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12.ベリーのソードダンス

ここから第三章になります!

 午後。

 ティーナはいつものようにカウンターに座って魔術書を読み、エリスは中断していたお店の掃除を再開していた。

 一方、魔法屋アンティークの店員ではないバレンシアは、カウンターの正面に座ってエリスが店内の掃除をする姿をのんびりと眺めていた。


 ──思い思いに過ごし、まったりと過ぎていく時間。


 やがて暇を持て余したバレンシアが、店先に置いてあった錆びかけた鉄製の剣を手に取ると、お店の前で振り回し始めた。


 バレンシアの動きは、剣を振り回すにしてはずいぶんとリズミカルで華麗な動きだった。

 初めはステップから始まり、わんつーわんつー、剣を軽く縦に一閃。

 次は軽く腰を振る動き。

 くいっくいっ、今度は横に一閃。


 実践的というよりも何かの型に従うかのような動きは、次第に激しさを増してゆく。

 剣を上に持ち上げて一気に振り下ろすと、地面すれすれで止めて今度は上段にケリを入れる。

 同じ動作を三回繰り返すと、少しずつ追加の動きが組み込まれていった。

 最初に追加されたのは肘打ち。

 次は剣の振り上げ。

 最後に腰に剣を収めたところで、バレンシアはふぅと大きく息を吐いた。


 掃除する手を止めて一連の動作に見入っていたエリスは、思わず拍手をしてしまう。

 息を弾ませたバレンシアが少しはにかみながら額の汗を拭う姿が、エリスには輝いて見えた。


「すごく上手ですね! それになんだか不思議な動きで──なにかの剣術ですか?」

「ん、エリスは知らない? 『ベリーのソードダンス』っていうんだけど」

「ベリーのソードダンス、ですか? いいえ、聞いたことありませんけど……」

「ベリーのソードダンスは、巷の若い女の子たちの間でいま流行っている剣を使ったエクササイズだよ。ベリーって名前の踊り子が編み出したものでね、剣を使ってスポーティに動き回ることで脂肪の燃焼とスタイルアップの効果が見込めるんだよ」

「そ、そうなんですか」

「ブームは貴族女学園にも飛び火してね、貴族の子女たちまで広まってるんだってさ」


 ずっと病弱でひきこもりだったエリスは、当然そんなブームを知らない。


「同じ基本の型を三回繰り返しながら、ひとつずつ動きを追加指定していくんだ。こんな感じにね」


 再び剣を振るうバレンシアの姿を見ると、なるほどたしかに剣術というより踊っているようだ。

 赤い髪がまるで燃えているようで、ため息が出そうなほどかっこいい。

 これだけ激しい動きを軽々とこなしていれば、バレンシアがスタイルが良いのも理解できるとエリスは思った。


 ……それにしてもバレンシアの動きは流れるようでよどみがない。

 しかも、ダンスとはいえバレンシアが手に持っているのは鉄製の剣だ。それを軽々と持ち上げ、くるくると棒切れのように振り回していた。


「鉄製の剣を軽々と……すごいですね。私だったら持ち上げることもできないですよ」

「あはは、本来は軽い模造剣を使ってやるんだけどね。あたしには物足りなくてさ」

「物足りないんですか!?」

「あははっ、ときどき父親に剣術を教わってるしね。ティーナがよくトラブルに巻き込まれるから、時々あたしが護衛的なこともやってるんだよ」


 剣を構えるバレンシアの立ち姿は、素人のエリスにも綺麗に見えるほど堂々としていた。


「実はさ、うちの親父がむかし冒険者だったんだ」

「冒険者──ですか。冒険者といえば、世界をまたにかけて隠された財宝を探したり、伝説の魔獣を倒したりするやつですよね?」

「あはは、そんなの御伽噺(おとぎばなし)の世界だけの話だよ。本当の冒険者はもっと地味でさ。せいぜい珍しい動物を狩りに行ったり、普通の人間では取りに行くのが難しい草花を取りに行ったりとか、あとは金持ちの護衛をしたり……ていのいい便利屋みたいなもんだよ」

