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他人のモノが欲しくなる猫宮さん


 私には欲が無い。


 何を食べても美味しくない。

 何を貰っても嬉しくならない。


 だけど、他人の好きなモノが好き。


 友達が美味しいと言ったら美味しくなる。

 友達が欲しいと言ったら欲しくなる。


 友達が好きだと言ったら、私も好きになる。


 中学一年生の時、勢いで友達の好きな人に告白しちゃった。

 そしたら付き合うことになった。あっさりと。


 あの時、友達が見せてくれた顔、一生忘れない。

 泣きそうな声で、無理に笑って、良かったねと言った顔……素敵だった。


 ゾクゾクした。

 あんなにも気持ちの良いことがあるんだって、癖になりそうだった。


 それはそうと、彼氏の方は直ぐに飽きた。

 一回目のデートで興味を失って、二回目は無かった。


 二回目は、別の友達が好きな人だった。

 それもまた直ぐに飽きた。


 男の子って、すごく単純。

 上目遣いで近寄って、ちょっと身体とか触らせたら、すぐ付き合える。


 つまんない。

 でも、そんな人を好きになった友達の、あの顔がたまらない。


 いわゆる、寝取り?

 べつにえっちしてないけど。

 男の子が好きなウェブサイトで大人気なの、分かっちゃうかも。


 だって楽しい。快感だった。

 麻薬ってこんな感じなのかな? やめられなかった。


 私は何度も何度も友達を泣かせた。

 そのうち噂が広がって、みんな敵になっちゃった。


 どうでもいい。

 どうせ卒業したら全部リセットだ。


 だけど、高校では大人しくしよう。

 そう思っていたのに……ああ、ダメ。我慢できない。


 高校生になって直ぐのこと。

 同じクラスになった一組の男女のこと。


 あの二人、最高。

 幼馴染? 初めて見たけど、絶対に相思相愛。


 例えば──


「新しい制服、新鮮だな」

「……ええ、セーラー服からブレザーですからね」

「似合ってるよ」


 こんな風に男の子が口説くと、


「……はいはい、そうですか」


 女の子は分かりやすく顔を逸らして、分かりやすい照れ隠しをする。


 お似合いの二人だ。

 でも、付き合ってないらしい。


 女の子の方は、距離が近過ぎるせいで男の子の好意が分からないみたい。

 男の子の方も、相手の反応が良くないから、なんだか自信なさげ。


 だから私は、女の子の方と友達になった。

 彼女と話をして、とてもとてもビックリした。今時小学生でもノリでえっちしてるのに、あの子は少年マンガのヒロインみたいにピュアだった。


 もしも私が彼と付き合ったら、どんな顔を見せてくれるのだろう?


 想像するだけで興奮した。

 普段は味すらも感じられない一人の食事が美味しく思える程だった。


 だから仕方ないよね。

 女の子が……七海(ななみ)が悪いんだよ?



「七海、ご機嫌だね」



 ある日のこと。

 教室に入った私は、見るからに嬉しそうな友人の姿を見付けた。


「何か良いことあった?」


 彼女の机に頬杖を付いて問いかける。

 彼女は澄ました表情をして、少し目線を横に向けてから言った。


「……いえ、何もないですよ?」


 絶対に嘘だ。

 何も無いと言った声も弾んでいる。


早坂(はやさか)くん関連?」


 私は男の子の名前を出した。

 そしたら図星だと面白いくらいに表情が語ってくれた。


「七海、やっぱり早坂くんのこと好きなんだ」

「……いえ、ただの幼馴染です」

「本当に?」

「本当です」


 あくまで白を切るつもりみたい。


「私が告っても大丈夫?」

「……え?」


 だから私が先手を打った。


「早坂くん、かっこいいよね」

「……いやいやいやいやいやいや」


 彼女は顔の前で素早く手を振った。


「……ど、どこが好きなんですか?」

「どこだと思う?」


 七海が好きだからだよ。

 本音を言うのはダメだから、そんな風にごまかした。


 彼女は面白いくらいコロコロと表情を変える。

 ああ、ダメだ。やっぱり最高。まだ前菜なのに、すっごく楽しい。


 はぁ、見たいなぁ。

 もしも私が早坂くんと付き合うことになったら、どんな顔するのかな?


