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ボケ老人無双  作者: 斑目 ごたく
トージロー
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愛の力

「痛たたた・・・」


 咄嗟に掲げた杖によって何とか直撃を避けたカレンもその衝撃は凄まじく、彼女はかなりの距離を吹っ飛ばされてしまっていた。

 それはどうやら、彼女が先ほどまでいた野次馬達の所にまで届いたらしく、彼らは彼女を避けるように輪を作り、ざわざわと騒いでいた。


「っ!そうだ、それよりトージローは!?どうなったの!?」


 地面を激しく転がり、あちこち痛む身体を擦っていたカレンは、今がどんな状況であるかを思い出すと慌てて顔を上げる。


「ふー、ふー、ふー・・・!!!」


 その視線の先では、先ほどと変わらず目を血走らせ、その口元から涎をダラダラと垂れ流しているトージローの姿があった。


「あーーーもーーー!!まだ興奮状態だーーー!!折角ドラクロワを倒してたのに・・・これじゃ全然意味ないじゃん!!あぁもう、どうすればいいの!?どうすればいいのー!?」


 ドラクロワという強大な敵を倒したと思ったら、トージローというもはや手の施しようのないもっと強大な敵が現れてしまった。

 そんな事態に頭を抱えるカレンは、一体どうしたらいいのかと右往左往している。

 そんな彼女の対して、トージローはゆっくりと近づいてきていた。


「あんさん、そんな所で遊んどらんと、どっかいってくれまへんか!?ほらみぃ!あんひと、こっち来てもうとるがな!!ほら、早うあっちいって!!」


 そのトージローの姿は誰から見ても危険に見えるのか、野次馬の中から一人の恰幅のいい女性が飛び出してきて、その標的となっているカレンにどこかへ行ってくれと急かしている。


