一太刀
唯一塔は広大な迷宮であり一息で登り切ることは不可能である。したがって山小屋のように休息地が必要であり、唯一塔にとっての山小屋こそ休憩テント地である。
「じゃあこの武器は……」
「ああ、俺の『磁場』の範囲は皮膚から1メートル。小さい方の鉄球を範囲内ギリギリで操ることでこの鎖に繋がれた大きい方は2メートル範囲で攻撃できる」
「なるほど……」
「それに俺は呪いの代償で体が脆く弱いから、できるだけ離れて戦った方がいいだろ」
4人は牛歩ではあるが休憩テント地に向かって歩いていた。通路は横幅がかなりあり4人が横に広がって歩いてもあまりあるほどである。彼らの目的地は最も近いテントではなくその次に近いテントである。これはレフが、
「おそらくもう奴らに先回りされてるだろうから、別の場所に向かった方がいい」
と提案したことに由来する。
そしてレフは左足も捻挫していることが発覚したので、クーロンの肩を借りる形で移動している。
「そういえばなんで塔族に追われてたんです?」
「ああ、ある噂を聞いてな。それでアジトに忍び込んだ。まあ結果はスカだったがな」
「噂? なんだいそれは」
「キニトス団が呪いを解除する手がかりを見つけた、ってやつだ」
「ほう、呪いを解除……。気になるね」
「呪いを解ければアルスアさんともちゃんとお話できますもんね」
「なあ、そのアルスアってやつだが」
「どうしましたレフさん。何か気になるところでも?」
「ああ。さっきお前らが話してくれた範囲でも沢山な。
まず、なぜ空から落ちてきた?
次になぜ言葉を発しないのにお前の母親の名前だけは口にした?
それになぜこんな力を持っている?
コイツの持つ未知の呪いはなんなんだ?
そして打撃や跳躍のときにどうして呪いの模様に似たものが生まれたのか。
……あと、なんで会って数時間のお前にそんなべっとりなんだ? さっきも髪の毛食われてたろ」
ベルは最後の質問を聞くとうーんと顎に手を当てて考えた。
「ボクにボクの母を重ねているんじゃないんですか?」
「それだとお前の母親とコイツが恋人同士だったってことになるんじゃないのか?」
「それならそうなりますね」
「大丈夫なのか?」
「? 何か問題でも?」
「いや問題は……」
問題は無いと言いかけて、レフはあることに気づいた。
「いや、そもそもお前男だろ。いいのかそれで」
「まあ、そういうことであればそういうことなので、しょうがないですかね」
「そんなにベタベタひっつかれて、気持ち悪くないのか?」
「気持ち悪い……別にそんな感じは無いですね……」
「俺にはわからない世界だな」
通じ得ない感性にレフは頭を掻いた。
会話が一段落したのを狙いすましたようにクーロンが割って入る。
「確かに、アルスア君の未知の呪いは気になる問題だ。能力も代償も全くの未知。我々は暗中模索しなければならない。だが能力のヒントはあった。まず呪いは発現箇所に応じた能力を持つのが普通であり、そうではない『魚鱗』や『岩石』のような外見そのものが変わる呪いではない。そしてクラヤミネズミと対敵したときや地図殺しから脱出した際のことを考えると……」
「おい、いきなりどうした?」
「え? いきなりって……」
予想外の反応にクーロンはややたじろぐ。
「いいから早く結論だけ話してください」
「あ、ああ。おそらく彼の能力は」
「見つけた。逃亡者」
突然の後ろからの声。風を切るムチの音。
「危ない!」
クーロンはレフの前に躍り出て刺客の攻撃を肩で受けた。骨が砕ける音が響く。
レフに向かってムチ、いや遠心力で3メートルの長さに伸び平べったくなった右腕を振るった女はステップを踏みながら距離を取る。距離を取りながら右腕は1メートルほどに縮む。顔の大部分を隠す仮面に露出の多いテカテカ衣装。ラティックである。
「クーロン! 助かった。大丈夫か?」
「アラアラ。どこからどうみても足手まといを庇って肩を折るなんて、なんて粗チンなのかしら」
「それはどうかな?」
クーロンは受けて砕けたはずの肩をグルグルと回してみせた。ラティックは驚いたように左手を真紅の口紅を塗った水気を持った唇に触れた。
「ヘェ、『癒える』呪い。アナタただの粗チンじゃなさそうね」
「物知りじゃないか。じゃあ僕からも。君の呪いは『ラバー』の呪い。そして君は」
