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15.作戦難航

「……このままじゃダメだなぁ」


 湯船に浸かりながら、今日もエリスは一人反省会をする。

 作戦自体は悪くないように思えた。

 だが問題は──エリス自身にあった。

 なにしろ自分が配るチラシを、まったく受け取ってもらえなかったのだから。


「あーあ、どうしてだろうなぁ……」


 湯船の中に半分顔を沈めながら、エリスは頭の中で何度もチラシを渡すシミュレーションをする。


(大事なことは、恥やプライドを捨てること! 明日は絶対にお客様を呼んでみせる!)


 心の奥が、少しだけチリリと痛む。

 だがエリスは、その痛みをあえて無視して無理矢理封じ込める。


 翌日。

 エリスは目の下にクマを作りながらも、さらに三十枚のチラシを作ってきた。

 ティーナたちへの挨拶も早々に、すぐにチラシ配りに出かけて行く。


「こんにちわ! 魔法屋(アンティーク)のキャンペーンです!」


 前日のお風呂シミュレーションどおり笑顔と元気いっぱいに配ってみると、思いがけず一人の男性が受け取ってくれる。


「あ、ありがとうございます!」


 だが好調は長続きしない。

 再び受け取り拒否の連発に見舞われるエリス。

 がんばって声を大きくしてみたものの、近くを歩く人に思いっきり引かれてしまった。

 胸の奥が、すこしチクリと痛む。


 折れかけた心を取り戻そうと、エリスは一度アンティークに戻ることにした。

 アンティーク前の売り場では、バレンシアが客と楽しそうに談笑していた。どうやら相手は愚者の夢亭の常連客のようだ。


「じゃあ一つ貰っていこうかな」

「毎度ありー、500エルだよ!」

(す、すごい。あんなに簡単に売るなんて、さすが本職! 私も負けてはいられない!)


