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唯一塔の地下100階  作者: タマ
第一章 地上編
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一巻の終わり、そして二人目

 中央の男がヌルリと腰に下げた剣を抜く。剣は呪い持ち特有の真っ黒な血に染まっていて、よく見ると鎧にもマントにも返り血の跡がある。


「見えるか? 私はここに来るまでにすでに何匹かの黒血を浄化してきた。貴様らも大人しく……ん?」


 男は一味の中に一人だけ、絶えず鳴り続けてる日呈鉄の音の効果を受けていない者がいるのに気づいた。ベルである。ベルは異端審問官から5メートルほど離れた場所に倒れているアルスアの側にいた。


「おお! なんと! 穢れた黒血どもは純粋で無力な赤血を拐かしていたというのか。安心なさいお嬢さん、今我々が保護してやろう」


 そんな男をベルはキッと睨みつけながらこう言い放った。


「ボクは、男です……!」


 男は、ベルの手が震えながらもアルスアの袖をしっかりと握りしめているのを見て様々を察した。


「そうか……、まさか貴様、穢れた思考に汚されただけでなく、歪み爛れた心まで持ち合わせるとは」


 そう言いながら男は剣先をベルに向ける。ベルは切っ先を睨みつけ、そして袖をより強く掴みながら、自身のの細い太ももを叩きながら自分を鼓舞するようにアルスアに語りかける。


「大丈夫、大丈夫ですアルスアさん……。今度は、ボクがアルスアさんを……!」


 異端審問官が足を踏み出したその直後、別の場所から床を擦る音がした。見るとクーロンが立ち上がっている。トレードマークの丸眼鏡は拾う余裕もなかったのか地面に転がり、白味がかったブランドの天然パーマは、頭を激しく掻いた結果グシャグシャになっている。


「貴様、なかなか骨がありそうだな。やはり貴様から先に浄化してやろう」


 そうして剣先を突きつけられたクーロンは、


「僕が1人倒して隙を作る」


 と言いその刹那、自分の掌底で両耳を激しく突いた。


「なッ!?」


 驚いた異端審問官のうちの1人、木槌で鎧を叩き音を出していた者がその手を止め、一瞬無音が訪れた。


「今だッ!」


 レフは満身創痍の中、地面に散らばった鉄塊、ラティックがその身で受け止め落ちた鉄塊の場所に飛び込んだ。しかしその位置について『磁場』の呪いの能力を発動させようとした瞬間、というより発動したその瞬間。

 あの呪い持ちにとって忌々しい金属音が響き、レフはその場に崩れ込み、数センチだけ浮き上がった塊はパラパラと地面に転がってしまった。そしてその音は異端審問官のリーダー格、その男が抜いた剣の柄を己の鎧に叩きつけて出した音であった。リーダー格は木槌の審問官を叱責する。


「おい! 何があっても音は止めるな!」

「すみません! でもアイツ……なんで……」


 木槌が言う先には音の影響を受けてないように立ち尽くすクーロンが居た。彼の両耳の穴からは血が垂れていた。リーダー格が髭をさすりながら感心する。


「ほう……鼓膜を割ったか……」

「ごめん。何言ってるか分からないや」


 クーロンは両手の肘を直角に構える。その腕には電気がほとばしっている。リーダー格の隣の二人はその様子を見てたじろぐが、中央のリーダー格は泰然とした様子で、


「大丈夫だ。剣のリーチ差で、まだこちらに分がある」


 と堂々としている。その彼に向かってクーロンが走って距離を詰めてきたので、万策尽きての特攻と受け取り、一撃でしっかり沈めるために腰を下げ剣を構えた。

 そしてクーロンは敵の武器の射程範囲に入り、その刃が胴体を切り裂く、その直前。突然己の帯電した右腕を自身の腹に突き刺した。


「!!」


 今度はリーダー格含め全員が驚愕し、体をこわばらせた。

 それすなわち一瞬処理が遅れ反応が遅れ、剣を振るうことなく、


「捕まえた」


 残ったクーロンの左腕が男の顔を捉え、直後致死性の電気が直撃した男は声も発さず膝から崩れ落ちた。


「なっ……センパ……」


 木槌が止まったため自由になったレフが放つ鉄塊が、リーダー格の死に驚く木槌の顔面を鋭く襲い2人目。

 そして残された1人の首の骨を、音もなく近付いたラティックのムチが肉越しに砕き、戦闘は終わりを迎えた。


「ふぃー、危なかったぁ。ここまで自分の呪いに感謝したのは初めてだよ」


 呪いで自己再生したクーロンは地べたで荒い息を吐くレフに手を伸ばす。


「レフ君、大丈夫かい? 援護射撃助かったよ」

「いや、お前がいなければこの窮地は脱し得なかった。感謝するのはこちらの方だ」

「ベル君も! 怪我とか無いかい?」

「……」

「ベル君?」

「あ、は、はい! 平気です! ありがとうございます」


 クーロンに話しかけられぼーっとしていたベルも、考え事の世界から現実に引き戻されたベルも、同じようなことを考えていた。そしてその考え事の末端がごく小さい音量でこぼれ出る。