「べつに、私に許可を取る必要は無いですよ」


 あら? 少し予想外の反応だ。

 もしかして揶揄われると思ったのかな?


 ……まあ、いっか。

 言質、取れちゃった。

 これで私が「趣味」に走っても、友達のままで居られるよね。


「分かった。じゃあ今日告る」

「待ちなさい」


 彼女が初めて必死な表情を見せた。

 ゾクリとした。何度も見たとろける程に甘い表情だった。


「……え、マジなの?」

「うん。本気だよ」


 すごく驚いてる。口調まで変わってる。

 いつも丁寧語なのに、焦ると「マジなの?」とか言うんだ。かわいい。


「なんで? 二人、話したこと、あったっけ?」


 すごく必死な様子。

 楽しい。最高だよ。七海ちゃん。


「なんか、面白いなって」


 だからこの一言だけ、本当の理由を教えてあげるね。


「あ、早坂くん来たね」


 それから私は強引に会話を打ち切って、自分の席に戻った。



 *   放課後   *



「ごめんね。急に呼び出して」


 特別教室が集まる校舎の裏側。

 今時ラインで済ませる人も多いけど、私の場合は対面の方がやりやすい。


「早坂くん、好きな人とか、いるの?」


 あはは、びっくりしてる。

 なんで今さら? このシチュエーション、告られるって分からなかったのかな?


「私は、いるよ」


 ここからは演技の時間。

 本音を胸に秘め、それらしい表情と声音を作って、彼に近寄る。


 それから少し手を伸ばせば届く距離で、私は言う。


「私と、付き合ってみない?」


 まずはストレートに要件を伝える。


「あんまり話したことないじゃん? だからお試しみたいな感じでさ」


 次は少し焦った様子で、早口で言う。


「……私は、本気だけどさ」


 最後に照れた態度で、顔を横に向けて言ったら終わり。

 七海の方がピュアだったから、手でも握ってやれば完璧かな?


「……どうかな?」


 私にとっては慣れたこと。

 今まで同じやり方で何度も告白を成功させた。


 きっと今回も同じ。

 ──この瞬間までは、確信していた。


「ごめん。好きな人が居る」


 ……は?


「……七海?」

「そうだ」


 ……はぁ?


「……本気?」

「もちろん」


 ありえないでしょ。

 でも、まだこれから。この程度じゃ諦めないよ?


「……そっか、すごいね」

「気持ちは嬉しかった。でも、そういうことだから。ごめん」

「待って」


 早々に去ろうとした彼の手を握って引き留める。


「いつも、あんなに冷たくあしらわれて、それでも好きなの?」

「それでも好きだ」

「……卒業するまで、ずっと同じ態度かもよ?」

「その時は、その時だ」

「もったいないよ! だって、一度きりの高校生活だよ?」


 彼を握る手に力を込める。

 瞳に涙を浮かべて、熱の入った演技をする。


「私にしよ? いつでもデートできるよ? お弁当とか作るよ? 恋人と一緒の方が絶対に楽しいよ?」

「……悪い。気持ちは嬉しいけど」

「私なら! ……子供ができちゃうこと、してもいいよ?」


 これが最後。

 ここまでやってダメな訳ない。ありえない。


 落ちろ。落ちろ。落ちろ。

 私を選べ。七海なんか捨てろ。私にしろ!


「悪い。そういう好きじゃないんだ」

「……なにそれ」

「彼氏とか彼女とか、そういうの興味無い」

「……なにそれ。七海こと、好きなんじゃないの?」

「好きだよ。だからずっと一緒に居たいと思ってる」


 意味わかんない。意味わかんない。

 はぁ? マンガの読み過ぎなんじゃねぇの!? ありえねぇからそんなの!