「そう、ワタシはこの呪いのハジメテで名づけ親ラティック。そしてこの呪いの発音は正しくは『ラヴァー』。ラブ、すなわち恋する者の呪いよ」
そう言いラティックが左手も1メートルに引き伸ばして垂らしたとき、彼女の体をいくつもの鉄塊が襲う。クーロンの背後でレフが右手をラティックに向けて指していた。
ラティックはレフの攻撃を正面から受けたが、その弾の全ては彼女の体を少し沈ませただけで、数秒をしてポロポロと落ちた。ラティックが一歩ずつ射程にレフを入れようと近付く度にレフとクーロンもジリジリと下がる。
「フフ、粗チンみたいな攻撃ね。萎縮し過ぎじゃないかしら。もっと近づいて堂々としたらどう?もう少し大きく見えるんじゃないかし……」
急にクーロンとラティックの間、すなわちラティックのムチの射程内に入ったのはアルスアであった。
「アルスア君?! そうか手刀にパーを見出して……!」
「アナタも粗チン逃亡者を守るものなのね。護衛対象よりもよっぽどキョコンじゃないの。でもジャマ」
そう言うとラティックは右手のムチでアルスアを破壊するために右手を後ろに伸ばす。アルスアは右手でチョキを作り、向かってくるムチを下から挟み込むために構える。その指にはまたアッパーのときとは別な模様が現れている。
「避けて! アルスアさん!」
しかしアルスアは泰然自若としてムチを待ち構えている。そしてラティックは右手と重心を前に倒し、ムチはアルスアに向かって一直線。数秒後アルスアが全力の一撃を受け、骨が砕け、息もせぬ間に追撃が飛び、やがて膝から崩れ落ち……
ることはなかった。そこには初撃をキャンセルしてアルスアから距離を取るラティックがいた。
ラティックは自分が攻撃の手を止めた理由が分からなかった。しかしこれが最善手だと感じていた。アルスアはチョキの手のまま歩み寄ってくる。これに触れてはいけない、それだけは分かる。数々の修羅場をくぐってきたラティックはそれをアルスアから出る覇気で感じていた。
「とんでもないデカチン……グロすぎるじゃない……!」
アルスアは手を前に突き出して攻撃する。一見無造作に見えるそれは的確にラティックの動きを読んで出されたものであり、防戦一方のラティックはジリジリと壁際に追い詰められる。
「くッ!」
ラティックは勇気を出して大きく転がって追撃を避ける。そのピースはラティックがいた場所を通過し壁に突き刺さった。
いや、突き刺さるという表現は敵味方全員が同じような表情で驚くこの状況を説明するには少々不適切である。例えるならば生肉の塊に包丁を入れたように、そうならない方がおかしいと言わんばかりに突き刺さった。
そのままアルスアはラティックを追うように体の軸を回し、それに伴って突き刺さった指は壁に一文字の切跡を付けた。
「なによそれ、バケモンじゃない!」
後退するラティックはアルスアに全ての注目を注いでいたためにクーロンたちに背中を見せていることをすっかり忘れていた。したがって、レフが彼女の足元に鉄球が転がしたのも、それに引っかかって転倒するまで気づかなかった。
「な!」
「よし! かかった!」
倒れたラティックにとどめを刺すように、アルスアはピースを地面に突き刺す構えを取った。
「粗チンが〜〜〜!!! オマエがいなければワタシは、ワタシは!!!」
そして指がラティックの胸を貫くその直前、突然としてアルスアの動きが止まった。そして、アルスアはその場に倒れ込んだ。
アルスアだけではない。クーロンも、レフも。そしてラティックも。急に耳を抑え悶絶し、悲鳴を上げている。そしてそれと同時に、あのチリーン、という鐘のような音が絶えず聞こえてくる。それはベルの鳴らした日呈鉄の音ではなかった。この優勢な状況をリセットする意味がベルにはなく、そして現にベルがアルスアのもとに近寄って、彼の名を呼びかけて心配しているのが証明となろう。
ならこの音を出したのは誰なのか?音の主は奥の通路から現れた。
3人組で、それぞれが銀色の鎧を着ている。ベルが持つ板と同じ色だ。向かって右側の一人が木の槌で手甲を叩いている。叩く度にそこから出ているとは思えないほど深みのある高い音が通路を満たす。
3人組のうち、中央にいる最も重装備のリーダー格の男が口を開いた。
「穢れた黒血ども、貴様らは我々異端審問官が浄化してやろう」
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