 エリスは気合を入れ直すと、バレンシアに声をかけることなくチラシ配りを再開した。


 午後になると、愚者の夢亭(おみせ)の手伝いがあるバレンシアが自宅に戻っていった。

 エリスは仕方なくティーナに店番をお願いすると、再びチラシを配りに出かける。場所を変えて、今度は輝き地区の大通りに出てみることにした。

 輝き地区は、街一番の繁華街だけあって通行人が多い。エリスは勇気を振り絞ってチラシを配り始めた。

 人が多くて恥ずかしいものの、ここであれば受け取ってくれる人もいるはずだ。


「こんにちわ、魔法屋アンティークの魔法薬ポーションキャンペーンでーす!」

「ちょっとちょっと! そこのおねーちゃん、こんなところでなにしてるの!」

「えっ!? あっ、す、すいません……」


 近くの露店から飛び出してきたおじさんに、すぐに怒られてしまった。

 なんでも輝き地区の大通りではいろいろと規制があるらしく、チラシ配りは禁止されているとのこと。

 こってりと怒られたエリスは、沈んだ気持ちを抱えたまま裏通りへと引き返していった。

 また──胸の奥がチクチクと痛んだ。


「はぁ……どうしよう。ぜんぜんうまくいかない」


 裏通りをひとり歩きながら、エリスは心の中でため息をついた。

 チラシを受け取ってもらえるだけ昨日よりはマシではあったものの、あいかわらず道行く人の反応は芳しくない。 

 徐々に暗い感情がエリスの心を侵食していく。

 マイナス思考を必死に振り払おうと、次の作戦を考えながら歩いているうちに──エリスはドンッと、前から歩いてきた人と肩がぶつかってしまう。


「あ、ごめんなさい」


 すぐに頭を下げて謝るエリス。しかし相手からの返事はない。

 ……どうしたんだろうか。不思議に思いながらも恐る恐る顔をあげてみると──派手な格好をした三人の若者が、エリスのことを興味深そうに眺めていた。



 ◇◇◇



 後ろ髪引かれる思いで仕方なく愚者の夢亭に戻ったバレンシアであったが、仕事をしながらも魔法屋アンティークのことが気になっていた。


「エリス、大丈夫かなぁ……」


 別のことを考えながらも、慣れた手つきで大きな包丁を操り食材を切り刻んでいく。

 とんとんとんとん。リズミカルに野菜を切る音が厨房内にこだまする。


「おーい、バレンシア。すまんが肉が足りんから、ちょっと買ってきてくれんか」

「はいはーい、わかったー! ちょっと買ってくるね」


 父親のスラーフから声をかけられ野菜を刻む作業を中断すると、バレンシアは足が不自由な父親に代わって買出しに出かける。


「そういえば、ふたりとも大丈夫かな……?」


 肉を買った帰り道、バレンシアはふとティーナとエリスのことが心配になった。

 思い出してしまったら気になるもの、バレンシアは急遽二人の様子を見に行くことにした。


 魔法屋アンティークへ向かう道の途中、バレンシアは奇妙な場面に遭遇する。

 三人の若い男たちが一人の少女を取り囲んでいるところだった。

 しかも彼らが囲っている少女は──なんとエリスであった。


 ◇


「お嬢ちゃん、ちょっと俺らに付き合ってくれるだけでいいんだからさぁ?」

「えっと、ごめんなさい、私はいま仕事中で……」


 エリスが対峙している相手は、どうやらあまり素行のよくない者たちのようだった。三人組は嫌がるエリスを無理やり遊びに連れて行こうとしている。

 まずいことになってしまった。

 この場をどう対処するか必死で考えようとしたものの、上手く頭が回らない。


「仕事なんてどうでもいいじゃんか、いっしょに遊ぼうぜぇ」

「そうそう、そんなチラシなんて捨ててさっ! ほら!」


 一番背の高い男が、エリスからチラシを取り上げて宙に放り投げた。

 手作りのチラシが、まるで花吹雪のように空中に舞い散る。


「あっ!」


 エリスは思わず声を上げた。


(人が必死に作ったチラシになんてことを! でも気にしたらダメだ……まともに相手しちゃいけない……)


 エリスは歯をくいしばると、悔しさを隠したまま男たちを無視してチラシを拾おうとする。

 だが今度は、チラシを拾う手を別の男に掴まれた。


「ちょ、ちょっと……」

「いいじゃんか、こんな紙切れなんかほっとけよ」

「へぇえ、魔法屋だぁ? どうせこんな店すぐ潰れるって」

(言ってはいけないことを……それ、しゃれになりませんから。いやいやそうじゃない、なにも知らないくせに勝手なことを!)


