうしたものかとしばらく様子を見ていると、二階にある窓のカーテンがさっと開いた。
姿を現したのは──エリスだった。
「おぉおっ!?」
バレンシアは思わず手を振ったが、エリスはインディジュナス家の入口の門のほうを指差し、苦々しそうな顔をして両手でバッテンのサインを出した。
とりあえず門のほうに視線を向けると、衛兵の格好をした男性が一名、あくびをしながら立っている。
「……なるほど、監視付きで外出禁止されてるってわけね。お母さんがエリスにあたしのことを知らせてくれたってことは、お母さんは味方かな? だとすると、お父さんに軟禁されちゃってるってわけか。そういえばエリスのお父さんは衛兵隊の隊長だったよね」
大体の状況を把握したバレンシアは門のほうを親指で指すと、頭上に両手で大きく丸を描いた。
エリスは胸に手を当てほっとした仕草をすると、街のほうを指差して両手を合わせた。
「ティーナに事情を説明して謝っといてってことね。オッケー了解!」
バレンシアはガッツポーズをしてみせたあと、投げキッスをしてエリスに手を振った。
エリスは少し泣いたふりのように両手で目をこすったあと、バイバイと手を振り返してくる。
それを確認したバレンシアは、とりあえずインディジュナス家から離れることにした。
「うーん、そっかぁ。こりゃ大変だな」
魔法屋アンティークへの帰路。
バレンシアは今後の事態の大変さを思い、一人ため息をついたのだった。
一方のエリスも、バレンシアを見送ったあと部屋でひとり大きなため息をついた。
(あーあ、バレンシア行っちゃったなぁ。ティーナ怒ってないかな。無断欠勤しちゃって、アルバイトをクビになったりしないかなぁ)
とはいえ、なんとか現状はバレンシアに伝わったようだ。
一つの懸念は解決したと言っていい。
ただ、最低限のメッセージは伝えられたものの、自身の状況は何一つ改善していない。
とにかく、なんとかこの状況を打破しなければならない。
今回の父親の対応に、さすがのエリスも凹んでいた。
まさか門番までつけるとは思っていなかった。
どうせ口だけだろうとたかをくくっていたのだが、思った以上に父親は強硬な態度のようだ。
「今日はあきらめるしかないかな……」
エリスは門にたたずんであくびをしている罪のない衛兵を見ながら、またひとつ大きなため息をついた。
◇
魔法屋に戻ってきたバレンシアは、相変わらず何か調べものをしている様子のティーナに先ほどの出来事を報告した。
「……ってなわけで、エリスはダメね。あの調子だとしばらく厳しいんじゃないかなぁ?」
そんなバレンシアの報告を、うわの空で聞くティーナ。
「ちょっと、聞いてるの? あんたが頼むから調べてきたんでしょ?」
「ああ聞いてるよ、ありがとう。安心したよ」
「ん? 安心? どういうことよ」
「いや、ちょっと気になることがあってね」
ティーナはバレンシアに、フォア氏から聞いたいろいろな情報を伝えた。
「ふーん、なるほどね。そしたらあんたはエリスがもしかしたらその──ダマダ法具店やプレミアムアイテムの人たちにちょっかいかけられたかもって思ったの?」
「んーまぁ、それも可能性の一つとしては考えてたかな。確率としては低いと思っていたけどね。来るならこっちに直接来るだろうし」
「それじゃ、あんたはなにを心配しているの?」
なにげないバレンシアの一言に、ティーナは動きを止める。
「別に、なにも心配してない」
「うそおっしゃい。あんたずっと色々調べてるよね? なにを調べてるの?」
「バレンシアには関係ない」
「あっそう! それじゃさ、あんたはなにを考えてるの?」
「ボクは仮説は言わない」
「またそれ!? もういい加減にしてよ。あんたがデイズおばあさんのことでいろいろと悔やんでいるのは知ってるけどさぁ、一人で抱え込むのもいい加減にしなさいよ!」
バレンシアの怒声に、ティーナは少し驚いた表情を浮かべた。
「バレンシア……?」
