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唯一塔の地下100階  作者: タマ
第一章 地上編
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唯一塔の地上から

 緑色の平原が広がる景色の中央に太く高い塔がそびえ立っている。その円周は馬車でも軽く1ヶ月はかかり、その高さは望遠鏡で見ても先が見えない程である。その規格外さから唯一塔と呼ばれていた。

 そして唯一塔のそばで、2つの点が移動していた。追うものと追われるもの。


 追われるものは美少女と空目してしまうほど可憐な少年であった。年は12、3ほど。体に不釣り合いな大きなリュックを背負い、サラサラの長い黒髪をゆらし、必死に逃げていたが、後ろからの追手に捕まってしまった。

 追手は頭の半分が禿げ上がった中年の男だった。男は少年を押し倒し、両肩を強く掴んで顔をグッと近づけた。下劣な臭いがする吐息が顔に当たり、少年は苦悶の表情を示す。


「や……やめてください!」

「えぇー、なんでぇ?俺はベル君のことを心配して唯一塔のことを手取り足取り…グフフ…教えてあげようとしてるだけだよ…ほら、唯一塔の探検に出て居なくなったお母さんのこと探してるんでしょ?」


 男にベルと呼ばれた少年はなおも身体をよじり抵抗を見せる。


「だから、大丈夫っ、ですって、ばあ!」

「君のことが本当に心配なんだってば、ほら、安心だよ?」

「放っ、放してっ……ッ?!」


 平原に何かが弾けたような音が響き、左の頬をぶたれたベルは驚きと恐怖の感情で男を見る。


「こっのガキがッ!ガキはガキらしく、大人の言う事聞いてればいいんだよ!クソガキッ!」


 怒号を至近距離から浴びたベルは命の底まで恐怖に支配されすっかり萎縮してしまっていた。その様子に男は満足そうな様子で、


「そうそう、やっぱり子供はお利口さんなのが一番だよ。さぁて、どうしようかな~…」


 と言いながらベルの頭を撫でる。その時であった。遥か上空から何か人間大のものが、男の正面数メートルに落下してきたのである。ハッとして男は落下地点を見た。上がった土煙が霧散していく。

 それは人間、若い男であった。青年は真っ黒でボサボサして刺々しい頭を搔きながら、気だるそうな表情で無関心でベルと男を見ていた。その顔の右半分は黒く大きなタトゥーが走っている。


「あっ、ガキ!」


 突然の状況に呆気にとられていた男の拘束が緩んだ隙をつくようにベルは走り出した。溺れる者は藁をも掴むというのだろうか、ベルは立ち尽くす青年の後ろに周り、彼を盾にするように向かい合う。男はズンズンと青年のもとに歩み寄って行く。


「おい、お前、そこどけ」


 男の言葉はどこ吹く風、まるで聞こえてなかったように無反応である。


「おい!お ま え !聞いてんのか!デカい『呪い』持ってるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 男の語気が荒ぶっていくにつれ、青年の足元にいるベルは縮こまっていく。


「もういい!お前はぶっ殺す!」


 男は握りしめた右手を構える。甲にある円の模様のタトゥーがぐっと盛り上がる。最もオーソドックスな効果である筋力増強の呪いの一種だ。


「死ねええええ!」


 男の拳は青年の顔面に向かって高速で振り下ろされる。しかし青年は拳を避ける素振りも、ましてや防御する構えもしない。


「ヒッ!」


 鈍い衝突音が聞こえ、ベルは反射で目を瞑った。目の前で起こる惨状が容易に想像できるものであったからである。しかし少しして、何か様子がおかしいことに気づく。ベルはゆっくりと瞳を開け、おずおずと青年を見上げた。そこには


「な、なん……だと……?」


 と愕然としている男と、まるで何もなかったかのように無傷で立つ青年の姿があった。

 男はゆっくりと拳を頬から離した。青年は右手で殴られた左頬をさすり、その手を胸元に持っていき、拳を握りしめ、そこから人差し指と中指だけを立てて、更にすべての指を開いた。そしてもう一度指を閉じ、最後に指を広げ、そのままだらんと腰元に垂らし、男の方をまっすぐ見た。


