19.結果発表
ようやく目を覚ましたエリスは、最初自分がどこにいるのかわからなかった。
やがて自分がベッドに横になってることに気付く。
(あれれ? 私、寝てるの? どうして? たしかお店を閉店させたあと、紅茶を淹れようとしてたんだけど……)
「エリス、大丈夫?」
エリスが記憶を取り戻そうとしていると、そばにいたバレンシアが心配そうに声をかけてきた。
バレンシアの態度に異変を感じ取ったエリスは、すぐに思い至り──勢いよくベッドから飛び起きる。
「もしかして私、倒れちゃったんですか?」
「そうだよ。体調はどう?」
「えーっと……別に特にどこもおかしくないです」
今までのパターンであれば、このまま高熱&寝たきりコースなのだが、なぜか今日はさほど体調が悪くない。
むしろ普段より快調な気さえする。
「もしかしたら私、寝不足で疲れが溜まってたのかもしれません。一眠りしたらなんだかずいぶんスッキリしました」
「本当に? 無理してない?」
「ええ、本当に快調なんです」
「それならよかった。急に倒れちゃったから心配したんだよ?」
「そうでしたかか……ごめんなさいバレンシア、心配をかけてしまって」
自分の体調管理不足で迷惑をかけたことを素直に詫びたエリスであったが、バレンシアは手をひらひらとさせて気にするなと伝える。
「おはよう、気持ちよさそうに眠ってたね」
少し笑いながらティーナに皮肉っぽく言われて、エリスはつい顔を赤くしてしまう。
「あの……私……」
「今日はお疲れ様。目が覚めたならそろそろ帰らないとまずいかもね。もう日も落ちてるし」
「あ、はい。そうですね……」
「それで、明日なんだけど──今日と同じくらいの時間に来てもらえるかな。また朝に紅茶が飲みたいから」
「えっ?」
あまりにも自然に──流れるようにティーナが口にした言葉に、エリスは思わず自分の耳を疑う。
ティーナは今、なんと言ったのか?
聞き間違いでないとするならば──。
「ティーナ、それじゃあ私の試験は──」
「あぁ、試験なら合格だよ。明日からガンガン働いてもらうからね」
あっけらかんと言い放つティーナに、エリスは信じられない気持ちでいっぱいだった。
うそでしょう? こんなに迷惑をかけた私を雇ってくれるの?
エリスの胸の奥から、なにか熱いものがこみ上げてくる。
「そんな……だって私、ぜんぜん役に立てなかったのに。それに病弱で、今日だって突然倒れて迷惑をかけたりして……」
そもそもアルバイトの件については自分から断るつもりだった。
これ以上自分のワガママで迷惑をかけるわけにはいかないと思っていたからだ。
畏まるエリスに対して、ティーナは優しく微笑みかける。絶世の美少女による極上の──春の木漏れ日のように煌めき輝く笑顔だった。
「そんなの関係ないさ。キミはじゅうぶん良くやってくれたからね」
エリスは知らない。
ティーナが本当の微笑みを向けるのは、本当に限られた人だけであるということを。
「そんなわけで、明日からまたよろしくね」
「え、あ、はいっ!」
慌てて返事を返したものの、エリスはまだ驚きを隠せずにいた。
本音を言えばずっと魔法屋に居たいと思っていた。
アンティークで働き始めてから、つまらなかった灰色の日常が極彩色の景色に変わった。
その景色の中心には──彼女の姿があった。
だから「明日からも来て欲しい」と言われた瞬間、本当に嬉しかった。
まだ彼女のそばにいることができる。
あの、輝くように美しい笑顔を、これからも見ることができる。
なにより、これからも彼女の力になることができる。
三人で笑った時間。
過ごした場所。
この魔法屋アンティークという空間。
それらはエリスにとって、いつのまにか何事にも変えられない大切な存在となっていた。
気がつくとエリスは涙を流していた。
ただそれは、昨日流した涙とはまったく異質なものだった。
「私……精一杯がんばります! だから──これからもよろしくおねがいしますっ!」
「ハイハイ、がんばってね。それとこれ、がんばってくれたエリスへのご褒美。明日から働くときにはこれを着けてね」
ティーナはエリスに髪留めと青色のリボンを手渡す。
バレンシアは気づいていたが、先ほどティーナが部屋の奥から取り出してきた魔道具だった。
「これを私に? ありがとうございます!」
エリスはうれしそうに髪留めを自分の髪につけた。
小さな星の形をしたそれは、エリスの髪に見事に収まった。
青色のリボンは、髪をひとくくりにして結んだ。
青い色は、エリスの印象にぴったりだった。
「バレンシア、本当にありがとう。あなたの協力がなかったら、私こんなに頑張れたか分からない」
「え? あ、うん! 良かったね!」
ティーナがエリスに『魔道具』を何の説明も無く渡したことに、バレンシアは不可解な気持ちを抱いていたものの──嬉しそうに話しかけてくるエリスを前にして、一時的に疑問を彼方に追いやると、改めて祝福したのだった。
「ここをこう通して……。よし、できた! エリス、あとこれも渡しておくよ」
「え? うわあっ!?」
突然ティーナがエリスに向かってなにかを投げてよこす。
エリスが慌てて掴んでみると、なんとそれは──チェーンに通してネックレス状態になった『ラピュラスの魔鍵』であった。
「ティーナ、これは……」
「アルバイト証書代わりだよ。とりあえずこれはキミに預けるね。預けてるんだから絶対に失くさないように!」
エリスの顔に、可憐に咲き誇る花のような笑顔がぱああっと弾けた。
エリスはティーナに礼を言って『鍵』を自らの首に下げると、明日からの日々を思って元気いっぱいで帰宅の途についたのだった。
自分の運命を変える力があると信じ、心の底から欲した『鍵』。
それがいま自分の胸にある。
エリスにとって、この鍵はもはや単なる鍵ではなかった。
ティーナとバレンシアという素敵な存在と巡り合わせてくれた、大事な「魔法の鍵」となった存在なのだから。
◇◇◇
エリスが慌てて帰宅したあとの魔法屋アンティークでは──。
バレンシアがティーナに向かって、この日何度目かの質問を投げかけていた。
「ティーナ。あんた本当はエリスのアルバイトを断る気だったでしょ?」
ティーナは否定しない。
言わなくてもわかるくらい、二人の付き合いは長かったから。
「それじゃ、なんで急に心変わりしたのさ?」
バレンシアの質問に、 ティーナは楽しそうに口を開いた。
「エリスに興味が湧いた、そういうことだよ」
「そんな説明じゃぜんっぜんわかんないわ」
「ふふふ、そっか。まあいいじゃないか、それはそれで、さ」
「……でもさ、それじゃああんたの本当の姿もエリスに見せるってことになるの?」
急に真剣な顔になったバレンシアの質問に、ティーナは表情を隠すように後ろを向く。
「そうだね……場合によってはそういうことになるかもしれないね」
「あんた、それでもいいの?」
「結果、エリスがどう考えるのかはボクには分からない。だけど──もしかしたらエリスにとって、必要なことになるかもしれないからさ」
今回もティーナが言っていることがわからなかったが、バレンシアはそれ以上尋ねないことにした。
どうせ仮説は言わないとか屁理屈をこねるだけだし、ティーナが一度言わないと決めたことは誰がなんと言おうと決して口を割らないことを、長い付き合いで知っていたからだ。
そのうち、時が来れば語ってくれる日も来るだろう。
バレンシアが窓の外を眺めると、空には大きな月が浮かんで、街をやさしく照らしていた。




