表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
唯一塔の地下100階  作者: タマ
第一章 地上編
5/17

一番最初に

「あなた、本当に穢れた黒血では無いのですか?」


 謎の男の声とともに響く鐘の音。

 驚いてベルは振り返るも、そこにはもう誰もいなかった。床に謎の金属のプレートを残して。


◆◆◆


「それは異端審問官だね」


 クーロンは冷静に言った。先ベルが戻ってきた際、眠りこけるアルスアの呪いを写生していて、その熱が興じたあまりその黒い模様を舐めようとしていたのを無かったものとして冷静に言った。


「彼らは独自の教義を持っていて、呪いを持っている人たちを毛嫌いしてるんだ。死地に乗り込んででも殺したいくらいに」

「へえ、怖いですね……」


 その相槌が異端審問官の狂気じみた執念に対してなのか、クーロンのポーカーフェイスに対するものなのか判別はできない。


「……あれ? でも唯一塔にいたら呪いにかかっちゃうのでは?」

「いい質問だね。異端審問官、彼らは常に日呈鎧という鎧を着ていて、それは唯一塔で産出される呪いを跳ね除ける特殊な鉱石、日呈鉄でできているんだ。ベル君が拾った板もそれで出来てると思うよ。

 ベル君が聞いた音もおそらく日呈鎧を叩いた音だね。呪い持ちには意識の敏感なところを爪で引っ掻かれるような刺激の強い音なんだ。でなぜこれで呪いが抑えられるかって話なんだけど僕の推論だと呪いは実はせ……」


 ベルがまた長話の大釜を開けてしまったと覚悟したその時、アルスアが目を覚まし、クーロンの注目は彼に注がれた。アルスアは熱い視線など意に介さずのっそりと起き上がる。


「あっ、アルスアさん。おはようございます」

「なるほど、起床はこのような感じなのか。ふむ、観測する限り大きな反応の山は無かったから一時的に悪夢を見なくなるというよりも悪夢の中で寄り添えるなにかができたと考えるのが妥当だが、それでも他の『視点』持ちの描写と異なるのが気になるな……おっと、おはよう、アルスア君。

 それじゃあ、みんな十分休憩できたと思うし、そろそろ出発しようか」

「あの、本当にボクたちと一緒に来てくれるんですか……?」

「当然だよ。むしろ僕のほうが今もう一度ここで土下座して地面を舐めてでも頼みたいほどだよ」


 そう、先刻ベルが自分のことを話した際、クーロンは即座にともに行動することを提案したのだ。いや、ほぼそれは懇願に近いものだったが……。


「えっと、じゃあ……クーロンさん、よろしくお願いします」

「ああ、一応唯一塔の先輩としてやれるべきことは手伝うよ」


 ベルとクーロンがテーブル越しに握手をする隣、アルスアは卓上の板に手を伸ばしていた。サイズにして大人の手を広げたものと大差なく、すなわち一口では到底食べきれず、すなわち合理的な手段を選択し、アルスアが口を大きく開いた瞬間、クーロンがそれに気づき、


「危ない!」


 と一瞬。すんでアルスアの健康極まりない真白な歯が日呈鉄のプレートを叩き不快音を鳴らしてしまう前に引っこ抜くことに成功した。


「ハァ、ハァ、ハァ……、ふぅ。ギリギリセーフ……。ここで鳴らすとどんなトラブルが起こるかわかりかねるからね……。僕たち呪い持ちにも不都合だし……。ほら、ベル君、持っていくのならばプレートは君が保管したほうがいい。これくらいのサイズでも呪いのかかりにくさはググンと上がると思うよ」

「あ……ありがとうございます」

「さて、じゃあ行こうか。唯一塔の秘密を探る、僕たちの第一陣に」


◆◆◆


 普通洞窟などを探検するときは、明かりを常に持たなくてはならないが、唯一塔ではその心配がない。なぜなら、


「これがピカリライトですか。確かにすごく光ってますね」


 壁や天井、地面にまで埋まっている自己発光する公物によって明るさが担保されているからである。

 入り組んだ通路をクーロンは地図を片手にスムーズに案内する。そうして右折右折直線左折。数分歩くと開けた場所に出た。


「うわぁ……!」


 ベルが声を上げる。ベルの視界の半分以上を占めるのは真っ黒な大穴の入り口である。


「ここが深淵の大穴だよ。大きさもさることながらその謎も大きいんだ」

「地下20メートルの消失面でしたっけ」

「ああ。よく知ってるね。入り口から下20メートル。そこに触れた物体はすべて綺麗さっぱり消滅するんだ。いや、消滅するというよりはボレの実験で不完全消滅が発生しないのが証明されたことを考えるとどこか異空間または地下世界に送られたという方が適切……

