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唯一塔の地下100階  作者: タマ
第一章 地上編
6/17

一撃


「魔物との戦闘? ハァ、そりゃあしないほうがいいさ」


 クーロンはアルスアにおんぶされているベルにそう言った。


「それはそう……っ、ですよね……」

「じゃあ僕からも逆に質問だ……ハァ、ハァ……なぜ! その魔物から逃げてる今なんだ! その質問!」


 なるほど確かに彼らは全速力で後ろから迫りくる体長2メートルにもなりそうなネズミ複数体から逃げているではないか。どうしてこうなったのか、それは少し前に遡る。


◆◆◆


 広場にて祈願を終えた3人は、2階に続く階段に向かっていた。この道が最短だとクーロンは言う。


「……!あれは……」


 曲がり角の左手、魔物が一体いた。ドブネズミをそのまま人を食べてしまえるほど巨大化したらなるであろう想像その通りの大きさである。


「クラヤミネズミだね。ピカリライトが少ない暗闇に巣を作って群れで生活するんだ。目が退化したかわりに聴覚と嗅覚が研ぎ澄まされてる。冒険者のセオリーとしてできるだけ戦闘は避けて通った方がいいけど、周りを見る限りこいつ一体しかいない。多分群れからはぐれたんだと思う。それに、唯一塔の戦闘を見せておくのも有用だから、僕が、アイツを倒すよ」


 聞いたベルはバッ、とクーロンを見た。その顔は(えっ、クーロンさん戦えるんですか?)を全力で表現していた。


「フッ、戦えるに決まってるさ。……ベル君。人間はなにで動いてるか知ってるかい?」

「え? 分からないです……」

「電気さ。人間は全身に電気を走らせて身体を動かしているんだ」


 そう言いながらクーロンはネズミに一歩ずつ近づいて行く。

 おもむろに右手で手刀を作り、肘を直角に曲げて指先を天井に伸ばした。肘から先、そこからビリビリと稲妻が走る。


「僕の『癒える』呪いは精神の高揚と生命力を結び付ける力。気持ち高まればネズミ一匹駆除するほどの電圧は出せるようになるさ」


 クーロンがネズミの嗅覚射程に入ったのか、ネズミはヒゲをピクリと動かした。一歩、また一歩近づく度、ネズミも段々とクーロンの位置を把握していく。


「キュエー!!!」


 クーロンの場所を完全に捉えたのか、ネズミが甲高い声を上げながら立ち上がると同時、クーロンは全速力でネズミの懐に入り込む。構えた手刀をそのままネズミの腹の中にねじり込む。

 一瞬、ネズミの体が黄金色にスパークしたかと思うと、痙攣しながらその場に倒れ込んだ。

 そしてそれを背に振り返ったクーロンは、左手で眼鏡を抑え自分が考える精一杯のイケてるポーズを取った。実績も伴って今だけはカッコよく見えた。


「すごい、すごいです!」


 ベルがパチパチと拍手する。クーロンの鼻がますます高くなる。


「まあ、それ程でも。さあ、先に進も……う……」


 順路を進もうとしたクーロンの先、ネズミの死体の先の十字路から、ヌッとクラヤミネズミが現れて、クーロンの動きが止まった。それは1体ではなく、両手で数え切れるかどうかギリギリの数はいた。まるで仲間に招集されたように、彼らの鼻はただ一点を指していた。その一点、クーロンに対してベルが話しかける。


「また出やがりましたね……でも大丈夫ですよ! ね、クーロンさん。さっきの技があれば、何体でも……」

「ああ、あれね……もう無理」

「え?」


 そう言う丸眼鏡はずり落ちかけて、嫌な汗がダラダラと流れている。


「あれ、一度放電し尽くすと5分ぐらい使えなくなるから」


 ベルの中で希望がガラガラと崩れる音がした。ベルの汗腺からも嫌な汗が吹き出してくる。チチチチと嫌な音を出しながらネズミたちは距離を詰め、クーロンはしれっとベルたちの隣まで後退している。


「あ、そうだ! アルスアさん! アルスアさんなら勝てます! やっちゃってください!」

「そうだ! 大男を吹き飛ばす腕力ならこの状況も打開できる! さあやってくれアルスア君!」


 ふたりに期待を込められたアルスアは、なおもじわじわと近づいてくるネズミたちを一瞥し、胸元まで持ってきた自分の右手を見た。

 まずグッと拳を握りしめてみる。何かしっくりこないのか次にピースをつくってみた。目潰しでもするのだろうか、しかしそれをするにはネズミの眉間が広すぎる。それに気づいたのかアルスアは指をパッと開いた。そして再びネズミたちを見て、またしっくり来なかったのか再び拳を握った。

