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11.リベンジ!?

 アルバイト交渉もひと段落したところで、ここまでエリスに完全に主導権を握られっぱなしのティーナが次の手を打ってきた。


「そうだ、とりあえず……昨日失敗しちゃった魔法をちゃんと見せてあげるよ。あんなことはめったにないってことを証明するからさ」


 場所を変えてやってきたのは、昨日と同じ作業部屋。

 小さな壺と触媒を前にして、ティーナは魔法薬ポーションを作る準備をする。


「それじゃあ、昨日のリベンジを始めるよ?」

「は、はいっ!」

「どうぞどうぞー」


 ティーナの斜め前に座るのは、分厚い本を盾代わりに持っているエリス。

 左隣には、先ほどやってきたバレンシアがニヤニヤと笑っている。また失敗すると確信しているのだろう。


「……今度こそ、魔法薬精製(メイクポーション)を成功させてみせる。それじゃあ、いくよ」


 ティーナが力を込めると、昨日と同様に魔力の光が左手に集まってゆく。緊迫した空気が室内に広がっていった──そのとき。


「……へっぐしょい!」


 緊迫した雰囲気を切り裂くように、バレンシアの大きなくしゃみが響き渡る。

 驚いたエリスが、手に持っていた盾代わりの本を思わず落としてしまう。

 本は机の上にあった怪しげなニンジンの干物のようなものを掠めて床下に落下し大きな音を立てた。

 一方、接触したニンジンらしきもののほうは、テコの原理で跳ね飛ばされると、放物線を描いて──ぽちゃりと、魔法薬(ポーション)を精製していた壷の中に落下した。

 当然、誰の目にも入っていない。


「ちょっとそこ、静かにしてくれるかな?」

「ゴメンゴメン、なんか鼻がムズムズしてさ」

「まったく……じゃあいくよ、『魔法薬精製(メイクポーション)』!」


 掛け声とともに魔法式が発動して、ティーナの左手から発された光が壷の中に注ぎ込まれる。

 今回は失敗しないよう、ティーナは細心の注意を払いながら壷の中身をかき混ぜる。

 壷の中身はしばらくの間、淡いピンク色に発光していたが、かき混ぜるにつれ徐々に光が弱くなっていった。


「あれ……? こんな色だったかな?」


 不吉な独り言がティーナの口から漏れた瞬間、壺からぽんっとピンク色のドーナツ型の煙を吐き出された。

 それが合図となって光は完全に収まり、作業部屋に再び静寂が戻ってくる。


「……成功ですか?」

「……成功したみたいだね」

「成功だ! 『清涼水(アクアウォーター)』が完成したぞ!」


 ティーナは満面の笑みで宣言すると、嬉々として近くにあるコップに壺の中の液体を注いだ。

 コップの中が、濃いピンク色の液体でいっぱいに満たされてゆく。


(こ、これのどこが清涼水アクアウォーター? 正直、清涼さのかけらも感じられないんだけど……)


 エリスはティーナが差し出す液体を疑いの視線で眺めた。

 注がれた液体は粘着質でドロリとしており、なんとなく野生の草を凝縮したような臭いが室内に拡がっていく。

 ケバケバしいピンク色の液体は、少なくとも運動後の水分を補ってくれるようなありがたいものにはまったく見えなかった。どちらかというと、毒だろうか。


「これ……本当に成功しているんですか?」

「何を言う、大成功だよ。(ちょっと色は変だけど)絶対おいしいはずさ」


 ティーナの自信たっぷりの宣言に、エリスは不安しか抱かなかった。


「これからうちで働こうって人間が、ボクの魔法を信じられないのかい?」

「そ、そこまで言うのなら……分かりました。私、飲んでみます」

「ちょっとエリス、やめときなよ!これなんかやばいって!」

「バレンシア、キミまでボクの魔法を信じないのかい?」

「いや、信じないわけじゃないけど……さすがにこの色は怪しすぎないか?」

「うっ……ま、まぁだいじょうぶだよ」


 ティーナとバレンシアの言い争いを横目に、意を決したエリスは鼻をつまんでピンク色の液体を一気に飲み干す。

 ごくっごくっ。あえて味わおうとはせず、一気にのどの奥へ流し込む。


(うぇぇ、のどごし最悪っ!)