 エリスがさすがに何かを言い返そうとした、そのとき。


「ちょっと、あんたたち。いい加減にしときな」


 エリスのすぐ横から聞き覚えのある声がしたかと思うと、ふいに掴まれていた手が軽くなった。

 驚いて視線を横に向けると、そこには──男の右手をひねりあげるバレンシアの姿があった。


「あ、バレンシア」

「あんたたち、あたしの知り合いに何か用?」


  毅然としたバレンシアの態度に、最初はおふざけの色が濃かった三人組の顔色がみるみるうちに真剣なものに変わっていく。


「……なんだぁ? お姉ちゃんよぉ、俺たちゃ忙しいんだけど?」

「今いいところなんだよ、邪魔しようってのか?」


 男たちに一斉に睨まれても、バレンシアは一歩も引かない。

 それどころか、手を掴まれた男の表情が徐々に苦痛の色に染まっていく。

 バレンシアが掴んだ手に力を加えたのだ。男は焦って引き離そうとするも、バレンシアの強烈な握力の前にびくともしない。


「いててっ……このアマァ! 誰だテメェ!」

「あたし? あたしは愚者の夢亭のバレンシア。用があるならうちの店までおいで!」


 バレンシアはそう言い放つと、男の腕を勢いよく突き返した。

 よろめきながらも体制を立て直した男が、痺れる腕を振りながらいきり立つ。


「てめぇ! なにがバレンシアだ! ……って、なんだって?」


 ふいに男の表情が一変した。他の二人もバレンシアの名を聞いて、驚きとともに顔を見合わせている。


「……おい、愚者の夢亭のバレンシアって言えば、あれだよな?」

「そうだ、あの剣狼の娘の……」

「それじゃあれか、以前友達のために大暴れしたっていうあの……」

「たしかあいつ、再起不能になってなかったっけ?」


 三人組は内輪で身を寄せ合うと、なにやら相談し始めた。

 エリスの耳に少しぶっそうな単語が飛び込んできたものの、詳しい内容までは聞こえてこない。

 しばらくすると、三人を代表してバレンシアに突き飛ばされた男が口を開いた。


「き、今日のところはこれくらいにしてやる! 今度からは気をつけて歩くんだぞ!」


 若干怯えた目をしたまま強気に言い放つと、三人組は逃げるようにして何処かへ走っていってしまった。


「ふんっ。たいしたことない奴ら!」


 バレンシアは鼻を鳴らすと、呆然と立ち尽くしていたエリスの元へと笑顔を浮かべて近寄ってきた。

 優しそうなバレンシアの顔を見た瞬間、エリスは急に全身の力が抜けるのを感じてしまう。


「エリス、大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい。大丈夫です」


 気丈に答えたものの、歯が噛み合わない。足がガクガクする。

 今度は震えが止まらなくなって、ついにエリスはその場にへたり込んでしまった。

 だが完全に尻餅をつく前にバレンシアが素早く腕をとって支える。


「ちょっとエリス、本当に大丈夫?」

「あ、ありがとうございます。ちょっとびっくりしちゃって……あ、でも少し落ち着きましたから」


 本当はぜんぜん落ち着いてないものの、エリスは見栄を張って自力で立ち上がる。

 バレンシアに支えられながら深呼吸をすると、ようやく人心地ついた。


「バレンシアは有名人なのですか? なんだかあの三人組、バレンシアの名前を聞いて恐れをなしたみたいですけど」

「あははっ。それはねぇ、あたしがこれまでティーナに近寄ってくるオロカモノを何人も撃退してきたからだよ。そのせいでなんだか有名になっちゃったみたい」

「ええっ!?」

「あの子、昔から美貌で有名だったからさ。近づく悪い虫は多かったんだよ。それでもデイズおばあさんが健在な頃は恐れをなして遠巻きにしていたんだけど──おばあさんが亡くなった後に、一気にティーナに近寄ってきてね」


 もちろん、ティーナは邪な申し出の全てを突っぱねた。だが何人かはしつこく言い寄ってきたのだという。

 それをバレンシアが撃退した。

 だいたいは、二度と近寄る気が沸かなくなるくらいけちょんけちょんにしてきたそうな。

 ……なんという男前な対応なのか。バレンシアの武勇伝にエリスは感服する。


(バレンシアはすごいなぁ。色っぽいし、大人の女性だし、強くてかっこいいし。それに対して自分は……)


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 どこまでも自己嫌悪に陥りそうな思いを慌てて振り切る。


「でも……大人の男性をけちらすなんて、バレンシアはすごく強いんですね」

「ちっちゃいころから親父に剣術から武術に至るまでいろいろ叩き込まれてきたからね。おかげで男が離れていく離れていく……トホホ」


 なんでも以前、気になっていた常連客の男性がいたのだが、ティーナに言い寄ってきてた男たちをけちょんけちょんにしたせいでその男性もバレンシアに敬語を使うようになり、やがて来なくなってしまったのだとか。


「まぁでもおかげで、あたしも店で変な客にちょっかいかけられなくなったんだけどね」


 バレンシアがちょっとしかめっ面したあと、すぐに笑顔を浮かべてウインクした。

 大の男を何人もけちらしたとは思えないほどチャーミングな笑顔に、エリスは思わず見惚れてしまったのだった。



 ◇◇◇



 結局この日も大して客は来なかった。

 午前中に十人ほど来店したが、すべてバレンシアの店の常連客だった。


 そしてこの日も、エリスのチラシを持ってきた客はひとりもいなかった。


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