【番外編】スラーフ・ラバンテ氏の場合
わしの名前はスラーフ・ラバンテ。
イスパーンの街の「輝き地区」の裏通りにある食堂「愚者の夢」亭のオーナーだ。
かつては冒険者として名をはせ「剣狼」などと二つ名で呼ばれていたこともあった。
だが、足に大けがをしてからは引退して、今はただの料理人だ。
それでも、そんなわしを慕ってたまに店に来てくれる奴もいる。
おかげで食いっぱぐれることもない。本当にありがたいことだ。
そんなわしには三人の子供がいる。
女房は六年前に死別した。
わしには出来すぎた良い女房だった。流行り病であっちゅう間だった。
こんなときに過去の名声なんてなんの意味もなかったな。
だが、わしの感傷なんてどうでもいい。
かわいそうだったのは、残された三人の子供たちだった。
特に一番上のバレンシアには迷惑をかけた。
いや、いまも迷惑をかけ続けている。
あいつは良くできた娘だ。
女房が亡くなってからも小さな弟と妹をちゃんと面倒を見てくれたし、忙しい店の手伝いもしてくれた。
わしに似ず器量良しに育ってくれたのは、なによりも安心した。本当に良かった。
バレンシアは、とても面倒見が良くて社交的なやつで、店でも外でも老若男女問わず人気者だ。
うちの店が繁盛しているのも、半分は看板娘であるバレンシアのおかげだ。
ついでにいうと、バレンシアはわしに似て剣の腕もたつ。
わしは趣味で──というか暇つぶしで、気が向いたときに近所のガキどもを集めて剣術教室を開いていた。
教室と言っても我流剣術だ。貴族さまの形式ばったものとは違う、地に足をつけたものだ。
そんなガキどもの中でも、バレンシアは一段抜けていた。
ここはわしの血だな。うん。
わしの記憶では、バレンシアが勝てなかったのは、シリウスくらいなものだ。
シリウス・シャンボリー。あの天才剣士。
こんな下町に生まれ育ったのが場違いな存在。
バレンシアの二個下だったかな。だがあんなに剣の才能に愛されたやつをわしは見たことがない。
たしか、いまは騎士学校に下宿してるんだったかな?
あいつならきっと良い騎士になるだろう。
そういえばバレンシアを姉のように慕ってたが、あのころより少しは成長したのだろうか。
おっと話がそれた。
そんなバレンシアには、特に親しくしているやつがいた。
ティーナ・カリスマティック。
「ほうきの魔女」と呼ばれたデイズ・カリスマティックの孫娘だ。もっとも、血はつながっていないがな。
デイズばあさんは、冒険者時代もいろいろと世話になった、頭の上がらない存在だ。
一度だけ過去の話を聞いたことがあるが、なんでも最愛の娘を亡くしてしまったらしい。あんな怖いばあさんと結婚した人がいることに驚いた記憶がある。
わしが冒険者を廃業して街に帰ってきてからしばらくした──五~六年ほどまえだったろうか。
デイズばあさんはふらっと旅に出て、帰ってきた時には一人増えていた。
それが──ティーナだった。
最初にティーナを見たとき、えらいきれいな男の子だなと思った。
自分のことを「ボク」と言うし、男言葉だし、服装も若干男らしかったからだ。
だがそいつが女の子で、しかも「天使」だとばあさんから聞かされた時にゃあずいぶんとおったまげたもんだ。
デイズばあさんは「こんなべっぴんな女の子が天使だとバレたら、あっという間にさらわれちまうから男装しているんだ」と笑いながら言ってた。
まぁたしかに、ティーナのようにお人形さんみたいな美しい子供は見たことがなかったから、デイズばあさんの言葉に納得したものだ。
ティーナのやつは、昔からでたらめに頭がよかった。
一を言えば十を理解していた。いや、もしかしたら百くらい理解していたかもしれない。
予言みたいなことを時々言って、しかもそれがよく当たった。
天使だってことを差し引いても、とんでもない化け物だった。
そのせいかどうかはわからないが、ティーナには昔からなにか欠けている気がしていた。
あいつはいつも氷のように冷めた目をしていた。
わしはあんなにも感情が消えた目をしたやつを、他に見たことがなかった。
デイズばあさんは、自分と血のつながりが無いことは教えてくれたが、それ以上ティーナについて詳しく教えてくれることはなかった。
まぁそれでも関係ない。
デイズばあさんが孫娘だと思っているなら、わしにとってもティーナはデイズばあさんの孫娘だ。
そんな経緯でうちの店に入り浸るようになったデイズばあさんとティーナだが、うちのバレンシアと仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。
店のことと弟妹の面倒を見るので遊ぶ余裕もなけりゃ友達も作りにくかったバレンシアには、ちょうどいい相手だった。
たぶん、デイズばあさんもそう思ってたんだろう。
