トージローの操縦法
「さぁ、二人で決着をつけようではないか、娘よ!」
トージローの存在を無視して、ドラクロワは真っ直ぐにカレンの下へと歩いてくる。
彼はその両手を広げては、カレンとそしてその祖父から続く因縁の決着をつけようと宣言している。
その背後では、トージローがボーっとした表情で佇んでおり、彼がドラクロワを背後から襲う気配は全く見られなかった。
「あわわわ・・・どうしよう、どうしよう!?」
ヴァーデとの戦いで力を使い果たしたカレンに、もはやドラクロワと戦う余力など残されていない。
そもそも彼の眷属であるヴァーデにもあれほど苦戦した彼女なのだ、その主であるドラクロワに勝てる訳もない。
それなのにも拘わらず、敵意を剝き出しでこちらに向かってくるドラクロワに、彼女は慌てふためき、あわあわと右往左往してしまっていた。
「そ、そうだ!!トージロー、今がチャンスよ!!後ろからそいつを襲いなさい!!!」
「っ!?何だと!!?」
自分ではどうしようもない強敵の存在に、やはり取るべき手段はそれしかないのだと思い出したカレンは、ゆっくりと近づいてくるドラクロワの頭越しにトージローへと指示を出す。
その声に、ドラクロワもびくりと背中を跳ねさせると、ただでさえ真っ白な顔色をさらに白く染めては、慌てて後ろへと振り返っていた。
「おぉ、何じゃ?飯の時間か?」
しかしそんなカレンの指示にも、トージローはいつものように惚けた反応を返すだけ。
彼は適当に放り捨てた剣を拾う様子も、ドラクロワを背後から襲う様子も見せる事はなかった。
「ふははははっ!!どうやら私の考えは正しかったようだな!!ふんっ、焦らせおって・・・余計な汗を掻いたわ」
カレンの声に振り返り、凍りついたようにトージローの動向を注視していたドラクロワは、彼のその呑気な振る舞いを目にすると、途端に強気な様子で笑いだしていた。
彼はその顎に伝った冷や汗の名残を不機嫌そうに拭うと、改めてカレン達の下へと近づいてきていた。
「さて、貴様らに・・・ん?そういえばヴァーデの姿が見えんな・・・」
カレン達の前にまで近づいてきたドラクロワは、そこにいる者達をまとめて相手してやるとその両手を広げている。
そうしてその場にいる者達を見渡した彼は、そこにいる筈であったものの姿がないことに気づいていた。
それは、彼の眷属であり側近でもあったヴァーデである。
「へっ、そいつだったらなぁ・・・そこにいるカレンがもう倒しちまったぞ!!どうだ、ビビったか!!」
「ルイス!?この馬鹿、余計な事を!!」
「何だよ!?本当の事だろ?」
キョロキョロと周囲へと目を向けてヴァーデの姿を探しているドラクロワに、ルイスは鼻を擦るとそいつならばカレンがもうやってしまったと指を指して示していた。
それに慌ててカレンは彼の口を塞ごうとするが、それはもう遅くその言葉はドラクロワの耳にも届いてしまっていた。
「ほほぅ、あれを倒したのか・・・これは、礼をせねばなるまいな」
「ひっ!?」
長い時を、人間では想像も出来ないほど長い時を共に過ごした側近の喪失を耳にしても、ドラクロワはその紳士然とした態度を崩さない。
しかし彼がその態度のままで静かに口にした言葉には、はっきりとした怒りが滲んでおり、そのはためくマントからはそれ以上にはっきりとした殺意と、それに伴う恐ろしい力が溢れ出ていた。
「た、助けて!!助けてトージロー!!お願いだから!!!」
喉から思わず漏れた悲鳴は、絶対に敵わない相手を目の前にしたから。
それを悟ったカレンは、この場で彼を倒せる唯一の存在、トージローへと形振り構わず助けを求めている。
「・・・させる訳がなかろう?」
「がっ!?」
目の前のドラクロワの横を駆け抜け、トージローへと助けを求めようとしていたカレンを、彼が見過ごす訳もない。
自らの横を通り抜け、しばらく駆けていたカレンにドラクロワは事もなげに追いつくと、その背中へと腕を振るう。
