冬の夜、三回叩かれた戸を、決して開けてはいけないよ
多少脚色していますが、実話です。
こんな伝承、どなたか聞いたことありますか?
乾いた風が吹く地方だった。
寒い夜には、泣き声のような木枯らしが続く。
母はよく言っていた。
「三回ね。夜にトントントンと三回叩かれたら、絶対戸を開けてはいけないよ」
「なんで?」
「鼬がね、人の生き血を吸いに来てるから」
それは単なる、防犯の教えだったのかもしれない。
あるいは風を防ぐためか。
それでも当時は未就学児。
夜に現れる妖しげなモノの話を聞くと、背筋は一層冷えた。
父は夜勤のある仕事をしていた。
週に一回くらい、母と姉と私だけの夜を過ごすのだ。
そして木枯らしの季節となる。
その晩も、母と姉と私だけ。
いつもより早く、三人は並べた布団に入る。
ひゅうひゅうと、北風が吹いている。
風の音は寝付きを妨げる。
姉はすうすうと、寝息を立てているのだが
。
風の中、ひたひたと何かが近づく気配を感じた。
「おかあさん……」
「しっ!」
母は唇に指を当てる。
私は慌てて口を噤む。
雨戸は風で、ガタガタ揺れた。
とん、とん、とん……。
三回!
丁度三回、雨戸が鳴った。
とん、とん、とん。
さっきより強めに、雨戸が鳴る。
私は母にしがみつき、ぎゅうっと目をつぶった。
どん、どん、どん!
いる!
何かがいる!
鼬?
生き血を吸いに来たの??
母はぶつぶつと、何かを唱えている。
すると、ぴゅうぴゅう吹いていた風が、ぴたり止まった。
それからのことは、記憶にない。
母に抱きついたまま、眠ったのだろう。
翌朝、夜勤明けの父が帰宅した。
父は窓のあたりを見つめている。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ」
父は頭を振りながら、部屋に入って来る。
指先で何かを摘まんでいた。
「なんだろうなあ。窓の下に、動物の毛みたいなのが落ちている。野犬か?」
母と私は、何も言わずに朝食の準備をした。
北関東の田舎での話です。
三回はっきり聞いたのは、この晩だけでした。
母が何処で聞いた伝承だったのか、今となっては確かめる術もありません。
イタチ、可愛い生き物ですけどね、しいな様。