 それを横から見ていたベルは、あることに気がついた。これはアルスアがベルと初めてあったときの、あの男を殴打する前の予備動作と同じであるということに。

 あのときは男に平手打ちを食らわせた。力が強すぎるがゆえの平手打ちだとあの時思っていたが、今そうではないと気がついた。パンチをくらった故の平手打ちだったのだ。もしあのとき男が平手打ちをしていたら、彼の目玉はアルスアに抉り取られていたかもしれない。いや必ずアルスアは目潰しをかましていただろう。


「ベル君も気がついたかね?」


 クーロンもなにかに気がついたのか、不敵な笑みを浮かべベルに問いかける。ベルもニヤリとした顔で応酬する。


「はい。『じゃんけん』、ですよね?」


 そう、アルスアは呪いの影響なのか精神活動が抑制されているためか不明だが、攻撃をじゃんけんの手に由来して行動している。そう彼らは暗黙のうちに結論付けた。そしてそれが正しかったことは彼らが立てた仮説が正しかったことで証明される。


「そう、アルスア君は今ネズミたちをじゃんけんの手に置き換えて、それに勝てる手がないか探している……」

「そして、ネズミたちは四足歩行であるため何の手を出しているのか判別は不可能、フォルムもグーでもチョキでもパーでもない。それすなわち……」


 ベルは行動を確定したアルスアに持ち上げられながら、またクーロンはアルスアの次の手を読みネズミたちに背を向けながら、2人同時に結論を述べた。


「「打つ手なし! 敗走あるのみ!」」

「キュエー!!!」


 そうしてネズミたちの叫び声を切り口に走り出し、冒頭の状況になるのである。


◆◆◆


 「と、いうか、なんであんなにいるんですかっ、群れからはぐれていたんっ、ですよね」


 アルスアはかなりスピードを出してるので、揺れる背中に体重を預けるベルの声も途切れ途切れになる。


「ハァ、多分……ッ、それが戦略、ハッ、ハァ……。1体を囮にしてッ! フゥ、近づいてきた獲物を! 狩るぅ……」


 望まれない方法でその身体能力を発揮したアルスアについていかなければならないため、クーロンは体力が切れかけている。

 そしてその後ろをネズミたちが追走する。彼らも生に執着しているのだ。匂いと足音で獲物をしつこく追いかける。


「……ッハァ、こんな時に限ってっ、同業者がっ見つからなっ、ハァ……」


 クーロンは逃げながら近くに冒険者がいれば助けを求めようと考えていたが、尋ね人とは大事なときには見つからないものだ。

 右に左に迷宮を逃げて、アルスアはある場所に飛び込んでいった。立入禁止の看板を飛び越えて。


「おい! アルスア君! そっちは『地図殺し』だ! いつ変化期に入るか分からないぞ!」


 しかしアルスアは話を聞かないどころか、ついてこないクーロンに業を煮やしたのか、立ち尽くすクーロンを右手で抱え脇に抱え込み、地図殺しの深部へずんずん進んでいく。


「僕も仲間だと思ってもらってありがたいけど今じゃなかったかもなぁ……」

「ちょアルスアさん! ここ今立入禁止ですよ! 危険ですよ!」


 1階この場所の地図殺しは7日のうち、1日をかけてその内部を変化させる。といっても丸一日ずっと変わりっぱなしではなく、その中でも不定期周期の安定期と変化期を繰り返しているのである。そして変化期に巻き込まれた冒険者達が床に壁に押し潰される事故は絶えない。


「うわっ! 揺れましたよ!」

「来た! 変化期!」


 ベルたちの道の正面突き当りから壁が高速で近づいてくる。アルスアはその手前にあるト字路を右折する。ネズミたちも曲がろうとするが、数体は追いつけずに壁に押し込まれる、数秒後グチャリと肉と骨が潰れる音がした。


「何体やられた!?」


 クーロンは頭が前になるように抱えられているため後ろがよく見えない。


「わかんないです!」


 ベルはこのスピード感が怖すぎて目すら開けられない。

 その後も、変化し続ける迷宮の牙をすんでのところで躱しながら、アルスアは逃走劇を繰り広げる。それはクーロンが評するに、


「元々地図殺しを拠点にしていたのではないのだろうか」


 と言わしめるほど華麗なものであった。

 しかし、そんな逃走劇は唐突に終わりを迎える。変化期が最悪のタイミングで終わったのである。袋小路で行き止まり。最後にアルスアたちが辿り着いたのはそこであった。そして一本道の先には1匹のクラヤミネズミ。あの群れの中でも最も大きいものであった。