「ふんっ、余計な事をするからそうなるのだ。まぁよい、これでもう邪魔は・・・何だと?」
ドラクロワの強烈な力で背中を殴られたカレンは、地面を何度もバウンドしながら凄まじい速さで弾き飛ばされてしまっている。
それは間もなく、広場の端まで辿り着き、そこの壁へとぶつかって終わりを迎えるだろう。
それを見送り、彼女はこれで終わったと振り返ろうとしていたドラクロワは、そこに意外な結末を目にしていた。
「ほっほっほっ、大丈夫かの?お嬢ちゃんや」
「トー・・・ジロー・・・?」
そこには目にも止まらぬ速さで動き、カレンを受け止めたトージローと、背中に背負った杖によって致命傷をまのがれた彼女の姿があった。
「くっ!?こちらから手を出さなければ無害かと思えば、そんな行動も取るのか!!何だ、あの男の孫だからか!?召喚者としての絆か!?くっ、とにかく・・・」
トージローの事を、こちらから手を出さなければ無害な生物だと認識していたドラクロワは、彼がカレンに対してとった自発的行動に驚きの声を上げている。
それがどのような理由によるものかは分からなかったが、分かっていることは一つ。
それは、その二人を一緒にいさせては不味いという事だった。
「そいつから、離れろぉぉぉ!!!!」
降って湧いた危機的状況に、ドラクロワはもはや形振り構わず、それを阻止しようと動く。
紳士然とした態度をかなぐり捨てた彼は、もはや人間に擬態していたその姿すらも捨てようとしていた。
「っ!?不味い、このままじゃ・・・トージロー!ほら、あいつ!!危ない奴だから、やっつけちゃって!!」
「ほぁ?あいつって誰の事じゃ?」
「あーーーもーーー!!っ!そ、そうだ!!こよりで・・・もうこれでいいや!!」
物凄い勢いでこちらへと迫るドラクロワは、四足歩行の獣のようにも、ただの蠢く闇にも見える。
その接近に慌ててトージローへと指示を出しても、彼は相変わらずの様子だ。
それに頭を抱えたカレンは、かつて彼に力を出させた方法を思い出すと、自らの衣服を切り取ってそれでこよりを作っていた。
「ふはははっ!!気でも狂ったのか、娘よ!!何をしてくるかと思えば、訳の分からないことを!!しかも、得物すら持っておらんではないか!!それで一体何を・・・まさか、それすら必要ないというのか?くっ・・・ふざ、けるなぁぁぁ!!!」
形振り構わずカレンの行動を阻止しようとしていたドラクロワも、彼女の訳の分からない行動を目にすれば、その足を緩めもする。
しかも彼が警戒しているトージローは、その得物すら放ったまま手にしてすらいないのだ。
しかし彼もすぐに気づくだろう、トージローの力ならばそんなものなど飾りに過ぎないと。
「ほら、これでくしゃみを!!お願いトージロー、急いで!!」
「ふぇ、ふぇ・・・」
一瞬緩めた足にも、すぐに全速力へと戻ったドラクロワに、カレンは作ったこよりをトージローの鼻に突っ込みながら、早く早くと焦っている。
しかし彼女のその焦りが功を奏したのか、トージローはくしゃみの前兆を見せ始めていた。
「あんさん、何してはりますの!?そんな事しとる場合じゃおまへんやろ!!」
その時、近くの野次馬の中から特徴的な訛りの声が響く。
「ふぁ!?」
「ちょ、駄目だってトージロー!!あっちに・・・向いて!!」
その声に反応して、トージローがそちらへと向いてしまう。
しかしそちらにはドラクロワはおらず、しかも多くの野次馬がいるのだ。
カレンは、慌ててそれを向き直らせようとしていた。
しかしその動きは慌てたためか無理やりで、力の加減の効かないものであった。
結果それは、狙いから僅かにずれる。
「ふぇっくしょん!!!」
そしてそれは、放たれる。
盛大な大音量と共に。
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