「ボクは、何もできなかった……!」


 口から出ると感情というものは頭の中から全身に巡るらしく、下唇を噛みしめるベルの目には涙が溜まっていた。震える拳は何も掴んでいなかった。

 そのベルの髪の先を、アルスアが口に入れた。


「ヒャイ!」


 うなだれたベルの背中がしゃんとなる。


「ちょっと、なにするんですかアルスアさん!」


 そう言ってアルスアを見ると、ベルは自分の中に先程の後ろ向きな感情の痛みが和らいだことに気がついた。


「もしかして、ボクを慰めようとしてくれたんですか……?」


 尋ねても、アルスアはキョトンとしたような呆けたような無表情を変えることはなく、それもベルを安心させた。

 その側でクーロンとレフの2人は状況の確認をしていた。


「そういえば、あの女」

「どこかに逃げていったんだろうね。おかげでありがとうって伝えそびれたよ」

「は? お前、アイツにも感謝してるのか? 敵だぞ?」

「いや、でも最後の一撃を決めたのは彼女だし、これとそれとは別じゃないか」

「はぁ、とんだお人好しだな……じゃなくて、今はそんなことやってる暇はないぞ。アイツが逃げたってことは」

「僕らの居場所がバレる! 早く逃げないとじゃないか!」

「俺の言葉を取るなよ……。まあ待て、俺に手がある」


 そう言ってレフが地面に倒れる異端審問官たちを一瞥する。


「あぁ、なるほど」


 理解したクーロンがにやりと笑った。


◆◆◆


「クソっ、捕り逃した!」

「そっち行ったぞ! 早く先回りしろ!」

「できるか! ボケ!!」


 一行は塔族の追手を低空飛行で逃げる。異端審問官から剥ぎ取った日呈鉄製の鎧の上に乗って。


「速い! 速いよレフ君!」

「まあな。褒めても速くならないぞ」

「でもレフ君、僕たちも同行してよかったのかい? 最悪ひとりでも逃げても良かったのに」

「これは借りを返してるだけだ。それに、お前らもキニトス団に喧嘩売ったんだ。お前がぶっ倒されると俺の気分が悪い……」


 レフは恥じらいながら言葉尻を濁した。その後ろ、クーロンとレフが乗る鎧とは別の2つ目の鎧の上に乗るアルスアとその背中に乗るベル。ベルはその速さに目を瞑っていたが、おそるおそる目を開ける。前にあった壁の傷が瞬きする間に視界の外に流れていき、カーブしても曲がったのか曲がってないのか分からない。怯えてすぐにギュッと目をつぶる。


「で、でも……ここから変わらないと……! もしものときにみんなを……!」


 決意して目を見開くと、そこには大穴の口ががっぽりと開いていた。ゾワゾワっと鳥肌が立ち、再び目を閉じ、アルスアにグッと体を密着させた。


「深淵の大穴、ここから1階に降りる。いいな、クーロン」

「ああ、こっちは大丈夫だよ」


 4人はゆっくりと穴を降りていく。追手はまだ無い。一応は安心である。だが、すこしでも気が緩めば大穴の地下20メートルの消失面に真っ逆さまである。

 慎重に数十秒かけて3階を降りる。何も起こらない。


「おい、何やってんだお前ら! 死にたいのか!」


 と言う大穴を使った荷物の運搬の担当者を除いて。

 そして3階の床を頭上に持ってきて、2階にさしあたったその瞬間であった。


「スズ……?」


 アルスアが、声を発した。


「!!!」


 そしてその単語の意味を知る仲間たちが、恐怖よりも驚きと興味が打ち勝って目を開けたベル含め3人が見たのは、2階に立つ1人の修道女であった。そしてその身長こそベルよりも10センチは高かったが、その顔はベルと瓜二つであった。

 そして彼女は、手にしていたハンドベルを高々と掲げた。それはあの、日呈鉄で作られたものだった。


「ちょっと待って……」


 ベルの声が届く前に、無慈悲に鐘の音が鳴り響き、操作を失った鎧とともに、4人は黒く黒い深淵の大穴に悲鳴とともに吸い込まれていく。

 それを見届けた彼女は満足そうに、


「うん、全て星の導き通り」


 と呟いてその場を後にした。

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