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20.ライバル店

ここから第四章となります!

 

 エリスが正式にアルバイトとして雇われてから、およそ二週間ほどの時が流れた。


 魔法薬(ポーション)の店頭販売イベントのおかげで、魔法屋アンティークには以前よりも少しだけ客が来るようになった。

 ところがせっかくエリスが考案して実施した魔法薬(ポーション)キャンペーンも、大手の宝具屋などにあっというまに真似されてしまい、結果的には魔法屋アンティークへの来客もほぼ元の水準へと戻ってしまっていた。

 バレンシアなどは他の宝具屋の対応に少し怒っていたものの、当のエリスはたいして気にしていなかった。

 そんなささいなことよりも──もっと大事なことがあると、今なら思えたから。


 今日もエリスは魔法屋アンティークで元気に働いていた。

 いつものように──ティーナにもらった髪留めと青いリボンで髪をとりまとめ、ラピュラスの魔鍵を首から下げて。



 ◇



 パタパタ。

 エリスがハタキで棚の商品のホコリを落とすと、薄汚れていた商品がかろうじて売り物に見えるようになっていく。


「一体何に使うんだろう、この変な道具たちは……」


 店に並ぶ魔道具を眺めながら、エリスは改めてこの店に置いてあるものは本当にわけがわからないものばっかりだと思った。


 たとえば彼女の目の前にある大きな装置。

 これは、人の血液を検査する『魔導顕微鏡』と呼ばれる魔道具で、事前に登録されている病気であれば検査結果と合致した場合に教えてくれるというすぐれものだ。

 ちなみにお値段はなんと1200万エル。魔法屋アンティークに置かれているものの中で最高値の商品だ。

 あまりにも高すぎるので、これまで一度も売れたことがない。

 そもそもこんなマニアックで高い魔道具をいったい誰が買うというのか。


 そのとなりに置いてある、いかにも怪しげな像。

 まるで邪神を崇拝するために祭壇に祀られていたもののように禍々しく見えるこの像が、なんと──ただの観光客向けのおみやげで、ひとつ5800エル。

 なぜ超高級品の横に観光みやげが置いてあるのか。魔法屋アンティークの店内は、知れば知るほど無秩序かつ無造作にものが置かれているような状態であった。

 まだまだ彼女の仕事は多そうである。


 ふと、壁にかかっている奇妙な仮面が視界に入る。

 思わず手に取ってみると、鬼のような怖い顔が描かれている。


「ねぇティーナ。この壁に飾ってある仮面って魔導具なのかな? もしかして呪いの仮面とかじゃ ……って、ティーナ?」


 ところが何度呼んでもティーナからの返事はない。

 仮面の正体が気になったエリスは、恐る恐る仮面を装着してみると──。


「……あのぉー、すいません」

「きゃあ!」


 突然声をかけられたエリスがびっくりして振り返ると、見たことのない男性が立っていた。

 相手は四十歳くらいだろうか。どうやらただのお客様のようだ。


「……あ、すいません。お客様でしたか」


 エリスは慌てて頭を下げたものの、客らしき男性は引きつったような表情を浮かべてエリスから距離を取ろうとする。


「あの……どうかしました?」

「いやぁ、そ、その仮面は……」

「あっ!」


 しまった、仮面をつけっぱなしだった。

 エリスは真っ赤になりながら慌てて仮面を外す。


 ちなみにこの仮面、あとでティーナに聞いたところ、ただの観光客向けのお土産でひとつ4200エルとのこと。

 エリスが魔導具の区別がつくようになるには、まだまだ時間がかかりそうである。



 ◇



「私、ダマダ宝具屋イスパーン支店の店長をしておりますイアン・パストと申します」

「ボクが魔法屋アンティークの店主、ティーナ・カリスマティックだ」


 先ほどやってきた男性は、客ではなくライバル店である『ダマダ宝具屋』の店長イアン・パストであった。

 彼は店主であるティーナに用があったようで、いつものように仮面をしたままのティーナと店の奥で向き合っている。


「ご存知かと思いますが、ダマダ宝具屋はブリガディア王国内に展開している巨大チェーン店です」


 エリスはアンティークで働き始めて知ったのだが、イスパーンの街において魔法屋は大きく4つの勢力に分かれるのだそうだ。

 まず第一に挙げられるのが、今日来ている『ダマダ宝具屋』。

 次に名前が挙がるのが『イスパーン商会』。

 日用品を主に扱う地域密着型の商会で、会長のニエル・フォア氏は財界だけでなく貴族社会からも一目置かれるような存在であった。

 三つ目は、魔法屋「プラチナムアイテム」。

 プラチナム子爵が経営する宝具屋で、主に上流階級に対して強いパイプを持つ店だ。

 そして最後が──我らがアンティークを含む個人経営の魔法屋だ。


「さて、そんな業界最大手のダマダ宝具屋が、いったいうちに何の用なんだい?」

「ご存知のとおり、私どもは業界最大手でございます。地域で最大の店になる、それがウチのモットーなのです」

「はいはい、それで?」

「うぐぐ、そ、それでですなぁ。あなたがたは先日面白いキャンペーンを打って、なかなか評判だったようじゃないですか。それを聞いて、今回はスカウトに来たわけなのですよ」


