デリック・キングスガーターの帰還
「これ以上、魔物共を近づかせるな!!城門に取りつかれたらお終いだぞ!!おい、雑魚共はいい!!大型の魔物を狙え!!そうだ、そいつを・・・よし、よくやった!!次は向こうの奴だ、分かるな!?」
「はい!!」
東の城門その胸壁の上から身を乗り出すように足を掛け、がなり立てている口髭の隊長は、眼下に広がる景色にさらにその声を高くしている。
彼が見下ろすその先には、余りに多くの魔物達が押し寄せてきていた。
それは彼らの頑張りの為か、まだ城門にまでは何とか取りつかせてはいなかったが、それも時間の問題に思える状況になっている。
そんな状況にどうにか声だけでも張り上げて士気を高めようとする隊長は、近くで石弓を放とうとしていた兵士へと肩をぶつけると、その狙いについて指を指しては指示を出す。
それを見事達成してのけた兵士に彼は次の指示を出すと、その肩を叩いてまた別の場所へと向かおうとしていた。
「っ!?何だこの揺れは!?」
その時、城門に轟音が響き、それと共に激しい揺れが襲ってきていた。
それに足を取られバランスを崩した隊長は、何とかそれを取り戻すと何が起こったのかと兜を押さえながら周りへと視線を向けていた。
「た、大変であります、隊長!!」
「どうした、何があった!?えぇい、お前達は自分達の仕事に集中しろ!敵は待ってはくれんのだぞ!!」
周囲の建物が崩れてくることを警戒して低い姿勢を取っている隊長に、転がり込むような勢いで兵士が駆け込んでくる。
何やら報告があると慌てた様子で駆け込んだ兵士に、隊長はすぐに彼へと駆け寄りその身体を助け起こしている。
そんな彼らの様子を周りの兵士はその手を止めて窺っており、それに気づいた隊長は彼らを怒鳴りつけては各々の仕事へと戻していた。
「それで、何があったのだ!?ついに城門に取りつかれたのか!?」
「ち、違います!!そ、その・・・城門が内側から破壊されました!!」
「・・・何だと?」
周りの兵士達が自分の仕事へと戻ったのを確認した隊長は、改めてやってきた兵士へと向き直ると、彼が何を報告しに来たのかと尋ねていた。
隊長は自ら想定出来る最悪の事態を口にし、それが起こったのではないかと彼に尋ねていたが、彼が報告してきたのは隊長の予想以上の出来事であった。
「城門が破壊された?それも内側からだと・・・おかしいではないか!?内側から攻め寄せてきたアンデッド共は既に一掃した筈だ!それなのに拘わらず、内側から城門が破られただと・・・外側からの間違いではないのか!?」
「い、いえ間違いありません!!この目で見ました!!何か、こう・・・衝撃波のようなものが街の中心から飛んできて、それが城門を打ち破るのを!!」
城門が外から破られたのならばともかく、内側から破られたとは意味が分からないと隊長は叫ぶ。
城門の内側、そこに押し寄せていたアンデッドは彼自らが兵を率いて早々に一掃した筈なのだ。
それなのにも拘わらず、そちらから城門が破られたと話す兵士に、隊長は訳が分からないと頭を抱えている。
そんな隊長に報告に来た兵士はそれを間違いなくこの目で見たと話し、その光景も説明するがそれは余計に彼の頭を混乱させるだけであった。
「えぇい!!言っている意味が分からん!!とにかく、城門が破られたのは間違いないのだな!?」
「はっ、間違いありません!!」
「・・・不味いな。城門が破られてしまえばこんな場所、簡単に落ちるぞ・・・」
兵士が話す奇想天外な光景に隊長は理解を諦めると、確かめなければならない事実だけを彼へと尋ねる。
それに対して踵を鳴らして答えた兵士に、隊長は深刻な表情で考え込むと、不吉な未来を口にしていた。
「くっ、すぐに何とかしなければ!しかし、一体どうやって・・・そうだ!アンデッド共を抑えるためのバリケードがある!!あれを使えば・・・」
その扉が破壊された城門は、防衛施設としての効力を著しく落としている。
それを危惧する隊長は、今すぐ何とか出来ないかと考え、あるアイデアを思いついていた。
それは今はもう一掃した、アンデッドを防ぐために積み上げていたバリケードを使う事だった。
内側から謎の力によって破壊された城門に、それがまだ残っているかは不確かであったが、それを破壊された城門の代わりにそこに配置することが出来れば、多少の効果はある筈であった。
「た、大変です、隊長!!」
「えぇい!今度は何だ!?」