「バレンシアのお父様はどんな冒険者だったんですか?」

「うちの親父って、実は冒険者の間ではちょっとは名の知れた存在でさ。なんでも若い頃は『剣狼』とかって呼ばれてたらしいんだ。最初はウソだろうと思ってたんだけど、昔親父にお世話になった冒険者ってのがごろごろうちの店にやってきてイヤでも信じさせられたよ。もっとも、とっくの昔に足を怪我して引退して、今じゃただの料理屋のオヤジだけどね」

「わざわざ訪ねてくるなんて……すごいですね! ぜひバレンシアのお父様の冒険のお話を聞かせてもらいたいです」

「へぇー、女の子なのに冒険話に興味あるの? エリスは変わってるね。だいたい女子ってのは、王子様との恋バナ物語にしか興味ないのにさ」

「私は逆に王子様との恋バナのほうが興味ないんですけど……」

「あはは、そっかそっか。そんなこと言う女子はエリスで二人目だよ」

「そうですか? あ、でもわかります。一人目はティーナですね」

「正解」


 バレンシアは冗談っぽく両手を上げて降参の意を示すと、自分の父スラーフ=ラバンテの冒険者時代の冒険の数々を語りはじめた。

 村人を苦しめていた100人もの盗賊団を撃退した話。

 ワイバーンという、竜に似た巨大翼竜を撃退した話。

 伝説に歌われる王の財宝を探す話。

 かつて世界を震撼させた『魔戦争』と呼ばれる大きな戦いでの活躍など。


 いずれの話も、バレンシアが父スラーフから幼い頃からずっと聞かされていたものだった。

 掃除する手を完全に休めバレンシアの話に聞き入っていたエリスは、一通り話が終わったところで冒険譚の数々に満足のため息をつく。


「はぁ……すごいお話ばっかりですね。すごく面白かったです」

「そんなに面白かった?」

「はい……なんだか私も冒険をしたくなってしまいました」


 エリスは照れ隠しのようにぺろっと舌を出しながら笑った。


「……でもなんだか、バレンシアが冒険者にあこがれる気持ちが分かる気がします」

「えっ? な、なんであたしが冒険者に憧れてるって? あたしそんなこと一言も言ってないけど……」

「だってさっきの剣を振る姿、すごく綺麗でしたよ。だから、冒険者になりたくてずっと訓練しているのかと思って……」


 エリスの言葉にバレンシアは目をぱちぱちさせると、すぐに大声で笑い出す。


「あっはっは! エリスの言うとおりだよ。あたしは冒険者にずっとあこがれてるんだ。もっとも親父は大反対しているけど、こればっかりは『血』だと思うんだけどなぁ」

「あははっ、そうなのかもしれませんね。『魔法使いの血』だけじゃなくて『冒険者の血』ですか?」

「おっ、うまいこと言うねぇ」


 バレンシアはうれしそうに真っ赤な髪をかきあげる。同性のエリスでもほれぼれしてしまうほどかっこいい仕草だった。


「でもそれを言うと、料理屋の娘って『血』もあるんじゃないですか?」

「ちょっと! いやなことを言わないでよ!」

「あはは、冗談ですよ!」


 一通り笑うと、バレンシアは急に真顔になった。エリスをじっと見つめる。


「なぁエリス、がんばりなよ。がんばって、絶対ここで仕事できるようになるんだよ」


 その、真剣なまなざしに、エリスは思わずドキッとしてしまう。


「はい。がんばります。がんばって……」


 がんばって──そのあと自分はどうするのだろうか。

 今はまだ答えはない。

 だけど、アルバイトをすることでなにかが見えてくるのではないか。

 エリスにはそんな予感がしていた。


(それよりも、まずは集客方法を考えなきゃねっ!)


 エリスはもういちど改めて自分に気合を入れなおしたのだった。


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[一言] シリーズ各作との繋がりがちらりと。
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