17(後編).挫折の先にあるもの
「おーい、ティーナ! 早くおいでよ!」
「はいはい、今行くよ……」
興奮した声のバレンシアに何度も呼ばれ、重い腰をあげてようやく店外に顔を出したティーナ。
彼女の目に飛び込んできたのは──魔法屋アンティーク前の露店にできた、たくさんの人たちの行列であった。
「なに……? これはどういうこと?」
「見たらわかるでしょ!? 客だよ! 客が来たんだよ!」
バレンシアが興奮気味に声を上げながら、今度は横に立つエリスの肩をバシバシと叩く。
「エリス、あんたのチラシの効果だよ!」
「そんな……私が?」
バレンシアの言葉に、エリスはようやく事情が飲み込めてきた。
どうやらこの行列の正体は、「清涼水」を買うために集まった人たちの列だったのだ。
呆然とするエリスの腕を、バレンシアがぐいっと引き寄せた。
「さぁ! こんなところでぼやぼやしてる暇はないわ、さっさと行くよ!」
「え? あ、はいっ!」
バレンシアが露店に向かって駆け出していき、エリスが笑顔を爆発させてながら続いていく。
ティーナはそんな二人の姿を眺めながら、氷のように冷たいと評される目を細める。
「まさかこうなるとはね。たいしたもんだよ……」
「ちょっとティーナ! あんたぼーっとしてないで、早くこっち来て手伝いなさいよっ!」
「はいはい、今行くよ!」
ティーナは嫌そうに返事を返すと、渋々と──だけど軽快な足取りで、露天の売り場へと向かったのだった。
◇
結局この日は、驚くべきことに三十人もの客が訪れた。
やはり一般の人々に、魔法薬という存在は浸透しきれていなかったらしい。
ものめずらしさに加え、手頃な価格帯だったということもあって、ようやくこの日になって一気に客足が向いてきたのだ。
迎えた、エリスの試験期間最終日。
天気が回復したことに加え、昨日までに来た客がリピーターとして魔法屋アンティークにやってきた結果、爆発的な売上を記録することとなる。
結局この日、前日まで作り溜めしていた『清涼水』をすべて売り切ってしまった。
それどころか、店の中にあるほかの商品まで相乗効果で売れる始末。
見事『魔法屋 アンティーク』の一日の売上額の最高記録を更新したのであった。
ちなみに、エリスのチラシを持ってきた客は全部で三十二人。
目標の十人はクリアーしたのでエリスは大満足だ。
……もっとも、当初は一日十人を目標としていたことを当のエリスも忘れていたのだが。
エリスにとって驚くべきこともあった。
チラシを持ってきた客のうちの一人──いや三人が、チラシ配りのときに邪魔してきた例の若者三人組だったのである。
最初三人が現れたとき、エリスは驚くとともに少し怯えた表情を見せたものの、「あぁ、その、このまえはゴメン……」と素直に謝ってきたのですぐに笑って許した。
エリスの笑顔に思わず照れて顔を赤くした三人が、照れ隠しに魔法薬を一気飲みするのを見て、エリスは本当に頑張ってよかったなと心から思ったのだった。
◇
最後の客を捌ききって露天の片付けをが終わったとき、三人にはもはやほとんど元気が残っていなかった。
店内に戻るなり、ティーナは両手両足を投げ出してベッドに倒れこむ。
体力自慢のバレンシアでさえ、さすがに今日は疲れ果てたようで椅子にぐったりと座りこんでいた。
「あぁ疲れた……軽く1年分は働いた気分だよ」
「本当ね。これだけの客さばいたの、あたしだって久しぶりだよ」
そんな中、エリスは二人のために台所で紅茶を淹れる準備をしていた。
カチャカチャと紅茶の準備する音が、店の奥から聞こえてくる。
「あの子が一番疲れてるだろうに、がんばるねぇ」
優しい表情を浮かべながら呟いたバレンシアが、一転ティーナをキッと睨みつける。
「ちょっとティーナ、あんたわかってるでしょうね?」
「……なにが?」
「なにがって、とぼけなさんなよ! エリスのアルバイトの件だよ。あの子がこれだけがんばったんだからさぁ、どんな答えを出すにしろ、ちゃんと誠意を見せなさいよ?」
「……」
ティーナは下を向いたまま、しばらく黙り込んでいた。
やがて、意を決したように顔を上げる。
「なぁバレンシア、ボクは──」
ティーナが重い口を開き、バレンシアに何かを伝えようとした、そのとき。
ガチャーーン!!
何かが割れるような音が、二人の耳に襲いかかってくる。
「なにっ!?」
「台所のほうだ、行こう」
あわてて台所に向かう二人の目に飛び込んでにたのは、床に落ちて割れて無残に散乱したコップやティーポットたち。
たくさん散らかった陶器の破片の中心に──エリスが倒れていた。
「「エリス!」」
二人の悲鳴が、魔法屋アンティークの店内に響き渡った。