隊長が思いついたアイデアを実行に移そうと周りに指示を出そうとしていると、そこに先ほどとは別の兵士の慌てた声が聞こえてくる。
それをよく見れば、先ほど彼が声を掛けた城門のすぐ近くを守っている兵士からのものであった。
「あ、あれを・・・」
「何だ!?報告ははっきりしろとあれほど・・・あ、あれは・・・」
慌てた様子で声を掛けてきた兵士に駆け寄った隊長へと、彼は真っ青な顔で胸壁の向こうを指差していた。
それにグチグチと文句を零しながらも、言われた通りに胸壁の間から顔を覗かせた隊長は、そこにオーガやトロルといった大型の魔物が群れを成して城門に突っ込んできている姿を見ていた。
「今、あれに入られれば止めようが・・・止めろ、奴らを止めろぉぉぉ!!!」
謎の現象によって城門を破られた今、彼らを止めるものはない。
そしてそんな魔物達に街の中に入られてしまえば、ただの兵士である彼らにそれを止める術などなく、どれだけの被害が出るのか分からなかった。
それを悟った隊長は、顔を真っ青に染めて叫ぶ。
何が何でも、奴らを止めろと。
「駄目です!!もうここからでは狙えません!!」
「・・・何、だと?では、もう・・・」
しかしそれに返ってきたのは、無慈悲な答えであった。
胸壁を身を乗り出してやっと姿が見える位置にまで近づいている魔物達に、それらはもはやそこからは狙えない。
そしてその間にも、その魔物達は今まさに彼らが立っている場所の下を通り抜けようとしていた。
その事実に、隊長はがっくりと膝を折り、その場へと崩れ落ちる。
その姿は、ここがたった今落ちたことを示していた。
「おーおー、なんだか賑やかな事になってんなぁ・・・ったく、ようやく長旅から帰ってきたってのに、休む暇もねぇのかよっと!」
その城門を攻める魔物の群れの向こう、一人現れたその男の呟きは、城門の上の隊長達には届かない。
しかしそれならば、間違いなく届いただろう。
その男が投げつけた大剣が空気を切り裂く音と、それに貫かれ地面へと倒れ込んだオーガの音は。
「あれは・・・隊長!!隊長、あれを見てください!!」
それらの音は、決して大きいものではない。
しかし自分の足元から響いたそれに、石弓を手にしていた兵士は気がつくと、その音の出所を探して胸壁から顔を覗かせる。
そして彼は見つけていた、城門の向こう遠く離れたその場所に佇む、その男の姿を。
「今度は何だ?今更、何を私に見せようというのだ・・・ふんっ、城門を守り切れなかった無能な指揮官に、その悲劇の結末でも見せようというのか?あぁ、確かに私は見届けるべきだろうな、例えそれがどんなに辛くとも・・・」
「違いますって!!ほらあれ、デリックさんですよ!!あのデリックさんが帰ってきてくれたんですよ!!!」
「何だと!?」
デリック。
その名を耳にした隊長は、慌てて胸壁へと駆け寄ると、その場に噛りついていた兵士を突き飛ばす。
そしてそこから顔を覗かせた彼は目にしていた、そのトレードマークである大剣こそ手にしてはいないものの、物凄い勢いで周囲の魔物を薙ぎ払いながらこちらへと近づいてくるその男の姿を。
「そら、そら、そらよっと!!悪いが踏み台になってもらうぜ!!!」
予備の武器であろう長剣を手にした眼帯の男、デリックは周囲の魔物を薙ぎ払いながら物凄い勢いで城門へと近づいていっている。
そして彼はそろそろいいかと顔を上げると、近くの魔物を踏みつけにして大きく飛び上がっていた。
「返してもらうぞっと」
そして一気に城門にまで辿り着いた彼は、そこで倒れ伏していたオーガの背中から自らの得物である大剣を引き抜く。
その周囲では、彼を警戒するオーガやトロルといった大型の魔物が待ち構えていた。
「そんじゃ、ま・・・もう一暴れするとしますかね?」
大剣を引き抜き、それを肩へと担いだデリックは、長旅のコリを解すように首を鳴らしては周りの魔物達へと視線を向けている。
その態度は余裕に満ち溢れており、周りの魔物達のピリピリとした様子とは対照的であった。
そしてまるで一風呂浴びるかのような気軽な様子で呟いた彼は、それとは裏腹に余りにも激しい勢いで大剣を振り回し始める。
その激しい戦闘音は城門の上にまで響き、そこにいた兵士達は皆一斉にこぶしを空へと突き上げると、勝利の雄たけびを上げていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。