 そういえばベル君、さっきから髪の毛食べられてるけど大丈夫なの?」


 ふたりが大穴を見ていたときだろうか、気づけばアルスアはまたベルの髪の毛を食んでいたのである。


「はい、なんか慣れました。まだゴワゴワした変な感じはするけど」

「ふぅん、会って数時間でそこまでねぇ……。実は昔どこかで会ってたんじゃないかい?それか前世」

「ハハ、そんなことないと思うんですけどね……」

「さて、そんな危険に満ちた深淵の大穴だが、実は唯一塔の下層にとってとても重要な場所でもあるんだ。上を見てごらん」


 言われてベルは上を向く。アルスアもベルのマネをする。髪を咥えたまま。

 大穴の上には1階の天井がなかった。1階の天井がないだけではない。2階の天井もないし3階の天井も消え、4階5階……数えて10階まで吹き抜けの構造であった。そして最高階の床には木製のクレーンが設置されている。


「あそこのクレーンで1階から上の階に色々なものを運ぶことができるんだ。食糧武器防具文章。もちろんその逆も然り」

「あ、じゃあボクたちは今からあれに乗って一気に上に……」

「あ〜〜、それは無理」

「え?」

「理由はふたつ。

 第一に君たちがまだ唯一塔に慣れてない。唯一塔は謎に満ちる塔なのだから当然上に行くほど危険度と未知度が上がる。まだ唯一塔慣れしてないビギナーは順々に登ったほうがいいに決まっている。

 第二に、そもそも人間がリフトに乗ることが許されていない」

「……それは何故?」

「それはね……」


 言いかけた途端、大穴の側から大声が上がる。見ると、リフトのうちの一つ、果物などの食糧を載せたものを引っ張る綱が、ミチミチと引きちぎれている。傾いたリフトから、果物がコロコロとこぼれ落ちていく。それらはもれなく大穴に吸い込まれていき、消失面を境にスゥと見えなくなっていく。この世界から跡形もなく消えたのかそれともどこか別の場所に飛ばされたのか。ベルは果物に自分を重ね慄いた。


「ね?駄目でしょ?」


◆◆◆


 大穴を離れまたしばらく歩いた。道中『地図殺し』と呼ばれるエリアの側を通った。定期的に内部構造が変化して一週間前の地図が使い物にならなくなってしまうらしい。ちょうど今日、今変化が起こっているらしくご丁寧に立ち入り禁止になっていた。


「一階は隅々まで調査が行き届いているから、冒険者にとってもとても良心的なんだ。冒険者志望の学生も時々自習のために来ることがあるね。僕も学院時代を思い出すなあ」


 やがて一行は一本の木の前で立ち止まった。そこは晴れの日に匹敵するほど明るく、暖かかった。緑の葉生い茂る木の周りにはこれまた緑が生い茂っている。


「外の景色みたいですね……」

「ああ。ここは偽陽の広場って呼ばれてるんだ。偽の太陽で偽陽。唯一塔にはここ以外にも偽陽の広場はいくつもあるけど、こんな大きな木があるのはここぐらいだよ」


 その木は、大きさで言えば外の世界にはいくらでも生えてそうなものであったが、その存在感と生命力は明らかに違っていた。


「ここは冒険者たちが最初に来る場所なんだ。唯一塔は過酷な場所、いくら腕利きでもいつ死ぬか分からない。だから最初にここで安全祈願だったり目的達成を祈るんだ」

「じゃあボクたちもしましょうよ!」

「もちろん」


 ベルは近くでしゃがみこんでいたアルスアに声をかけた。彼は地面に生えていた草を抜いて、食べられそうかどうか匂いを嗅いでいた。


「それ食べたら今日はもう髪だめですよ」


 なんて言うとすぐ従った。


「手を合わせるんです。こうやって指を伸ばして……ああパーじゃなくて!」


 となんとかアルスアにも神のご加護を与えようと画策するベルを微笑ましく思いながら、クーロンは静かに両手を合わせた。それに気づいたベルも慌ててそれに倣う。


 お母さんが見つかりますように……。


 あとそれと、アルスアさんが記憶を取り戻せますように……。


 風もないのに木の葉が擦れたような音がして、願い事が伝わったような気がした。

面白い!続きが気になる!と少しでも思っていただけたならブクマと広告下の【☆☆☆☆☆】から評価をしていただけると作者のモチベーションが上がります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