冒険者ギルド 1
「登録出来ないって、一体どういう事よ!!?」
狭くはない、しかしどこか雑然とした建物の中に少女の甲高い怒鳴り声が響く。
その少女、カレンは目の前のカウンターへと両手を叩きつけ、その向こう側にいる受付と思われる女性へと顔を突きつけている。
彼女の周りには柄は悪いが、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせ、如何にも腕が立ちそうな者達がたむろしていた。
その者達はそれぞれに思い思いの得物を抱えており、その雰囲気も合わせて考えれば、彼らは冒険者と呼ばれる人種なのだろう。
そしてそんな彼らがたむろし、テーブルに座っては酒や食事を楽しんでいるこの建物は、酒場もその建物内に併設された冒険者ギルドであった。
「で、ですからお客様!!冒険者として登録出来るのは、冒険に耐えられる健康な身体を持ったものに限られておりまして・・・!!」
「だったら問題ないじゃない!!この私のどこが健康に問題があるっていうのよ!?」
カウンターにその両手をつき、噛り付く勢いで受付の女性へと食って掛かっているカレンに、そこを仕切るガラスが存在しなければ、彼女の顔はカレンの唾塗れになっていただろう。
そんな彼女が口にした言葉に、カレンは自らの胸を叩くと、この身体のどこに問題があるのかと示していた。
確かに若い彼女の身体は至って健康そのものに見え、その肌や髪の毛も艶々と輝いている。
「えーっとですね、お客様・・・そもそも私共が問題にしているのは、お客様ではなくお連れの方なのですが・・・」
「・・・は?」
カレンの言葉に気まずそうに表情を引きつらせた受付の女性は、その視線を彼女の横へとずらしていく。
その視線の先には、ここがどこだかも分かっていない様子でぼーっと佇んでいるトージローの姿があった。
「あれ、旨そうじゃのぅ・・・わしの飯はまだかいのぅ?」
彼はこの冒険者ギルドに漂ってくる食事に匂いに鼻をひくつかせては、緩んだ口元から涎を垂らしてしまっている。
その締まりのない表情はまさしくボケた老人のそれであり、まさに受付の女性が指摘する健康な身体を持たない者そのものであった。
「はー!?トージローのどこが問題あるっているのよ!!?私、知ってるのよ!?この街のギルドは年齢制限がないって!だったら、トージローだって問題ない筈じゃない!!」
「いえ、それは!かつて人手が足りなかった時代の名残なだけであって、今では形骸化した規則でして・・・!!」
「形骸化してても、規則は規則でしょ!?だったら問題ないじゃない、さっさと認めなさいよ!!」
カレンが王都のギルドを避け、この辺境の街グリザリドのギルドへと足を運んだのは、何もそこに出戻るのが気まずかった訳だけではない。
彼女がここのギルドを冒険の起点に選んだのは、その規定を事前に知っていたからだ。
この国で唯一、冒険者になるための年齢制限を設けていないその規定を。
「ははーん・・・さては、トージローの実力を疑ってるんでしょ?」
規則を盾にごり押ししようとするカレンを、受付の女性は必死に食い止めようと頑張っている。
そんな女性に対して、カレンが目を細めながら口にした言葉は真実だ。
誰しも彼女の背後の老人の実力を、いやそもそもまともに冒険が出来るのかすらを疑っていた。
「こう見えても、トージローは物凄く強いのよ!!何せ、あの大魔王エヴァンジェリンを倒した、正真正銘の勇者様なんだから!!」
まるで自らの手柄のように、その胸へと手を当ててはトージローの功績を誇るカレンの声は大きい。
そしてその声を耳にした受付の女性が言葉を失っているのは、トージローの意外な実力に驚いた訳ではなく、目の前の少女がそんな有り得ない妄想を堂々と口にしたからだった。
「・・・っぷ、ぷぷぷ」
「おい、可哀そうだろ。笑ってやるなよ」
「いや、駄目だ堪えきれねぇ!!がーっはっはっはっはっは!!その爺さんが魔王を倒した勇者様だって!?冗談にしても、もっとうまくいいな嬢ちゃんよぉ!!」
カレンの余りに突拍子もない発言に沈黙が訪れたギルドに、堪えきれずに漏れ出した笑い声が響く。
その笑い声は注意した相棒の声も空しく、それはやがて響き渡る大声へと変わり、その主であった柄の悪い大男は酒を煽っていたテーブルから立ち上がると、カレンの下へと近づいて来ていた。
「何よ、あんた?何か文句でもあんの?」
「あぁん、文句だぁ?あぁ、大いにあるね!あんたみたいなのにそこを占領されてっと、他の奴らが迷惑するんだよ!!エステル、お前もなぁもっと強くいってやれってんだ!!」
こちらを馬鹿にするような笑い声を上げ、近づいてきた大男をカレンは挑発するように睨みつける。
カレンに睨みつけられた大男は、酒の摘みだろうか持ってきていた骨付き肉へと齧りつくと、それを一口に飲み込んでいく。
「大体よぉ・・・年齢制限なしったって程度があんだろ、程度がよぉ!この爺さんがあの剣聖オーガストならとにかくよぉ・・・こんなボケた老人連れてきといて、規則だから認めろってそれが通るわきゃねぇだろ?ま、ここがおむつの販売所なら花丸大合格ってとこだけどよ!!がははははっ!!」
カレンの目の前に立った大男は、その横のトージローの事をジロジロと観察している。
そしてトージローの事を散々に扱き下ろした彼は、自らの冗談に豪快な笑い声を響かせている。
「ぎゃははは!!そりゃ間違いねぇ!!」
「わははははっ!お嬢ちゃ~ん、何なら俺がそこまで案内してやろーか?」
「あぁ?おむつが売ってる場所なんて、お前知ってんのかよ?」
「馬鹿!そこはうまくやってよ、あの嬢ちゃんを連れ込んで・・・後は分かんだろ?」
「へ、そっちかよ。確かにあの嬢ちゃん、中々の上物だもんなぁ」
そしてその笑い声は、彼が元々ついていたテーブルにも伝播していた。
そのテーブルに残った者達、恐らく彼の仲間であろう柄の悪い男達は、ゲラゲラと下品な笑い声を響かせると、カレンへと無遠慮な視線を向けてきていた。
「へぇ?じゃあ、トージローがその剣聖とやらぐらい実力があれば文句はないんだ?」
男達の嘲笑も、下卑た視線もカレンは気にも留めない。
何故なら彼らの会話の中に、彼女の目的へのヒントがあったからだ。
その剣聖オーガスタとやらであれば、いくら老齢でも問題ないのだ、と。
「あ?ったりまえだろ、んなの。何を言って・・・あぁ?何だよ、爺さん・・・っ!爺さん、あんたまさか・・・俺とやろうってのか?」
そんな彼女の応えるように、トージローが大男の前へとふらりと進み出る。
そんな彼の振る舞いに、大男は心底以外そうに驚いて見せていた。
「ふふん!トージロー、貴方もやる気なのね!よーし、やっちゃいなさいトージロー!軽く締めてやるのよ!!」
その剣聖とやらまではいかないだろうが、実力を示すにはちょうどいい相手が目の前にいた。
恐らくそれなりの腕の冒険者と思われる大男を、どう見てもそこらにいるボケた老人にしか見えないトージローが倒せば、それはインパクトのある出来事となるだろう。
それを見越して、カレンは笑顔を覗かせると腕を伸ばしてトージローへと指示を出す。
目の前の男をやってしまえと。
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