「……そっか」


 でも仕方が無い。

 ここは引くしかない。


「……私、諦めないから」


 彼から手を離して走り去る。

 初めて振られた。初めて計画通りにならなかった。


 悔しい。

 そして、その分だけ欲しくなった。


 絶対、手に入れる。

 その決意と共に私の高校生活は、あらためて始まった。



 ──上手く行かなかった。



 同じ部活に入った。

 七海と、彼と、私と、あとは先輩が一人。

 私が部員一人だけの部を見つけて、二人を誘った。

 

 心理学の本に書いてあった。

 勢いで振っちゃうけど、後で惜しくなるパターン。

 他にも単純接触効果というもので、会う回数が増えると好きになっちゃうパターン。


 私は毎日アピールした。

 偶には嗜好を変えて引き離したりもした。


 でも望む結果は得られない。

 本気で意味が分からなかった。


 私に魅力が無い?

 いや、そんなのありえない。


 中学時代は何回も告白を成功させた。

 高校に入ってからだって、何度か告白された。


 どうして彼だけが私を好きにならないのだろう。

 おかしい。おかしい。絶対におかしい。ありえない。


 

 ──ある日、チクリと胸が痛んだ。



 それは、いつもと変わらない時間。

 私と七海と早坂くん。三人で会話している時間。


 二人が楽しそうに話している姿を見て、どうしてか痛みを感じた。


 ……あれ?


 最初は気にしなかった。

 身体のどこかが急に痛むことなんて珍しくないよねと、それくらいにしか思わなかった。


 でもその回数は日に日に増えた。

 しかも、二人が楽しそうに話している姿を見た時にだけ、チクリと痛む。


 ……ありえない。


 初志貫徹。

 私の目的は変わってない。


 ……絶対、認めない。


 さっさと終わらせる。

 これまで以上に本気で仕掛けた。

 だけど、それすらも苦しいと感じるようになっていた。


 最初はなんともなかったのに。

 私の告白を断るなんてありえないって、怒りの感情しかなかったのに。


 ……ありえない。


 悪夢を見るようになった。

 例えばそれは、七海と彼がキスをしている夢。


 絶望的な気持ちになる私を見て、彼女が言うのだ。


「ほんとだ。これ、楽しいね」


 次の瞬間、彼女の姿が変わる。

 他でもない。私の姿だ。他人の片思いを踏み躙った私が、夢に出るようになった。


 ……絶対に違う。


 私は恋なんてしていない。

 この感情は気の迷いだ。あまりにも上手く行かないから、ストレスで悪夢を見ているだけだ。


 でも、考えてしまう。

 もしかしたら、あの子たちも、こんな気持ちだったのかな。


 楽しくない。

 こんなの、全然楽しくない。


 ……違う。違う。違う。そんなはずない!


 否定する程、確信に変わる。

 お似合いな二人を見る度、辛くなる。


 さっさと切り替えればいい。

 いわゆる損切だ。百発百中なんて無い。今回たまたま失敗しただけ。

 

 そうだよ。諦めよう。

 べつに、七海の失恋した顔が見たかっただけ。


 無理することない。

 標的を変えるだけ。それでまた楽しくなる。


 ……あれ?


 いつも通り、友達と恋バナをした。


 ……おかしいな。


 友達の言った好きな人が、全然魅力的に見えない。


 ……なんで?


 頭の中で、勝手に比較が行われる。

 彼とその人を比べて、いつも彼が勝つ。


 もう、認めざるを得なかった。

 私の目的は達成できない。そして私は、絶対に叶わない恋をしてしまった。


 その夜、お風呂上がりに鏡を見た。

 そこには、ずっとずっと求めていた顔があった。


「……全然、楽しくない」

 

 初めて理解した。

 きっとこれが、失恋の痛みだ。


 純粋な彼を知る度、他人の想いを踏み躙り続けた自分と釣り合わないことを分からされる。

 純粋な彼女を知る度、彼の隣には彼女の方が相応しいと痛感させられる。


「……あはは」


 鏡を見て、笑った。

 そこに映っている顔は、これまでに見たどんな「失恋」よりも、惨めだった。





■読者さんへ■

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― 新着の感想 ―
[良い点] クズ過ぎて人間らしい……。
[良い点] 反省して後悔して真人間になるのか、 更に拗れた人間になるのか、 …神のみぞ知る、やね。
[良い点] お邪魔致します。 主人公の想いが変わっていく過程、揺らぎといった 心理描写が秀逸だったと思います。 いや、まあ、専門家でもない人間がこんなこと言っても 説得力ないけれども(苦笑)。 …
2022/08/26 22:35 退会済み
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