 その後、パストはダマダ宝具屋に来たらどんなに素晴らしいかをとくとくと話し出した。

 要約すると、どうやら「ちょっと高待遇してやるからうちで働かないか、もしくは売上げの一部を納めるならチェーン店にしてやってもいいぞ」ということらしい。

 しばらくは大人しく聞いていたティーナだったが、やがてしびれを切らしたのか──強引に話を打ち切る。


「話はわかった。もういいよ、興味ないからさっさと帰って。エリス、お客さんのお帰りだよ」


 さすがにムッときたらしいパスト氏は「後悔しても知りませんからね!」と捨てゼリフを残して、そのまま席を立ってしまった。


(ティーナってば、断るにせよあんなに邪険にしなくても良いのに……余計な敵を作る必要なんて無いんだからね)


 そう考えたエリスは、慌ててパストの後を追う。


「すいません、うちの店主が非礼をいたしまして……」


 店の出口近くでパスト氏を捕まえたエリスは、店主ティーナに代わってひたすら頭を下げた。

 謝られたことに気を良くしたのか、エリスの態度に機嫌をなおしたパストは、調子に乗ってこんなことを言い出した。


「そうだお嬢さん。きみ、うちで働きませんか? 給料は、そうですねぇ、今ならなんと倍の給料を出しますよ?」

(……なんなんだ、この人は)


 さすがにカチンときたエリスは、手に持ったままだった例の鬼の仮面をかぶるとパストに言い放つ。


「ご来店、ありがとうございましたぁ。もう来ないでくださいねぇー!」


 パストはカンカンになって、そのまま帰ってしまった。

 後ろではティーナがあっはっはっと大笑いしている。


 ……ちょっとやりすぎちゃったかな?

 少しだけ反省したエリスであった。



 ◇


「へぇー、まーたダマダ宝具屋が来たんだ」


 午後にアンティークに顔を出したバレンシアが、二人の話を聞いてあきれ声を上げる。


「またってことは、これまで何度か来たことがあるんですか?」

「そうねぇ。あたしが知る限りでは、デイズばあさんに一度撃退されて、ティーナがひとりになったあとに一度断られてて……だから今回で三回目かな?」

「へぇ……あ、もしかして他にも来てます?」

「もちろん。ダマダ法具店にイスパーン商会、そしてプラチナムアイテム──いわゆる『御三家』は全部来たよ。もっともあいつがことごとく断ってるけどね」


 バレンシアの意味ありげな視線を受けるティーナは、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべている。


「ティーナ、もしかしてなにかあったのですか?」

「ぶっ」


 堪えきれずに吹き出すバレンシアを睨みつけながら、ティーナがしぶしぶといった感じで理由を語り始めた。


「あぁ、『御三家』のうちのひとつにひどくしつこいのがいたんだよ。あーなんかイヤなことを思い出した。くそっ、あのアホ貴族め!」


 ティーナにこれだけ嫌われている「アホ貴族」。その名をマイネール・グスタフ・プラチナムという。

 彼はイスパーンにある宝具屋御三家のひとつ、『プラチナムアイテム』のオーナーであるプラチナム子爵家の長男なのだという。


 ティーナの話によると、マイネールは金持ちを思いっきり前面に出すいけすかない人物で、以前アンティークの買収を口実に、あの手この手を使ってティーナに言いよって来たらしい。

 度重なるアプローチはすべてティーナにないがしろにされ、しびれを切らして強引に迫ろうとして返り討ちにあい、用心棒を連れてきて脅そうとしたらバレンシアにこてんぱんにされて、ようやく来なくなったのだという。

 話を聞いているだけで、エリスはうんざりしてしまう。


「それは災難でしたね……でもよかったんですか? ダマダ宝具店って大きなチェーン店なのですよね。それだったら多少ガマンしてでも傘下に入るという手もあったんじゃあ」

「あぁエリス、だったら一度ダマダ宝具店行ってみるといいよ。そしたら理由が分かるから」


 バレンシアが意味ありげに含み笑いをしながら答えてくれた。


 後日、近所にあるダマダ宝具店に足を踏み入れたエリスは、バレンシアの言葉の意味を知ることになる。


「いらっしゃいませぇー!」

『いらっしゃいませぇー!!』

「ありがとうごさいましたぁ!」

『ありがとうごさいましたぁ!!』


 店内のいたるところで聞こえる大きなあいさつ。

 どこかで一人があいさつすると、他の皆がいっせいに声までそろえて追従している。

 おまけに店員全員がキビキビした動きで店内を走り回っている。


 あぁ、これはティーナには無理だな。

 一瞬にしてすべてを理解したエリスであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あっ、ティーナさん確かに無理そうですね。
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