「貴方はあの時の・・・そうだ、マニヤさん!」

「誰が、マニヤやねん!!マリアやマリア!!えぇい、そんなんはどうでもええ!!早うどっかいきぃ!!ほら早う!!」


 それはかつてカレンの神殿を訪れたあの商人の女性、マリアであった。

 こんな状況にも拘わらず、それを思い出しては嬉しそうな声を上げるカレンに、彼女は早くどこかに行ってくれと必死に急かせている。

 彼女の焦りが物語るように、トージローはもはやカレンのすぐ後ろにまで迫っていた。


「トージロー様・・・私が正気に戻して差し上げます!!私の、愛の力で!!」


 そんな危機的状況に、一人の女性が立ち上がる。

 それはトージローに思いを寄せている女性、レティシアであった。


「駄目ですって!!?あんなのに近づけたら、私が殺されちゃいますから!!」

「行かせてください、エステルさん!行かせて!!」


 しかしトージローの下へと駆け寄ろうとしていたレティシアは、その一歩を進んだところで後ろから羽交い絞めにされている。

 それを止めたエステルは、そんな事を彼女にされては自分の首が危ないと、必死の形相で彼女へとしがみついている。

 その必死さには、流石のレティシアもそれを振り解くことは出来なさそうであった。


「ほっ・・・よかった。そんな愛の力なんかでこの状況がどうにかなる訳が・・・待てよ?」


 エステルによって止められたレティシアに、カレンはほっと胸を撫で下ろしている。

 レティシアが口にした世迷いごとなどでトージローが正気に戻る訳がなく、却って彼女を危険に晒すだけだと、カレンは安堵していた。

 しかしレティシアが口にしたそれは、本当に世迷いごとだろうか。


「そうだ、確か!!マニヤさん!少し、お願いしてもいいですか!?」

「だから、マリアやっちゅうねん!!何やお願いって、こんな時に・・・うちは嫌やぞ!!絶対にやらへんからな!!」


 レティシアの言葉から何かを閃いたカレンは、後ろを振り返るとマリアへと頭を下げている。

 それに何か嫌な予感を感じたマリアは、その内容を聞くこともなく却下してしまっていた。


「そこを何とかお願いします!!貴方しかいないんです!!」

「絶対嫌や!!何やらせたいんか分からんけど、あれはあんさんの身内やろ!?やったら、自分で何とかしぃ!!」


 カレンが何を頼みたいのか分からなくてもこの状況だ、それが誰に対する頼みごとなのかは聞かなくても分かる。

 マリアはカレンの後ろに迫るトージローを指差しながら、それの問題は彼女がどうにかすべきだと主張している。


「どうしても、聞いてくれないなら・・・」

「何や、やるっちゅうんか?何やったら出るとこ出ても・・・っ!?どこや、どこいったんや!?」

「・・・ごめんなさーい!!!」


 絶対にその頼みは聞けないという頑なな態度のマリアに、カレンは覚悟を決めた表情をすると、ジリジリとその距離を詰める。

 そしてカレンは素早くマリアの後ろへと潜りこむと、その背中を突き飛ばしていた。

 ドラクロワやトージローのような化け物に及ばなくとも彼女も冒険者の端くれだ、一般人であるマリアの目に留まらぬ速度で動くことぐらい出来る。

 そんな速度で背後へと潜りこまれたマリアは、カレンに為す術なく突き飛ばされてしまっていた。


「ひぃぃぃ!?何やって・・・ど、どうも。えぇと、確か・・・そうや!トージローはんでしたっけ?ちょ、調子はどないでっか?」

「ふー、ふー、ふー・・・!!!」


 カレンによって突き飛ばされたマリアは、何者かによって受け止められる。

 その何者かに対して顔を上げたマリアに待っていたのは、血走った目をしたトージローの姿だった。


「何でか分からないけど、トージローは彼女に気があったはず!もしかするとこれで・・・」


 突き飛ばされたマリアを受け止めたトージローは、相変わらず興奮した様子であったが彼女を優しく受け止めてはいる。

 そんな彼の様子に一縷の望みを賭け、カレンはこぶしを握り締める。


「ふー、ふー、ふー・・・!!!」

「・・・駄目なの?」


 しかしトージローは、相も変わらず異常に興奮したまま、その様子に変化は見られなかった。

 そんな彼の様子に、握りしめたこぶしを緩めるとカレンは諦めを口にしている。


「こっからどうすんねん!?何か考えがあるんやろうな、カレンはん!!まさかうちに、愛の力とやらを期待してんとちゃいますやろな!?うちにはそんなことっ―――!!!?」


 トージローに抱き留められたまま、もはや動くことも出来なくなったマリアは、その顔をチラチラと後ろに向けてはカレンに指示を仰いでいる。

 彼女は先ほどレティシアが口にしたような、愛の力など自分には期待してくれるなと口にしていたが、その口が別の者の唇によって塞がれる。


「お、おぉ!これは、うまくいった・・・のかな?」


 思い描いていたどおりの光景に、カレンは歓声を上げると再びこぶしを握り締めている。

 それはまさしく、愛の力による光景であった。


「何だこれ?全て丸く収まったって事でいいのか?」

「いいんじゃないの・・・ほら、何かキスしてるし。ハッピーエンドって事で」


 多くの人々の前で、二人の男女が口づけを交わしている。

 その光景に、全てが終わったのかと首を傾げている彼らは、とりあえずハッピーエンドっぽいその光景に、疎らな拍手を奏でていた。




「ほぁ!?ここはどこじゃ?わしはさっきまで何をしておったんかいのぅ・・・」


 長い長い口づけに、ようやくその手の力の緩めたトージローは、再びいつもの呆けた表情に戻ると、周りを不思議そうに眺めている。


「トージロー様、正気に戻られたのですね!!よかった・・・でも、レティシアは口惜しゅうございます!!」


 そんなトージローの姿に、レティシアは駆け寄ると彼へと喜びの声を掛けている。

 正気に戻ったトージローの姿を喜ぶ彼女であったが、その腕は衣服の裾を掴み、どこか悔しそうにしていた。


「はぁ、よかったぁ・・・これでようやく、全部終わったんだ」


 そんな平和な光景を見詰めるカレンは、力を失い膝から崩れ落ちると、深々と安堵の溜め息を漏らしている。

 彼女の目の前にはもはや何の脅威もなく、それは全てが終わったことを示していた。


「なーーーにが、全部終わったや!!うちは許さへんからな!!乙女の純情を弄びよってからに!!この事については、後できっちり話しさせてもらいまっからな!!」


 トージローからようやく解放され、その唇を拭うようにごしごしと擦っているマリアは、カレンの目の前まで近づくと、この事は後で問題にすると指を突きつけてきている。

 そしてそのままどこかへと消えていった彼女の姿を、カレンはただぼんやりと眺めていた。


「ははは、怒られちった・・・当然だよね。でもまぁ、これで・・・」


 去っていったマリアの後姿に、乾いた笑いを漏らしながらカレンは頭を掻いている。

 そして彼女はそのままゆっくりと後ろへと倒れると、そのまま目を閉ざしていた。

 全てをやりきり疲れ切った彼女は、しばらく目を覚まさないだろう。

 そんな彼女の耳に、どこか遠くから何やら騒ぎの物音が響いていたが、それが彼女の意識を揺り動かすことはない。


「・・・何だ、この音は?っ!そうだ、城門!!おい、お前達!すぐに援軍に・・・えぇい!!何がハッピーエンドだ!!まだ何も終わってないのだぞ!!早く、早く援軍に向かうのだ!!おい、誰か!?誰かいないのか!?おい!!!」


 ここでの戦いは、確かに終わった。

 しかしドラクロワが巻き起こした騒動は、ここだけの話だっただろうか。

 遠く、城門の方から聞こえてきた物音に、リータスはそれを思い出すと必死に声を上げる。

 しかしここでの戦いに疲れ切った者達に彼の声は届かず、その必死な叫びはただただ空しく響き続けるだけであった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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