13.作戦立案
その日の夜──愚者の夢亭のいつものテーブルでは、一心不乱に夕食を食べるティーナに向かって、熱心に語りかけるバレンシアの姿があった。
「それでね、まさかあたしが冒険者になりたいってことを見透かされるとは思わなかったわけよ」
「むぐむぐ」
「……ってティーナ、あんたちゃんとあたしの話を聞いてる?」
「聞いてるよ」
「じゃあさ、あたしの思ってたことを見抜いたエリスはすごい子だと思わない?」
「まぁ……ボク的にはお店の帳簿を見られた挙句、アルバイトの条件出されたほうがたまげたけどね」
「あー、その件ね。うんうん、感心したよ。あの子はよく頭が回る」
「本当に参ったよ。ただの世間知らずのお嬢様だと思ってたけど、なかなかどうして」
「だよね、そう思うよね?」
露骨にエリスを推してくるバレンシアに、ティーナはあえて返事を返さない。
「ねぇティーナ、エリスって良い子だと思わない?」
「バレンシアは人がいいからね、誰でも彼でもホイホイ簡単に信用して大丈夫かと心配になるよ」
「まーたそんなこと言う……ところで──」
エリスの話が一段落してきたところで、急に話のトーンを変えたバレンシアが真剣なまなざしでティーナに小声で語りかける。
「あんたに言われたとおり、いろいろと調べてきたよ」
「……ん、ありがと」
「本当はあたし、こんなことしたくないんだからね」
恨みがましい目で睨むバレンシアに、素直に頭を下げるティーナ。
「わかってる、嫌なことさせてゴメン。ほら、ボクは目立ち過ぎて自力で情報収集ができないからさ」
「それはわかるけど……まぁいいわ。まずは昨日だけど、エリスの帰りをつけてみたよ。間違いなくインディジュナス家の邸宅に帰って行ったわ」
「そっか、偽装の可能性は?」
「家から出てきた母親らしき人と親しげに話してたから、たぶん無いと思う」
無表情のままのティーナ。バレンシアはかまわず話を続ける。
「次は、お店のお客さんに聞いてみたりとか、昼間に少し調べてきた情報ね。エリスの実家であるインディジュナス家だけど、領地を持たない男爵家の貴族さんだね。父親のボルトン氏は現在衛兵隊の分隊長をしているみたい」
「衛兵隊……治安維持の兵隊さんの隊長か。じゃあ前にボクに絡んできたアホ貴族とは接点ないかな?」
「詳しくはわからないけど、ボルトン氏は以前は国王陛下の近衛兵だったみたいだから、かなりしっかりした身持ちの方みたいよ。あのアホ貴族との接点は無いんじゃないかな?」
「近衛兵か……ってことは武力で出世した家系になるのかな。そうするとエリスは魔法使いの家系ではないってことで間違いない?」
「たぶん。そこまでは調べられなかったけどね」
ティーナがひとつ大きく息を吐いた。
氷のように冷たい目をしたままのティーナを、バレンシアは諭すような表情で見つめる。
「ねぇティーナ。あんたの気持ちもわかるけど、エリスは大丈夫なんじゃないかな?」
「そうだといいけどね」
「それに……なんていうか、あんたもそろそろ区切りをつけてもいいんじゃない?」
「……」
バレンシアの意味深な言葉に、ティーナは返事を返さない。
諦めたかのように今度はバレンシアが大きなため息を吐く。
「……まぁいいけどさ。ただ、エリスを泣かすようなことしなさんなよ」
それだけ言うと、バレンシアは頭をぽりぽりとかきながら席を立った。
残されたティーナは手に持っていたフォークとナイフをテーブルに置く。
「……わかってるよ、そんなこと」
ティーナの独り言は、誰の耳に届くこともなく──店の喧騒の中に消えていった。
◇◇◇
一方、家に帰り着いたエリスは、夕食を食べたあとゆっくりとお風呂に浸かっていた。
インディジュナス家のお風呂はそこまで大きくはないものの、同年代と比較しても小柄でやせっぽちなエリスにとっては十分全身が浸かれるほどの広さがあった。
エリスはこのお風呂に入ることをなによりも楽しみにしていた。
特にネコ足のついた可愛らしいバスタブは大のお気に入りだった。
お風呂空間は、エリスにとって大切なリラックスゾーン兼じっくりと考え事をするための特別な空間だった。
(うーん、難しい……)
エリスは全身を湯船に沈めたまま、なにか良い集客方法はないかとずっと考えていた。
かつてエリスが病弱で寝込んでいた頃、彼女のためにと父親のボルトンが商売に関する家庭教師を招聘していた時期があった。
エリスが身につけている帳簿の付け方や読み方なども、その先生に習ったものだ。
(たしか先生は……「商売の基本は自らの強みを知ること」って言ってたかな? でも、あの店の強みってなんだろう……)