「お、おい。これ以上近づくな!」


 後退りする男に青年はズカズカと歩み寄る。

 そして、距離を詰めた彼はそのまま男の頬を平手打ちした。体重も載せていない、まるで母親が子供をたしなめるような平手打ちだった。

 その刹那、男は激しく回転しながら空中に飛び出した。回転体は初速の勢いのまま後方ずっと先へと飛んでいった。

 平原にはベルと青年のみが残った。青年は振り返ってベルに向かって大幅で歩み寄る。


「あ、先程はありがとうございま……ヒャッ!」


 そして青年は鼻をベルの頭に近づけ、その匂いを嗅いだ。


「え?な、何をしてるんです……」


 ベルが言い終わるか終わらないかのうちに青年は地面に倒れ込んでしまった。しゃがんで顔を覗き込むと、彼はそのまま眠り込んでしまっていた。それを見て、ベルが溢すように呟いた。


「えっと……これ、一体どういうこと?」


 ベルはおっかなびっくり青年の顔が見えるようにそのまま横になった。大の大人を軽い一発で遠くに吹き飛ばす、性格も目的も全くわからない人間に近づくのは危ないと頭では理解しながらも、それでもなぜか惹かれるなにかがあるのである。

 青年はうつ伏せになりながらも、首は90度横を向いている。顔の半分を占める呪いのタトゥーに気を取られていたが、よくよく見ると、まつげは長く、鼻は高く、謂わば端正な顔つきで、すなわち


「かっこいいなぁ」


 と、ついベルが漏らす程である。それは少女の顔であった。ハッと正気に戻ったベルはバッと身体を上げ両手を降る。


「あ!さっきのは違う!別にそういう気とかじゃなくて!あ、さっき殴られたとこ!怪我とかはしてなさそうだけど一応応急処置とか!……はぁ、寝てるのに何言ってるんだろう」


 落ち着きを取り戻したベルは正気を半ば失いかけた自分を恥じた。一呼吸置いて、


「まあ、ボクが言い出したことだし」


 とバッグの中から小さなサイズのガーゼなどを取り出し、青年の頬に貼り付けた。


「これでよし……フフッ」


 先程まで悪漢をもろともせず一打で撃退してしまった丈夫が今こんな子供に成すがままの状況なのが面白くなった。ベルは再び横になって向かい合った。

 このまま何も起こらないまま、10分ほどが過ぎた。さわさわと微風が草原を撫でると、青年の前髪が煽られ、その隙間からあるものが見えた。ベルはそれを見て驚愕した。黒い模様。呪いであった。


 呪いを2つ3つ同時掛けする人間は塔の中には珍しくないと読んだ冒険記にはあった。しかしそれはあくまで本の中の話。上層を探索する幻の存在。ベルは好奇心に浮かされ、恐る恐る前髪をかきあげた。

 額には黒い瞳があった。正しくは瞳の形をあしらったタトゥーであった。そしてその模様は、ベルが本で見てきたどれとも異なっていた。そしてそれは、模様であるにも関わらず、ベルの瞳をすぅと居抜き、頭の中の、自分が知らない自分のことまで見破り、それどころか二人の中、いやこの世界すらも見抜いてしまうような眼力を放っていた。

 再び好奇心がベルの心を燻り、彼は従うまま瞳の黒点に指を伸ばした。それが実際に触れ合う寸前、青年の体が大きく跳ねた。


「ンッ!ピャッ!」


 ベルは驚いた猫のように後退りして青年のことを観察する。いつでも逃げられるように中腰で構えている。

 その視線の先で、青年はゆっくりと上半身を起こした。

 その瞬間、ベルの瞳は再び貫かれた。

 それは額に刻まれた偽りの瞳ではなく、深海よりも更に蒼い、本物の双眸に、であった。

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