冒険者ギルド 2
「・・・飯」
しかし当のトージローが見ていたのは、大男が握りしめている骨付き肉だけであった。
彼はその緩んだ口元から涎を垂らしながら、ふらふらと肉に向かって歩いていく。
それは不思議と、戦いのためにゆっくりと間合いを詰めている姿にも見えなくはなかった。
「ちっ・・・こうまではっきり舐められちゃ、無視も出来ねぇ。おい、爺さん!死ぬんじゃねぇぞ!!」
間合いをはかるようにゆっくり近づいてくるトージローはしかし、両手をふらりと遊ばせたままの無防備な姿だ。
トージローのような老人にそんな姿で挑発され、黙っていては冒険者としての沽券に係わると、大男はこぶしを握り締めると彼に向かって振り下ろす。
「飯ぃ!!」
しかし大男が握りしめたこぶしを振るうという事は、その反対側の腕もまた反動に振り回されるという事だ。
大男が半端に齧り付き、たっぷりと肉が残ったままの骨付き肉を握ったその腕が。
「っとと・・・あぁ、何だ?何が起こった・・・?」
大男が握った骨付き肉へと飛びついたトージローは、彼の目の前から消え去るような速度で動いている。
その速度についていけなかった大男は、そのこぶしを思いっきり空振り、バランスを崩しては不思議そうに首を捻っていた。
「おいおい、なーにやってんだ!!」
「そんな爺相手に、情けねーぞ!ぎゃははは!!」
「うるせぇ!!ちっと、手加減しすぎただけだっつーの!!!」
よぼよぼの老人相手に思いっきり空振りをし、バランスを崩してつんのめっている大男の姿に、それを見ていた仲間達がゲラゲラと笑い声を響かせる。
それに手加減してただけだと言い返した大男はトージローへと振り返ると、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情をしていた。
「悪いが、もう手加減は出来ねーぞ爺さん。恨むんだったら、自分を恨むんだな!!」
宣言通り、手加減をするつもりはないらしい大男はその両手を握り締めてトージローへと襲い掛かる。
その片方の手には、相変わらず骨付き肉が握られていた。
「飯ぃ!!」
「ちっ!この・・・ちょこまかと!!」
骨付き肉を握り締めたまま殴り掛かる大男の姿は一見馬鹿馬鹿しいが、骨という硬いもの握りしめた彼のこぶしは先ほどよりも確実に威力が上がっているだろう。
それは目の前の老人を殺しても構わないという、彼の覚悟を物語っている。
しかしそんな覚悟も、当たらなければ何の意味もない。
「ふざけやがって!もうどうなってもしらねぇぞ!!」
大男が振るう腕に釣られて、ちょこまかと動いているトージローに、彼は狙いを定めきれずに何度も空振りを繰り返している。
そうしてやがて我慢の限界といった様子となった大男は、もはや形振り構わないと全力で振りかぶる。
そこから繰り出されたこぶしは、今までのものとは比べ物にならないほどに速く、鋭いものだった。
「飯ぃ!!!」
そしてそのために反動に動いた反対側の腕の動きもまた、今までで一番大きい。
それには当然のことながら、今だに齧りかけの骨付きが握られており、それへと飛びついたトージローは、大男と交差するようにすれ違っていく。
「んな、馬鹿な!?うおぉ!?やべぇ、バランスが・・・ぐはぁ!!?」
とんでもない速度で自分の横を通り過ぎていくトージローの姿に、大男は思わずそちらへと目を向けてしまう。
しかし全力でこぶしを振り切り、それ空振ってしまった大男は当然のようにバランスを崩しており、その状態で正面から視線を逸らしてしまった彼は、そのまま足を縺れさせ倒れてしまう。
そして顔面を床へと強打してしまった彼は当たり所が悪かったのか、そのままぐったりと倒れ伏してしまっていた。
「ぎゃははは!!おいおい、なに伸びてんだよ!冗談もほどほどに・・・って、おい?いつまで伸びてんだよ、さっさと・・・」
「おいあれ、マジなんじゃねぇか?」
「は?んな訳・・・マジかよ」
地面へと倒れ伏し伸びてしまった大男の姿に、仲間達は始め彼の事を指差しては大声で笑っていた。
しかしそれが冗談ではないと分かると、何やら不穏な空気を醸し出し始める。
「おい・・・」
「あぁ、分かってる」
お互いの身体を肘で突き、目配せをした男達は一斉に席を立ち上がる。
そして彼らは、大男の向こう側で彼から奪った骨付き肉を美味しそうに齧っているトージローを取り囲んでいた。
「おい爺さん、悪いがボコらせてもらうぞ?」
「恨むんなら、自分を恨みな。こっちも面子が掛かってんだ、こんな事されてなぁ・・・はいそうですか、じゃ済まされねぇんだよ!!」
トージローを取り囲んだ大男の仲間達は、彼を囲んでボコボコにすると宣言している。
そしてその宣言通り、トージローに殴りかかっていた。
「ここ、あいつらの席よね?」
「そうだが・・・えっ!?」
「よかった。だったら、これは貰っても構わないわよね?もぐもぐ・・・何これ、美味しー!!」
そうした喧嘩は日常茶飯事なのか、周りの冒険者も特に彼らを止めようとはしない。
しかし流石に今回は相手が相手だけに、はらはらとした表情でそれを見詰めていた客の一人に、女性の声が掛かる。
それに曖昧に答えそちらへと顔を向けた客は、驚き固まってしまう。
何故なら彼に声を掛けてきたのは、今まさに襲われようとしている老人の連れである、金色の髪の少女であったからだ。
「お、お嬢ちゃん!?い、いいのかい!?そんな事してて!!?」
「んー?いいのよ、別に。どうせあいつらには、もう必要ないんだから」
「い、いやそっちではなく・・・ん?もう必要ない?」
大男達が後にしたテーブルへとつき、そこに残された食事を摘まんでいるカレンは、その美味しさに舌鼓を打っている。
そんな彼女のそれどころじゃないだろうと、至極真っ当なツッコミを入れる隣の席の客に、カレンは的の外れた返答を返していた。
「そうよ。だってあいつらはもう、これを食べられなくなるんだから」
しかしそのカレンの的の外れた返答に、隣の席の客はどこか引っ掛かりを感じていた。
彼らにはもう必要ないと彼女は言う、それは一体どういう意味だろうか。
彼の疑問に、カレンはもう一度同じ内容の言葉を繰り返す。
そうして彼女は、残っていた骨付き肉へと齧り付くと、その肉を引き千切っていた。
そして事実、彼女の言葉通り彼らがそれを口にすることはなかった。
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