吸血鬼の弱点 1
「な、何かえらいことになっとるなぁ・・・」
広場の光景を目にしながら、恰幅のいい女性がそう呟く。
彼女は辺りをキョロキョロと見まわしながら何かを探しているようだったが、今はそれどころではないとどこか及び腰であった。
「完全に、来るタイミング間違えてもうたかな・・・ちゅうても返済の期限も明日やし、早うカレンはんを見つけんと。何や、この街でえらい活躍しとるっちゅう話までは聞いとるさかい」
広場の騒動に、この場から逃れる事も考え始めた女性はしかし、もはや逃げ場はないのだと首を横に振っている。
そうして彼女はこの街へとやってきた目的、カレンの姿を探すと再び辺りへと視線を向けていた。
「ん、あれは・・・」
彼女はそこに、目的の人物を発見する。
そして彼女はその恰幅のいい身体をトコトコと動かして、その近くへと歩み寄っていく。
その視線の先では彼女の目的の人物、カレンが周りの野次馬達と何やら揉めている所であった。
「ほら、さっさと行けよ!!あんた強いんだろ!!」
「きゃあ!?」
領主から直接指名され、ドラクロワからも戦いの相手だと認められてもなお、カレンはその場を動こうとはしていなかった。
しかしその背中を、周囲の人間が巻き込まれては堪らないと押し出している。
ドラクロワの強烈な敵意に身を縮こまらせていたカレンはそれに対応出来ず、為す術なく押し出されてしまっていた。
「何すんのよ!?あっ、すみませんどう、も・・・!?」
「・・・これは、何のつもりだ娘?」
不意打ちの押し出しにバランスを崩したカレンは、後ろを振り返りながら文句を叫び、何とかそれを取り戻そうとしていた。
そんな彼女の身体を、支える手の感触が。
そのお陰で何とかバランスを取り戻したカレンは、顔を上げお礼を口にしようとしていると、そこには戸惑った表情のドラクロワの姿があった。
「ひゃあああ!!?わぁ、わぁ!!」
「余りに無防備だったため、つい手を出すのを躊躇ってしまったが・・・別に何かの策という訳でもなかったのか?」
その顔を間近に目にし、思わず固まってしまっていたカレンは意識を取り戻すと、慌ててそこから飛び退いていた。
そして警戒するようにその手にした杖を無茶苦茶に振り回す彼女の姿を、ドラクロワは腑に落ちない表情で眺めている。
彼は彼女が飛び込んできた胸の辺りを見下ろしていたが、そこに何の変化もないことに却って不思議そうな表情を浮かべていた。
「それで?戦闘開始でいいのかな、娘よ」
「あわわわ・・・どうにか、どうにかしないと」
自分の胸を擦っては、そこが何ともなっていないことを確かめたドラクロワは、その両手を広げては戦闘の開始をカレンに尋ねている。
その待ったなしの状況に、カレンは慌てて自分の身体を弄っては、何かこの状況を打開するものはないかと探り出していた。
「そ、そうだこれ!!あの時、押しつけられた・・・これでも食らえ!!」
そして腰にぶら下げていた鞄の奥に何かを探し当てたカレンは、それをドラクロワへと投げつける。
「・・・これは?」
「ふふーん!どうよ、効くでしょう!!品種改良で匂いが十倍きつくなったニンニクよ!!皮を剥かなくたって、こっちにまで匂ってくるんだから!!吸血鬼には堪らないでしょう!?」
カレンがドラクロワに投げつけたのは、かつて押し売りに売りつけられたニンニクであった。
品種改良の結果、匂いが十倍きつくなったというそれは、料理に使うというよりも嗅覚の鋭い獣などの鼻を麻痺させるために使うものだ。
そして通説であればその匂いは、吸血鬼も苦手とするはず。
であれば、それは吸血鬼には堪らないはずだとカレンは勝ち誇っていた。
「ふむ、確かにきつい匂いだが・・・こんなもの放ってしまえば、終いだろう?それがどうかしたのか?」
しかしそんなカレンを前に、ドラクロワは受け止めたニンニクを軽い手つきでどこかへと放ってしまっていた。
軽い手つきとはいえそこは流石は吸血鬼の膂力か、放り投げられたニンニクはもはやどこに行ったのかも分からないほど遠くに放られてしまっていた。
「へ?あ、あの・・・苦手じゃなかったの?その、ダメージとかは・・・?」
「ダメージ?一体何の話をしているのだ?下品な匂いがしたからといって、それでダメージを食らう訳がなかろう?」
その余りにぞんざいな扱いに、カレンは信じられないと呆気に取られてしまっている。
彼女はそれでも必死に何かダメージを受けたんじゃないかと尋ねるが、それもドラクロワにそんな訳がないだろうと正論を返されるだけに終わっていた。
「ぐっ・・・それもそうね。だったらこれはどう!?何か魔よけの効果があるとかいう、十字のお守り!!あんた達アンデッドは、こういうの苦手でしょう!?」
考えても見れば、ただの匂いにそんな効果がある訳がないと納得せざるを得なかったカレンは、再び鞄の中から何かを取り出すと、それをドラクロワへと突きつけている。
それは十字の形をした、金属製のお守りであった。
「ほぅ、確かに何か力を感じるな・・・だが、それがどうしたというのだ?」
そのお守りを突きつけられたドラクロワは、確かにそれからは何かの力を感じると感心したような表情を見せている。
しかしそんな力も、強力なアンデッドである自分には通用しないと、彼は腕を伸ばすとそれを握り締め、粉々に砕いてしまっていた。
「そ、そんな・・・」
ドラクロワによって粉々に砕かれた十字のお守りは、地面にパラパラと零れていく。
それを追いかけるように蹲ったカレンは、もはや打つ手がないと嘆いていた。
「何だ、もう種切れか?つまらん・・・これがあの男の孫だとはな。これ以上醜態をさらしても仕方あるまい、ここで息の根を止めてやろう」
「ひっ!?ど、どうか命だけは!!命だけはお助けください!!そうだ!貴方様の眷属に、眷属になりますから!!どうか命だけは!!」
絶望に蹲ってしまっているカレンを、つまらないものを見るように見下ろしているドラクロワは、その爪を伸ばすと彼女へと迫る。
それに明確な死の予感を感じ取ったカレンは取り乱すと、必死に彼の足元に縋りついては命乞いをしていた。
「眷属だと?ふむ・・・あの男の孫を眷属にするのも一興か。よし、いいぞ娘。我が眷属に加わる事を許す、その首を我が前に差し出すがいい」
「は、はい!!ありがとうございます、ありがとうございますぅ!!」
カレンの命乞いには不快な表情を見せたドラクロワも、その提案には興味を引かれているようだった。
かつて彼が苦渋を飲まされたエセルバード、その孫が自らの眷属になる。
それに魅力を感じた彼は、カレンの提案を呑み、彼女にその首筋を差し出すように求めていた。
「ふふふ、見ているかエセルバード。貴様の孫が私の眷属になるぞ。情けなく命乞いしてな!!これほど愉快な事があろうか!どれ、貴様の血の味を確かめてやろうではないか・・・こんな体たらくでも、貴様の血の一滴は受け継いでいよう」
噛みやすいように僅かに胸元をはだけさせ、顎を上げては首筋を露わにしているカレンの姿に、ドラクロワは今は亡きエセルバードに勝ち誇ったように笑みを浮かべている。
そして彼はその牙を剥き出しにすると、大口を開けてゆっくりとカレンの首筋へと近づいていた。
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