「まるで袋のネズミですね……ボクたちが」

「フッフッフ……ベル君、僕の力を忘れたのかい?」

「力……? あっ! 電撃!」

「ああ、チャージ万端さ。1体なら確実に仕留められる」


 勝つための手札が揃ったことに気づかず、ネズミは体力を温存するようにのっそりと歩いてくる。

 コツン。ネズミの前足があるものに当たる。そこには剣が2本あった。


「『地図殺し』の被害者の遺物だね。大丈夫、僕が敵をとるから」


 クーロンは勝ちを確信して少しおかしくなっている。

 ネズミは剣の匂いを嗅いだかと思うと、徐ろに柄に両の前足を掛けた。


「あ」


 クーロンから呆けた声が漏れる。


「クーロンさん……?」


 ベルは先のことを思い出してクーロンの顔を見る。

 顔面蒼白一歩手前だった。

 自分の状況が好転したこともよくわからないネズミは2本の剣を胸の前で斜めにクロスさせた。


「キュッキュエー!!!」

「あ、負けたわ」

「はぁ?!」


 どうやら状況は完全に逆転してしまったらしい。


「え? どういうことですか? マジで」

「僕の放電は精神力による生命力を注ぎ込む先を変更させることで成立する技。だから放電使用中は回復ができないんだ。ネズミ風情の短い手足なら攻撃を受ける前に懐に潜り込んで倒すことができるけど、剣を持たれるとリーチ差が逆転して先に攻撃を受けてしまう。つまり僕が先に死ぬ。マジで」

「マジで?」

「マジマジ」

「使い勝手悪くないですか? それ」

「元々攻撃型の呪いじゃないから仕方ないでしょ?」


 そんな話をしているうちに二刀流ネズミは刀をぶんぶん振り回しながら慣れない二足歩行で歩いてくる。時々よろめいて後退している。


「仕方ない。最後の賭けだ」

「最後の賭け?」

「ああ、奴はまだ剣の使い手として未熟、いや二足歩行の使い手としても未熟。だからそこを突く。あいつがよろめいた一瞬を……」


 その時であった、アルスアがネズミに向かって全速力で走り出したのが。


「な……! アルスアさん?!」

「何故だ……、奴はじゃんけんをしていな……はっ!」


 瞬間ふたりの脳内にネズミのある行動がフラッシュバックした。


 「キュッキュエー!!!」

 「あ、負けたわ」


 このとき、クラヤミネズミは胸の前で剣をクロスさせていた。しかも斜めに。刃物が2つ交差しているもの……


「「チョキだ!!!」」


 ネズミの中にチョキを見出したアルスアは、右手をしっかりと握りしめネズミの懐に飛び込んでいく。


「キュエキュエー!!!」


 近づかれまいとネズミは刀をぶんぶん振り回すが、素人の太刀など地図殺しを生き延びるほどの実力者の裾すら割くことは敵わない。


「キュエワー!!!」


 懐に入り込んだアルスアは、そのまま重心を沈めアッパーの構えを取った。


「行けー!!! アルスアさん!!!」


 その時、まっさらだったアルスアの右の手の甲に、突然黒いタトゥーが走ったのにクーロンは気づいた。

 そしてその拳をネズミの鳩尾にブチ込むと、その衝撃が風となって吹き荒れ、ベルの髪の毛を激しく揺らした。

 またその一撃のエネルギーを正面から受けたネズミは、まるで重力が反転したように天井に吸い込まれ、

 いや、天井を砕いた。

 1階の天井をぶち抜いただけではまだ発散されたエネルギーが足りなかったのか、2階の天井すらも破壊してしまった。

 唖然とするベルをよそ目に、ネズミの肉体は3階の天井にも穴を開けた。それでもまだスピードは落ちる気配はない。

 興奮あまり余って鼻血を垂らしたクーロンの期待に応えるように4階の天井も粉々にして落ちるように飛ぶ。

 何を考えているかわからない顔で真上を見ているアルスアの視線の先で、5階の天井でさえも貫かれてしまう。

 結局ネズミの死体は6階天井にめり込み、星の重力で落ちてくることはなかった。

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