ティーナが店主を務める魔法屋アンティークには、特に目立った売りがあるわけではなかった。
目立ってるのはあの独特の外観と、ずば抜けたティーナの美貌くらいである。
だが前者は客を怯えさせることはあれど、引き寄せる効果は期待できない。後者については──もし使えたら最強の武器になることは間違いないのだが、ティーナ本人が頑なに嫌がってるので無理だろう。
何かひとつでも強みが見つかれば、それを生かした商売の方法があるのだが、残念ながらなにも思いつかない。完全に手詰まりだった。
ふとエリスは自分がものすごく喉が渇いていることに気づいた。
どうやら考えに熱中しすぎて長い時間湯船に浸かりすぎたらしい。
(あぁ、いまだったらあの『清涼水』が飲みたいなぁ……)
そのとき、エリスの脳裏にあるアイディアが雷光のように閃いた。
「これだっ!」
エリスは大声を出しながら勢いよく湯船から飛び出した。
ざぶんとお風呂のお湯が一気に波打つものの、そんなの気にも止めない。
そのまま一気にお風呂から飛び出すと、濡れた体をタオルで拭く間も惜しんで自分の部屋へと戻っていったのだった。
◇◇◇
翌日。エリスは遊びに来ていたバレンシアに、昨日閃いたアイディアをぶつけてみることにした。
実際に働いている彼女に、客観的な意見を聞きたかったからだ。
「バレンシア、仕事についての相談があるのですけど……」
「へえー! なになに? 聞いてみたい!」
「昨日ティーナに聞いたのですが、魔法屋は──以前はほとんどがオーダーメードで魔道具を扱う敷居が高い個人商店だったそうなんですよ」
「そうなんだ。でも最近はチェーン店の『法具屋』が多いよね」
「はい。電池の普及や比較的安価で使いやすい魔道具が大量に開発されたおかげで、魔道具が一気に庶民に普及していったからだそうです。でも──」
安価に量産されてしまえば、個人経営の魔法屋が大手のチェーン店などに勝てるわけがない。
気がつくと多くの個人魔法店は淘汰されていた。
「あぁ……そっか」
彼らの行く末は、おのずと決まっていた。
長いものには巻かれてチェーン店化するか、廃業して魔道具の作り手となるか、マニアックなものを扱う個性的な店として生き残るか、である。
このことから、一般的には個人商店の魔法屋イコール一般人とはあまり縁のない「マニアックな店」として認知されていた。
「そこで私はこう思ったのです。マニアックな魔法屋のイメージからの脱却──すなわち一般人に受け入れられることこそが魔法屋アンティークが繁盛するための手段であるのではないか、と」
「なるほどね……たしかにエリスの言うとおりかもね。で、一般に受け入れられる良いアイディアがなにかあるの?」
「はい。『魔法薬』を販売する、というのはどうでしょう?」
「魔法薬を?」
廉価品の普及につれて魔道具は一般的になったものの、魔法薬についてはさほど庶民に広まっていない。
現在のところ魔法薬を欲しがるのは、金持ちの貴族などの限られた人たちだけだ。
エリスは──そこに目をつけた。
「例えば『清涼水』って、一般受けするような気がするんです。でも、普通の人たちにとって魔法薬はすごく敷居が高くて、まず飲もうとは思いません。なにより値段が高くて手が届かないと思うのが普通です」
「まぁそうだね。あたしもティーナと友達やってなかったら魔法薬なんて胡散臭いものを飲もうとは思わなかっただろうし」
「そこで、思い切って一般人向けの『魔法薬販売イベント』を行うんです。例えば──店先で『清涼水』を格安で売ります。興味本位で飲んでくれた人の中に、もしかしたら店内に足を運んでくれる人がいるかもしれませんよね? そうすることで、『魔法屋』がより身近なお店であるって知ってもらえるかなって思ったんです」
「……なるほど、それは良い考えかもしれないね」
しばらくエリスのアイディアを頭の中で検討したあと、バレンシアは指を鳴らして大きく頷いた。
「確か『清涼水』はそんなに原価も高くなかったと思うしね。うん! それ、いけるかもしれないよ。よーし、さっそくティーナと相談しよう!」
どうやらバレンシアはエリスのアイディアに完全に食いついたようだ。エリスは思わずニヤっとしてしまう。
「……どうしたのエリス? わるーい顔して」
「いえいえ! なんでもないです! というか、わるーい顔って……」
「あはは、冗談よ。それじゃティーナに話に行こうか!」
二人は互いに頷きあうと、ティーナに相談するために店の中に入っていった。