バレンシアは昔から明るくてわけ隔てのがなくて、面倒見のいいやつだった。
対してティーナは、ちょっとぶっきらぼうでおとなしいやつだった。見ず知らずのやつとは口も利かないし、わしですら冷たくあしらうときもある。
そんな正反対の二人だったが、いつの間にやら仲良くなっていた。
子供ってのはすごいもんだ。
その頃からか、冷蔵庫や冷凍庫といった愚者の夢亭の調理用の魔道具に注入する魔力を、ティーナが入れてくれるようになった。
報酬は、ふたりの毎日の晩飯代だ。
正直、格安だ。魔力の注入費用は決してばかにならねぇ。
それまではデイズばあさんに頼んでたが、本人曰く「寄る年波には勝てないのと、どうせ魔力をドブに捨てるくらいなら有効活用した方が良い」とのこと。
そういえば、ひぃひぃ言いながら魔力注入してたデイズばあさんと比べて、ティーナのやつはあっさり魔力を注入してやがった。
これが若さかと思ったね。
ドブに捨てる方はイマイチよく意味がわからなかったが、なんでも魔力を貯めすぎると身体に良くないらしく、体調を崩したりするんだと。
それを回避するために、ティーナは時々魔力を使いまくって発散させる必要があるんだとか。
正直魔力を持たないわしにはさっぱりわからん、難儀なもんだな魔法使いってやつは。
そういや今でもたまにバレンシアとティーナは「魔力を発散させるため」に夜に出かけている。
なにをやってるのかは詳しくは知らない。
また話が逸れたな、元に戻そう。
そんなわけで、うちの店が格安でやっていけるのも、デイズばあさんとティーナのおかげだ。
心の中では感謝してた。
こんな日々がずっと続くと思ってた。
──あの日まではな。
一年前のあの日。
デイズばあさんはあっさり逝っちまった。
ぜったい死なないと思ってた。
あのばあさんだけは本物の魔女だと思ってた。
だが、死んじまった。
しかも、あんな最期を──いや、この話は今は関係ないな。
とにかく、あの日からすべては変わっちまった。
ティーナは完全にふさぎこんじまった。
あとで聞いたが、デイズばあさんの第一発見者がティーナだったらしい。
いくら大人びているとはいえ、たかだか十五歳の小娘が最愛の人の最後の姿を目撃したわけだ、ああなっちまっても仕方ないだろう。
引きこもって飯も食わなくなったティーナを、バレンシアが毎日のように通って相手をした。
わしもバレンシアに飯を持たせて、対応をまかせることにした。
わしにとってもティーナは身内みたいなもんだしな。
一ヶ月くらい経ったころかな。
ようやくティーナが店に顔を出すようになった。
げっそりと痩せててびっくりした。別人かと思うくらいだった。
それからはティーナも元のように店に来るようになった。
だが──うまく言えないが、なんだか以前とは別のものに変わってしまったような気がする。
悔しいが、わしにはティーナになにもしてやることができない。
わしみたいに、剣と料理しかしてこなかったやつに、かけるべき言葉はなかった。
ところが──そんなティーナが、最近あたらしい女の子を店に連れてくるようになった。
エリスという名の女の子だと、バレンシアに教えてもらった。
青いリボンと髪留めがトレードマークの、背の小さなかわいらしいお嬢ちゃんだ。
最初店に来たときは、やせっぽちで元気がないお嬢ちゃんだなと思ってた。
それ以外特に特徴も思いつかないような存在だった。
ただティーナが他人をうちの店に連れてきたのが初めてだったので、そのことには驚いた。
ところがどっこいどうしたことか、うちに顔を出すたびにエリス嬢ちゃんはどんどん明るく元気になっていった。
いつのまにか、えらいべっぴんさんだなぁと思うようになった。
店の客の中でも、エリス嬢ちゃんのことが気になるやつが出てきだした。
女の子ってのは不思議だ、突然綺麗になることがある。
うちの嫁さんもそうだった。最初は田舎娘だと思ってたんだがなぁ……。
おっと話がそれた。
そんなわけで、今日も女三人で楽しそうに晩飯を食ってやがる。
なんでも今日はピクニックに行ってえらい目に会ったらしい。
「なにがあったんだ?」と聞いてみたが、「ここは乙女だけの秘密の花園だ。オヤジはあっちいけ!」とバレンシアに追い出されちまった。
娘の父親はいつの世も厳しい……。
ティーナのやつは、あっかんべーしてやがる。
今度メシに辛いの入れてやろうか、あいつ辛いの食べれないし。
エリスの嬢ちゃんは、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げている。
うむ、やっぱり女の子はこうでないとな。
今日もわしは愛する娘や息子、そして大勢の客のためのメシを作る。
なぜならそれが、わしの仕事だから。