「あんた、デイズおばあさんが亡くなったのは自分のせいだと思ってるでしょう? あの日、あんたがデイズおばあさんに伝えた仮説のせいで、あんなことになったって思ってるんでしょう?」
「……」
「あんたは昔から頭の回転がすっごい早かったよね。あたしなんかが考え付かないようなことをいっつも考えていた。だけどさ、たとえどんだけすごく頭がよかったとしても、所詮は同じ人間でしょ? そりゃあ間違えることもあるさ。だから……」
「違う!」
ティーナは鋭く言葉を遮った。
「違うんだ、ボクは──」
ティーナの言葉を遮るように──店の扉に取り付けられたドアベルがからんからんと鳴る音が聞こえる。
来客を告げるベルは、エリスが「お客様が来たらすぐわかるように」と取り付けたものだった。
二人は会話を中断すると、店の方へと顔を出す。
「わはははは。ティーナ嬢、元気にしているかな? オレだよ。マイネールだよ」
「げっ……」
やってきたのは、いつものように金色のジャケットを羽織ったマイネールとダマダ法具店のパスト、執事ビスマルクの三人だった。
バレンシアが露骨にいやそうな表情を浮かべる。
「なんか用? こっちはいま取り込み中なんだけど。しかもなんでダマダ法具店の店長まで一緒なんだい?」
「ふふふ、今日はちょっと挨拶に寄ったまでだよ。ちなみにパストくんはオレの忠実な配下となった」
マイネールの言葉に恭しく頭を下げるパスト。
ティーナはパストの様子を見て、はじめは胡散臭げな表情を浮かべていたものの、彼の瞳を見て顔色を変える。
パストの瞳は──ヘビのように縦長だったのだ。
「おい、こいつはどういうことなんだ?」
「ふふふ、さすがはティーナ嬢。気付いたかね?」
「その眼、そしてダマダ法具店。なるほど、そういうことか。全部キミがやったのか」
「さて、なんのことかね。オレにはさっぱりわからないな」
マイネールは唇の片方だけを上げて不敵に笑った。
バレンシアが今まで見てきたマイネールの笑顔の中でも、とびっきりの気持ち悪い笑顔だった。
「ちょっとティーナ、どうしたの? あんた怒ってる? それにあいつと何を話してるの? あいつがなにをやったの?」
バレンシアの問いかけを無視して、ティーナはマイネールに向き直る。
「それで、今日は何の用?」
「いや、なんでも最近イスパーンの街にある魔法屋が大変な目にあっていると聞いてね。心配になって貴女のお店の様子を見に来たのだよ」
「どの口が言うんだか」
「それと、貴女に一つ伝えたいことがあってね。オレは大きな力を手に入れた。いままでよりも強大な力を。近いうちに貴女にそれをお見せすると約束しよう。その時には、貴女にパーティの招待状を送るよ──とっておきのパーティのね」
「誰が行くか」
「ふははは。貴女のその口から、違う言葉が出るのを楽しみにしてるよ。それではまた会おう! さらば!」
マイネールは高笑いをしながら身をひるがえすと、パストとビスマルクを引き連れてそのまま店を出て行った。
「なんだよあれ! 前にもまして気持ち悪くなりやがって。ねぇティーナ、あのアホ貴族……って、ティーナ?」
ティーナはバレンシアの呼びかけに返事をせず、じっとマイネールが出て行った扉を見続けていた。
「(……考えられる中で最悪に近いケースだ)」
「え? なんか言った? 聞こえなかったんだけど」
「いや、なんでもないよ。それより今日はもうエリスは来ないんだろ? だったら今日はちょっと早いけど、店じまいにして愚者の夢亭にご飯を食べに行こう。気分悪いし景気づけがしたいんだ」
ティーナは一転して明るい表情を浮かべると、バレンシアを促した。
急に態度が変わったティーナに首をひねりながらも、安心したバレンシアはすぐに同意する。
「そうだね、なんだか辛気臭くなっちゃったし、ぱーーっとやろうか!」
このとき──バレンシアは気付いてなかった。
ティーナが、なにか重大な決意をしたことに。




