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呼ばれなかった子

作者: 二月 宴

 あたしたちの遊ぶかくれんぼは、少し変わっているらしい。


「何それ、変なの。東京だと、そんなことしないよ」


 二歳年上の従姉妹の絵里えりちゃんは、あたしの話をさえぎって、強い口調で言いきった。

 毎年夏休みになると、絵里ちゃんは叔父さんと叔母さんと十日くらい遊びに来ている。

 はっきり言って、あたしは絵里ちゃんが嫌いだった。

 三歳まではこの村にいたのに、何かあると、「東京だと、そんなことしないよ」と言う。

 そういう時は、いつもバカにしたような、見下すような響きがあった。

 言い返したいのに、言い返す言葉が見つからない。


「遊んでみればいいだろ」


 お兄ちゃんが突然割り込んできた。


「絵里ちゃんだって、やってみないと分かんないだろ」

「うん!」


 絵里ちゃんはお兄ちゃんの言うことだと、大体聞く。

 そして、お兄ちゃんは同じ歳の絵里ちゃんには甘い。


けんいさむ、誘うから、お前も誰か誘ってこいよ」


 断りたいけど、絵里ちゃんが関わっている以上、従うしかない。

 絵里ちゃんに甘いのはお兄ちゃんだけじゃない。

 お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、「絵里ちゃんはこっちに友だちがいないんだから、あんたが仲良くしなさい」と絵里ちゃんの味方をする。

 絵里ちゃんは来年から中学生なんだから、絵里ちゃんが、あたしに優しくしてくれてもいいのに。

 しょうがない、とあたしは友だちのあいちゃんと玲奈れなちゃんを誘った。


 

 私たちが遊ぶかくれんぼは、鬼の子が数を数え終わったら、「もういいかい?」と聞く前に、隠れている子の名前を呼ぶだけ。

 たったそれだけ。

 なのにバカにされる意味が分からない。

 名前を呼ぶのは、誰が隠れているか、確認することがためなのだという。そうじゃないと、隠れている子が「隠されて」しまうらしい。

 誰に隠されるのかは知らない。けど、みんなそう言ってるし、そうやって遊んでる。


「それじゃあ、数えるよ」


 蝉の鳴き声が響く、夏休み中の小学校の校庭。

 隠れる場所は校庭だけ、と決めて、あたしたちのかくれんぼは始まった。

 あたしはしゃがみこんで両手で顔を隠すと、五十数え始めた。

 じゃんけんで鬼を決めよう、と健人くんが言ったのに、絵里ちゃんが強引にあたしを鬼にしてしまった。


「四十九、五十! えーと、愛ちゃんと、玲奈ちゃんと、健人くんと……勇くんと、えーと……あと、翔太お兄ちゃん。もういいかいー?」


 戸惑うふりをして、あたしはわざと絵里ちゃんの名前を呼ばなかった。

 ちょっとした、いじわるのつもりだった。


「もういいよ」


とみんなの声が聞こえた。

 あたしが顔を上げた瞬間、黒い人影がサッと横を通り過ぎて行った。

 不審者、と呼ぶには小さな影は、まっすぐ近くの茂みに向かう。


『まぁだだよ』


 黒い影の顔は真っ黒で見えない。なのに、あたしの方を見て、笑った気がした。


「あんた、なんなの!」


 茂みの中から、絵里ちゃんが現れた。


「ねぇ、とも!」


 あたしは動けなかった。お兄ちゃんも、友だちも隠れていて出てこない。

 まだ、待たないといけない気がした。

 ぐにゃり、と黒い影の姿が歪み、絵里ちゃんに覆い被さった。

 そして、黒い影も絵里ちゃんも消えてしまった。


「朋美ちゃん、もういいよ」

「どうしたの?」

「……絵里ちゃんが」

「絵里ちゃん? 絵里ちゃんがどうかしたのか?」


 いつまでたってもあたしが動かなかったからか、お兄ちゃんたちが隠れていた場所から出てきた。

 その中に、絵里ちゃんの姿はなかった。


 みんなで探しても、絵里ちゃんは見つけられなかった。

 大人が探して、警察が探して、ニュースにも取り上げられた。

 それでも、絵里ちゃんは見つからない。


 あたしは、絵里ちゃんの名前を呼ばなかったから、絵里ちゃんが黒い影に隠されたことを、隠してしまった。



 高校に進学する時、私は県外にある高校を選んだ。逃げるように高校の寮に入り、東京の大学に進学した。

 そのまま東京で就職して、村を離れて十年が経とうとする。

 その間、仕事を理由に、村にはほとんど帰っていない。

 あの村に帰ると、


「もういいよ」「まぁだだよ」


と、まだ見つからない絵里ちゃんと、あの黒い影の声が聞こえてくるから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 地域によって遊びのルールが違うのは よくあることですが この『かくれんぼ』のルールは なんだか、とても単純ではあるけれど 本当にありそうな事に感じられて 純粋にホラーな感じがしました。 …
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