 飲み終わったコップを机に叩きつけるように置くと、エリスは両目を瞑ったまま微動だにしなくなった。

 ごくりと唾を飲み込みながら、エリスの様子にじっと見入る二人。


「……エ、エリス?」


 恐る恐るバレンシアが声をかけた瞬間、エリスの顔が一気に真っ赤に染まった。

 ぷしゅーーー!という音と共に、頭から水蒸気が一気に吹き出すと、そのままバタンとうしろに倒れてしまった。


「うわーー!! エリス!?」


 慌ててバレンシアが倒れこんだエリスを抱き上げた。

 どうやら完全に目を回しているようだ。顔は真っ赤なままではあるものの、ぱっと見たところ心音等に異常は見られない。


「エリス、だいじょうぶ!? しっかり!」

「う、うーん……」


 バレンシアの介抱の甲斐もあってか、エリスの顔色が徐々に元に戻ってくる。

 どうやら一時的に血圧か心拍が上昇して、気を失っただけのようだ。ほっと一息つくバレンシア。


「ちょっとティーナ! あんたなんてものを飲ませたのよ!」

「……おかしいなぁ、こんな変なことになるはずないのに」

「ティーナ! エリスがこんなになってるってときに、あんたなにしてんのさ!」

「ない。マンドラゴラの根が1本足りない。あの材料にこれが混ざったってことは、まさか……ふふっ、ふふふっ」

「……ちょっとあんた、なに笑ってるの!?」


 なにやら神妙な顔で独り言を呟いていたティーナであったが、はじめは小さく、やがて大きな声で笑い出した。

 怒りもあらわに詰め寄るバレンシアに、ティーナは涙を流しながら空になったコップを指差した。


「あはははっ。だってさ、この子が飲んだもの……『精力増強剤』なんだよ」

「えっ?」


 ティーナが放った言葉の意味が理解できず、一瞬キョトンとしてしまうバレンシア。


「ティーナ、あんた『精力増強剤』って……その、いわゆる精力がアップするやつ?」

「うん、そう。そこに置いてあるマンドラゴラの根が1本なくなってるんだ」


 ティーナがテーブルの上に置いてあるにんじんによく似た根菜をひょいと持ち上げた。


「『清涼水(アクアウォーター)』のレシピにこのマンドラゴラの根を入れたらさ、『精力増強剤』になるんだよ。あのピンク色といい、飲んだエリスの反応といい、まず間違いないかな」

「ぶっ!」


 いかにも純情そうなエリスが「精力増強剤」を飲んだ挙句、効果が出すぎて顔を真っ赤にしてオーバーヒートしてしまったのだ。

 あまりにもエリスのイメージとかけ離れた組み合わせに、バレンシアも思わず吹き出してしまう。


 笑いが止まらなくなってしまった二人は、結局エリスが正気を取り戻すまで笑い続けたのだった。



 ◇



「「ごめんなさい……」」

「……」


 ぷりぷり怒るエリスの前で、ティーナとバレンシアは深々と頭を下げていた。

 一方のエリスはそっぽを向いたままだ。実態としては、恥ずかしさを誤魔化すために怒ったふりをしていているだけなのだが。

 そんなエリスの内心を知ってか知らずか、ティーナがおずおずと薄い水色をした液体を差し出してくる。


「えーっと、これが本当の『清涼水(アクアウォーター)』だよ。お詫びがわりにどうぞお飲みください」


 コップに注がれた液体を横目でちらりと見るエリス。

 透き通った水色の液体は爽やかな香りを放っており、実に美味しそうに見えた。思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。


「それ、本当においしいよ? あたしも何度か飲んだことがあるけど、びっくりしちゃうくらい美味しいからさ!」


 結局エリスは魔法薬ポーションの誘惑に勝てなかった。

 僅かな逡巡のあと、怒りを収めたエリスはコップの中身を少しだけ口に含んでみる。


 ごくっ。

 エリスの喉を青く澄んだ液体が通過した瞬間、透き通るのどごしとみずみずしい感触が身体中に拡がっていく。

 驚くほど爽やかな飲みごたえだった。


「……おいしい」


 神妙な面持ちで眺めていたティーナとバレンシアは、エリスに笑顔が浮かぶ様子を見て手を叩き合って喜ぶ。


(仕方ない、今回はこれで許してあげようかな?)


 エリスが苦笑いを浮かべていると、二人はなにやら両手を前に差し出してきた。どうやら「清涼水(アクアウォーター)」の味見をしたいようだ。

 エリスはいたずらっぽい笑みを浮かべると、二人を無視して「清涼水(アクアウォーター)」を一気に飲み干す。


「ぷっはー! ごちそうさまっ!」

「「あーっ!!」」


 エリスが勢いよくコップを机に置くと、二人は口をあんぐりと開けて空のコップを凝視していた。

 そんな二人の表情がおあずけされた犬のように見えて、エリスは思わず吹き出してしまった。

 やがてティーナとバレンシアも、エリスにつられて笑い出す。


 気がつくと三人は、堪えられずに大笑いをしていた。

 まるで──笑いという名の魔法にかかってしまったように。


第二章はここまでです!

次から第三章になります(o^^o)

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