24.遭遇
うっそうと茂る妖魔の森の奥深くを、三人の男が草木をかき分けるようにして歩いていた。
「マイネール様、どちらへ向かわれてるのです?」
「フフフ、ついて来ればわかるぞ。それにしても良い情報を取ってきたな、パスト。褒めてつかわそう」
「ははっ、ありがたき幸せ!」
喜びの声を上げるパストを満足気に眺めるマイネール。
彼の横に従う初老の男──マイネールの執事もまた、パスト同様ヘビのような縦長の瞳をしていた。
やがて三人は青黒い草が大量に繁殖する、気味の悪い草原に辿り着く。
「マイネール様、ここは……?」
「悪魔草の群生地だ。珍しいだろう? これだけ群生している場所はなかなかないぞ?」
「し、しかし、悪魔草は禁則規定のある薬草では? たしかこれを魔法薬にした『悪魔薬』は、使用したものの魔力を一時的に上げる代わりに依存性が強く、多用すると精神を破壊してしまうとか……」
「ハッハッハ、これのことかね?」
マイネールは懐からたドス黒い液体が詰まった小瓶を取り出す。
「マイネール様、まさかそれは──『悪魔薬』!?」
「さてね。おっと、どうやら待ち人が来たようだ」
マイネールが視線を向けた先から、『なにか巨大なもの』がズシン、ズシンと大きな音を立てながらやってくる。
「さーて、ひと仕事するか。オレの『天使の歌』が魔獣にも通用するのか──見ものだな」
マイネールはニヤリと嗤うと「悪魔薬」を一気に飲み干し、背中に──天使の翼が具現化する。
ただ、彼の翼は心なしか以前よりも黒く染まっているように見えた。
「さぁ、ショーの始まりだ!」
トレードマークとなっている金色のジャケットを翻すと、マイネールは──巨大生物に向かってゆっくりと歩み寄っていった。
◇
昼食も終わって一服したあと、いよいよティーナは本格的に草原に群生するのアクエリス草の採取に取りかかった。
魔法に利用する材料のなかには、特殊な採取方法により効能が劇的に向上するケースがある。
特に薬草類の場合、素人が薬草を採っても魔法の材料としては低品質で使いものにならないことが多い。
一方で、採取する人の腕次第で魔法の触媒となる素材の質が上がり、魔法薬自体の出来がさらに良くなることもある。
イスパーン商会が、ティーナにアクエリス草の採取を依頼した理由がまさにこれであった。
フォア氏は、魔法屋アンティークの魔法薬が高品質な理由は素材にあると考えていた。
つまり、ティーナは素材の採取方法が上手ということである。
だからフォア氏はティーナに、破格の条件で仕事を依頼したのだ。
なお、ティーナが行っている採取方法は──「指先に魔力を込めながら採取する」という特殊なものであった。
このため、採取作業は魔法使いであるティーナにしかできない。
ヒマを持て余したバレンシアが、エリスに薬草の種類についていろいろと教え始めた。
「あぁ、これがアクエリスの草ね。例の『清涼水』の原料になるやつ。そしてこっちはドラグの草。眠り薬の一種で上手に配合すると『睡眠薬』になるんだ」
「あの……これは?」
「それは触っちゃだめ。バルバルの木っていう毒の原材料だよ。素手で触ると皮膚がかぶれるから気をつけて」
エリスの目から見ると、すべての草は同じ草に、木は同一の木のように見えた。でもバレンシアが懇切丁寧にひとつひとつを説明してくれたので、すぐに区別がつくようになった。
「バレンシア、すごく詳しくですね」
「ははっ、あたしもデイズばあさんにみっちりと仕込まれたからねぇ」
妖魔の森はとても豊かだった。
魔法の材料となる素材が豊富に存在していた。
エリスは緑あふれるこの森に、不思議と居心地のよさを感じていた。
「こうやって見ると、いろいろな材料があるんですね」
「そうだね。実はさ、この奥にヤバいのがあるんだ」
「ヤバいの、ですか?」
「悪魔薬ってヤバいクスリがあるんだけど、その材料になる悪魔草って草が、この森の奥に群生してるんだよ」
バレンシアの説明によると、悪魔薬とは、使用すれば騎士団に逮捕されてしまうような危険な代物らしい。エリスは思わず身震いしてしまう。
「それでね、もっとヤバいのが──そこには悪魔草を主食にしてる魔獣が住み着いてるんだ」
「その魔獣って、どんな相手なんですか?」
「──『草食竜』だよ」
「げっ」
エリスが驚くのも無理はない。『草食竜』といえば、バレンシアの父親の武勇伝にも出てきた『翼竜』にも匹敵する強大な魔獣であった。
「まぁ、奥まで行かなきゃ大丈夫だよ。……奥まで行かなければね」
「大丈夫です! 頼まれたって行きません!」
子供を諭すかのようなバレンシアの言葉に、即座で返事をするエリスであった。
◇
二人が雑談をしている間にもティーナの原料採取作業は順調に進み、しばらくすると三人のリュックは採取したアクエリス草でいっぱいになった。
「あぁー、疲れた!」
声を上げて草原に寝そべるティーナを、バレンシアがえらいえらいと頭をなでてご機嫌を取る。
エリスも見習って肩を揉んでみると、ティーナは無言で目を瞑った。どうやら満更でもなさそうである。
「それじゃあ、いい時間だしそろそろ帰ろっか──ん?」
最初に──異変に気付いたのはバレンシアだった。
視界の隅に何かを捉える。
次の瞬間、腰の鉄剣を引き抜くと同時に、重心を低くしていつでも動ける体制を取った。
バレンシアの異変にすぐに気付いたティーナも、胸元からネックレスにしている「エンバスの紅玉指輪」を取り出す。
二人の只ならぬ様子を察したエリスが、あわてて辺りを見回した。
エリスの目が、草原の彼方からこちらに向かって走ってくるものの姿を初めて捉えた。
「なに? あれ……」
ウサギやリス、鹿や熊といった大量の野生動物たちが、種類を問わず群れをなして森から飛び出してくる。
まるでひとつの生き物の集団のように。
草食、肉食の差を問わず公平に。
「あいつら……逃げてるのか?」
「森の向こうに──なにかがいる」
ティーナが逃げまどう動物たちの後方を指し示す。
たくさんの動物達が、なにかに怯えながら三人の横を走り抜けていった。
これほどの動物たちを怯えさせる存在とは、一体何なのか。想像するだけで身の毛がよだつのをエリスは感じた。
「みんな、いつでも逃げれる姿勢を取って!」
激しい木々の打ち倒される音と、地響きのような足音が、森の奥から響き渡る。
エリスは、自分の心臓が激しく鼓動するのを感じていた。
緊張で、喉がカラカラになる。
「来るっ!」
バレンシアが警戒の声を上げた。
森の動物達を恐怖のどん底に陥れたものの正体が──三人の目の前に姿を現す。
全長は──いったいどれくらいあるであろうか。
軽く『魔法屋』に匹敵するほどの巨体は、緑色の固そうな皮膚で覆われいる。
細長い首の先には、赤く血走った眼と角の生えた頭がついていた。
まるで地を走る巨大なトカゲのような姿は壮観で、軽く前足で踏みつけるだけで木々は大きな音を立てて折れていった。
「グ、『草食竜』!?なんでこんなところにっ!」
バレンシアが、腹の底から絞り出すような声で呟いた。




