呼ばれなかった子
あたしたちの遊ぶかくれんぼは、少し変わっているらしい。
「何それ、変なの。東京だと、そんなことしないよ」
二歳年上の従姉妹の絵里ちゃんは、あたしの話をさえぎって、強い口調で言いきった。
毎年夏休みになると、絵里ちゃんは叔父さんと叔母さんと十日くらい遊びに来ている。
はっきり言って、あたしは絵里ちゃんが嫌いだった。
三歳まではこの村にいたのに、何かあると、「東京だと、そんなことしないよ」と言う。
そういう時は、いつもバカにしたような、見下すような響きがあった。
言い返したいのに、言い返す言葉が見つからない。
「遊んでみればいいだろ」
お兄ちゃんが突然割り込んできた。
「絵里ちゃんだって、やってみないと分かんないだろ」
「うん!」
絵里ちゃんはお兄ちゃんの言うことだと、大体聞く。
そして、お兄ちゃんは同じ歳の絵里ちゃんには甘い。
「健人と勇、誘うから、お前も誰か誘ってこいよ」
断りたいけど、絵里ちゃんが関わっている以上、従うしかない。
絵里ちゃんに甘いのはお兄ちゃんだけじゃない。
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、「絵里ちゃんはこっちに友だちがいないんだから、あんたが仲良くしなさい」と絵里ちゃんの味方をする。
絵里ちゃんは来年から中学生なんだから、絵里ちゃんが、あたしに優しくしてくれてもいいのに。
しょうがない、とあたしは友だちの愛ちゃんと玲奈ちゃんを誘った。
※
私たちが遊ぶかくれんぼは、鬼の子が数を数え終わったら、「もういいかい?」と聞く前に、隠れている子の名前を呼ぶだけ。
たったそれだけ。
なのにバカにされる意味が分からない。
名前を呼ぶのは、誰が隠れているか、確認することがためなのだという。そうじゃないと、隠れている子が「隠されて」しまうらしい。
誰に隠されるのかは知らない。けど、みんなそう言ってるし、そうやって遊んでる。
「それじゃあ、数えるよ」
蝉の鳴き声が響く、夏休み中の小学校の校庭。
隠れる場所は校庭だけ、と決めて、あたしたちのかくれんぼは始まった。
あたしはしゃがみこんで両手で顔を隠すと、五十数え始めた。
じゃんけんで鬼を決めよう、と健人くんが言ったのに、絵里ちゃんが強引にあたしを鬼にしてしまった。
「四十九、五十! えーと、愛ちゃんと、玲奈ちゃんと、健人くんと……勇くんと、えーと……あと、翔太お兄ちゃん。もういいかいー?」
戸惑うふりをして、あたしはわざと絵里ちゃんの名前を呼ばなかった。
ちょっとした、いじわるのつもりだった。
「もういいよ」
とみんなの声が聞こえた。
あたしが顔を上げた瞬間、黒い人影がサッと横を通り過ぎて行った。
不審者、と呼ぶには小さな影は、まっすぐ近くの茂みに向かう。
『まぁだだよ』
黒い影の顔は真っ黒で見えない。なのに、あたしの方を見て、笑った気がした。
「あんた、なんなの!」
茂みの中から、絵里ちゃんが現れた。
「ねぇ、朋美!」
あたしは動けなかった。お兄ちゃんも、友だちも隠れていて出てこない。
まだ、待たないといけない気がした。
ぐにゃり、と黒い影の姿が歪み、絵里ちゃんに覆い被さった。
そして、黒い影も絵里ちゃんも消えてしまった。
「朋美ちゃん、もういいよ」
「どうしたの?」
「……絵里ちゃんが」
「絵里ちゃん? 絵里ちゃんがどうかしたのか?」
いつまでたってもあたしが動かなかったからか、お兄ちゃんたちが隠れていた場所から出てきた。
その中に、絵里ちゃんの姿はなかった。
みんなで探しても、絵里ちゃんは見つけられなかった。
大人が探して、警察が探して、ニュースにも取り上げられた。
それでも、絵里ちゃんは見つからない。
あたしは、絵里ちゃんの名前を呼ばなかったから、絵里ちゃんが黒い影に隠されたことを、隠してしまった。
※
高校に進学する時、私は県外にある高校を選んだ。逃げるように高校の寮に入り、東京の大学に進学した。
そのまま東京で就職して、村を離れて十年が経とうとする。
その間、仕事を理由に、村にはほとんど帰っていない。
あの村に帰ると、
「もういいよ」「まぁだだよ」
と、まだ見つからない絵里ちゃんと、あの黒い影の声が聞こえてくるから。