仮説一辺倒
酒場のテーブルのひとつ、そこに3人は座っていた。
向かいあう2辺にそれぞれ2脚ずつ、計4脚の椅子が置かれており、ベルとアルスアは1辺に隣り合って座り、目の前の眼鏡をかけた男と退治していた。
「僕の呪いは『癒える』呪い。僕が精神的に高揚すればするほど、怪我の治りが速くなるんだ。ほら」
そう言いながら、自分の名前をクーロンだと紹介した丸眼鏡は椅子から立ち上がり、服を脱いでその背中を晒した。そこには木のタトゥーが彫られていた。背骨の場所に幹がある。枝の先から大きな実がなっていて、そこからそれが桃の木だということがわかる。
「まあ代償として僕に対するありとあらゆる物理的な治療行為は無かったことになるし、僕自身の気持ちが上がらなかったらちょっとした怪我でも致命傷になっちゃうけどね」
クーロンは服を着て椅子に座り再びふたりと向かい合う。
「さてと、先程はお見苦しいところを見せてすまなかったね。ベル君。そしてアルスア君」
「いえいえ、こちらこそ取り乱してしまってホントに申し訳ないです……」
話してみるとクーロンはかなり理知的で常識的で話の通じる良い人だった。
「で、話を戻すとだ。呪いの研究家として生きてきた僕だが、アルスア君の呪いは初めて見るものだ!スゥーッ、素晴らしいぞ、能力、代償どれも未知!手探り足踏み出しで探すしかない!暗中模索確実!クゥ~!!!あ、僕としたことがスケッチを忘れていた!ちょ〜っと動かないでくれ、すぐ終わる。あっ、そうだ!『視点』の呪いの方も生でスケッチしなくては!」
すぐに自分の世界に入り暴走する点から変態という評価は覆ることはなかったが。
「あ、すまない。ときどき興奮して自分を忘れることがあるんだ」
「(それって多分良くあることでは……)それで、アルスアさんの矛盾点って?」
「ああ、それは、彼の額にある『視点』の呪いについてだ。
『視点』の呪いはその瞳の見た目通り自身の周囲数メートルにもう一つの視点を設置する呪いだ。ざっくり言うと前を見ながら後ろをバッチリ見たり、怪物に退治しながらその背後も見通すことができる強力なものなんだ。
まあごく最近27階で発見されたものだからこれ以外にも出来ることがあるかもしれないけど」
「へえ……で、その呪いのどこに矛盾点が?」
「『視点』の呪いの代償は悪夢だ。寝ても覚めても、目を瞑るだけでも最悪の悪夢が脳に容赦なく襲いかかってくる。そのせいでこの呪いにかかった人間は皆5分として眠ることができないんだ。
まあこれのせいで『視点』持ちは不眠でみなすぐに死んじゃってこういう下層付近には情報しか流れてこないから能力の効果も代償の中身も憶測や仮定でしか話せないんだけど僕の予想だとこの呪いの祝福と呪詛の関係性としては類似するものを参考にすると……ああ、すまない。少し脱線したみたいだ。
つまり纏めると、アルスア君が10分弱も眠っていたこと。それも穏やかそうな?表情で。これがありえないことなんだよ」
熱弁をふるったクーロンは、机に置かれたジョッキの中身を一気に流し込んで喉を潤した。この机にいる者は全員下戸(但し一人だけ真偽不明)なのでアルコールは入っていない。ベルも一口飲んで発言する。
「確かに。それは変ですね」
「考えられる仮説は2つだ。
1つ目はアルスア君の別の呪いと『視点』の代償が相殺している説。ただそういう例は本当に稀なもので、基本的に起こらないことなんだ。
例えば呪いの代償として視力を失った人間は数キロメートル先を見通す呪いにはかからないし、その逆だと払う呪いの代償が変わるのが普通さ。
だから僕としては、もう1つの説を推したい」
「それは……?」
クーロンはビシリとベルを指さした。
「ベル君、君の匂いだよ」
言われたベルはピシリと固まってしまった。クーロンはそんなこと気にせずに、机に体を乗り出して続ける。
「『視点』の呪いは眠れなくするのではなく絶えず悪夢を見せ続けるもの。つまり、それに対する恐怖に克ちうるほどの安心感を与えることができれば、安眠を得られるかもしれない。話を聞く限り、最も可能性があるのは、ベル君の匂いというわけだ。
さて、そうだとして、アルスア君が眠れたのは、その匂いがアルスア君の記憶、つまり君のお母さんに関するためなのか、それともベル君本人にそのような力が備わっているのか。
ベル君は呪いを持たない訳だから、前者の説のほうが有力なわけだが、しかしベル君の母親とアルスア君に本当に繋がりがあったという確証が持てないため、完全にその通りだと言い切ることができない。それに人間の特殊な能力は呪いによってのみ生まれるものではない。
そうだ!ベル君。説を立証するために、君の髪の匂いを、嗅がせてくれないか?」
「……ふあっ?!」
固まったベルの意識は、半ば変態じみた提案に急に解きほぐされた。
「え?あっ、にお……、ボクの……、え?」
「アルスア君の呪いの秘密を明かすためには必要なことなんだ。無理にとは言わない。協力してくれるかな?」
「うーん、まあ、研究の為なら……」
「よし、じゃあ、少し失礼するよ」
そう言ってクーロンはその頭をベルのもとに寄せる。
その時であった。ベルとクーロンの間を遮るように、横からスーッと手が伸びてくる。
「アルスアさん?どうしたんですか?」
そのままアルスアは伸ばした腕をベルに絡ませながら抱きついた。突然の行為に戸惑い紅潮するベルの髪を一吸い。そのまま傾いた自重に従うように机に突っ伏して眠ってしまった。
「アルスアさん!?え!?ええ??」
と困惑するベルに対し、クーロンはアルスアを見て、
「大丈夫だ。ただ寝てるだけだよ。」
と冷静に答える。
「ホントだ……。安心した〜〜」
ホッとすると、次にベルに訪れたのは焦燥感であった。
「〜〜!!! スミマセン!少しお手洗い行ってきます!」
そう言い放ちすぐ離席してトイレに走っていった。
「ああ、いってらっしゃい。
……それにしても、なるほどそんな感じなのか。そしてなぜこのタイミングなのか。人間的な嫉妬か、それとも動物的な欲求がちょうど今表れたのか。やっぱり、知らないって、面白い、面白い……フッ、クククッ…………」
◆
「ふ〜、間に合った〜」
あと一歩の大惨事を回避し、安堵と快楽の表情をしているベル。その背後に人影が近づいていることにベルは気付かない。その人影が、ベルに向かって話しかける。
「あなた、本当に穢れた黒血では無いのですか?」
チリーン、と鐘がなる音が厠に響き渡った。
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