17(前編).エリスの告白
──パチ……パチパチ。
音を立てて暖炉の薪が燃えている。
場所は魔法屋の居間。
暖炉の前には、タオルをかぶりながら熱いお茶を飲むティーナとエリスの姿があった。
二人は暖炉に当たりながら、雨で冷えた体を乾かしていた。
そんなふたりの姿を、あきれたような──それでいてうれしそうな表情で見つめるバレンシア。
チラシ配りの最中にティーナに抱きしめられたエリスは、降り続く雨はどしゃぶりになってきても泣きやむことはなかった。
ティーナはそんなエリスを抱えるようにして、なんとかお店まで連れ帰ってきた。
戻ってきてからもしばらく泣き続けているエリスをふたりでなだめ、ようやく落ち着いてきたところだ。
あたたかいお茶を飲んですこし人心地着くと、エリスはゆっくりと自分のことを語り始めた。
「……私、ずっと病弱だったんです」
エリスは生まれたときから体が弱かった。
元気になったかと思えば、すぐに高熱を出して寝込んでしまうのを繰り返す毎日だった。
原因も不明で、十歳まで生きれないかもしれないと医者に言われていたくらいだ。
彼女の両親も手を尽くしたものの、現時点まで完治することはなかった。
ここ一~二年ほど状態は安定していたものの、以前は二~三ヵ月に一回は寝込んでた。しかも、一度寝込むとひどいときには一ヵ月以上身動きが出来なかった。
「それで、学校にも行けなくて……同年代の友達も居なくて」
学校に行けない分は、両親が家庭教師をつけて教えてくれた。
体調が良いときには、家事などを手伝ったりもした。
だけどエリスは、不思議とそんな日々を寂しいとは思わなかった。
負け惜しみではない、だけどエリスは今なら分かる気がする。
自分は、生きることで精一杯だったのだ。
ただ、よけいなことを考えるだけの余裕がなかっただけなのだ。
そして、なにかを一生懸命やるということの意味を知らなかったのだ、と。
「そんなとき、偶然アンティークに立ち寄って──あの鍵に出会ったんです」
ティーナとバレンシアは黙って話を聞いている。
それがうれしくて、決壊したダムのように──エリスは心の中に溜め込んでいたものを吐き出していく。
「私、自分の力でこれまでなにもしてきたことがなかったんです。誰かの役に立ってるって事も、誰かを喜ばせることも……だから──」
あの鍵だけは、どうしても自分の力で手に入れたかった。
自分でなにもなしえたことがなかったからこそ、自分の力で稼げたと思える分からアルバイト代をもらおうと思った。
「でも、私って口だけで……。本当はわかっていたんです、気持ちだけじゃどうにもならないってことを」
「そんなことないよ?」
バレンシアがやさしく諭してくれたものの、エリスは微笑みながら首を横に振る。
「ありがとうございます。でも、今回の件で私はちゃんと現実を知ることが出来ました。自分が甘いってことも、よーく理解できました」
世間の人たちはみな、生きるために必死に働いている。
ティーナだって、バレンシアだってそうだ。
そんな……一生懸命生きている人たちを、自分のわがままに巻き込んで良い理由などない。
改めてエリスは二人に頭を下げた。
「本当にごめんなさい。私、ふたりのやさしさに甘えていたんです。だから私……」
これだけ迷惑をかけたのだ。
これ以上アンティークで働くわけにはいかない。
泣くだけ泣いて、エリスの心はすっきりしていた。
自然と答えは出ていた。
でも本当は、心残りだった。
もっとふたりといろいろな話がしたかった。
あの不思議な外観のお店で一緒に働きたかった。
だけど、これ以上彼女たちに迷惑をかけられない。
エリスが決意を込めて次の言葉を口にしようとした、そのとき。
「あのー、すいませーん」
男性の声が、入り口の方から聞こえてきた。
「はーい、どうしました?」
声につられてバレンシアとエリスがお店のほうに顔を出してみると、店の入り口に一人の男性が立っていた。
彼の手には、なにやら一枚の紙切れが握り締められている。
「あのー。このチラシ見て、雨が止んだからちょっと買いに来たんだけど……」
彼の言葉に、エリスとバレンシアは思わず互いの顔を見合わせた。おそるおそる男性に問いかける。
「えーっと、もしかしてそのチラシを見て来ていただいたのですか?」
「え? はい、そうですけど」
エリスの顔が、ぱぁあぁっと喜びに満ちた。
だが男性は、歓喜するエリスたちに対して更なる驚きを投げかける。
「あと、外になんか行列できてますよ?」
「「ええっ!?」」
予想外の言葉に、エリスとバレンシアは驚きの声を同時に上げてしまった。




