全てを託して
遠くから聞こえた喧騒は、東の城門から聞こえた鬨の声か。
それは戦いの始まりを告げる声であり、同時にドラクロワの予言が的中した証であった。
「・・・そうか、援軍は来ないのか」
そちらへと顔を向け、立ち尽くすリータスはそう諦めたように呟いている。
耳を澄ませば、そちらほどではないものの他の方角からも騒乱の音が聞こえてきている。
それらはこの街の城門が全て襲われていることを意味し、それは即ちここに援軍の兵士がやってこないことを意味していた。
「何だ、信じていなかったのか?言っただろう、援軍は来ないと。この程度の街、落とすだけならば私一人でも事足りるのだが・・・やりたい事があったのでな」
リータスの呟きを耳聡く聞き咎めたドラクロワは、自らの言葉を信じていなかった様子の彼に心外だと言わんばかりに肩を竦めて見せていた。
「・・・やりたい事だと?何だ、ここに自分の国でも打ち立ててみたくなったのか?」
「ふむ、惜しいが少し違うな・・・人間、貴様オーガトロルという生き物を知っているか?」
「オーガトロル?その名なら、最近耳にしたが・・・それがどうした?」
この街程度ならば自分一人でも落とせたと語るドラクロワに、リータスはそれを否定しようとはしない。
個体として凄まじい戦闘能力を誇るだけでなく、噛みつき血を吸う事で眷属を無限に増やすことの出来るその能力を考えれば、実際それは容易だろう。
しかし何か別の目的があったためそうしなかったと語るドラクロワに、リータスは険しい表情でそれを尋ねていた。
「おや、知っているのか?かなりマイナーな生き物だと思ったのだがな・・・いやなに、まだ復活したばかりの頃、近くの森の景色を懐かしんでいると出会ってね・・・あの双子のオーガトロルに。珍しいものに出会ったと観察していたら、何やら気に触ったようでね。結局戦闘になったのだが・・・そうして支配してみるとどうだ、不思議な生き物が出来上がったではないか!」
オーガトロル、その珍しい魔物の名はリータスも最近耳にしていた。
そんなリータスの態度に僅かに驚いて見せたドラクロワは、彼らとの出会いについて楽しそうに語りだしていた。
「報告では、見つかったオーガトロルは変異種だったとあったが・・・まさか、それは!?」
「ほほぅ、そちらにもそう認識されていたか。いやはや面白いものだとは思わんかね?あの生き物オーガトロルには生殖能力がないのだ。そしてご存じの通り我らアンデッドにも生殖能力などという下賤なものは生まれつき備わっておらぬ。どうやらその辺りが、そうした結果に繋がっているのだとは思われるが・・・まぁ、それはこの際どうでもよいのだ。問題は、それが私にとってとても愉快な出来事だったという事実だ」
最終的にオーガトロルを眷属にしたと話すドラクロワは、そこで起きた変化について愉快げに語っている。
それは目の前の化け物が語る与太話に過ぎないものであったかもしれないが、リータスにはそれに心当たりがあった。
街に近くに現れたという魔物オーガトロル、その珍しい魔物は変異種という更に珍しい特徴を持っていたと報告されていた筈であった。
「愉快だと?化け物が考える事は理解出来んな・・・それで、それがこの街と何の関係がある?」
オーガトロルの変異という生命の神秘に関心を示すドラクロワに、リータスはそんな命を弄ぶような趣味は理解出来ないと吐き捨てる。
そんな事よりも彼は、それとこの街が襲われている現状に何の関連があるのかと知りたがっていた。
「ふんっ!所詮、人間などという下等生物には、この高尚な趣味の面白さが理解出来んと見える。まぁよい・・・この街との関係だったか?知れたことよ、ここをオーガトロルの養殖場にする、ただそれだけの話だ。あれらは食欲旺盛だからな、大量の家畜が欲しいと思っておったのだ」
それにドラクロワは、あっさりと答えていた。
ここをオーガトロルの養殖場にするのだと。
「馬鹿な!?そんな事が許されると思っているのか!!?」
「思っているが?許さないというのならば、抵抗するがいい。私は止めないぞ?家畜が減ってしまうのは困るが・・・まぁ、心配せずともすぐに増えるのだろう?お前達、人間という生き物は」
この街に住む人間を、オーガトロルの餌にするための家畜にすると宣言するドラクロワに、リータスは激しく憤るとそんな事は許されないと叫んでいた。
そんなリータスの憤慨をドラクロワは軽く受け流すと、好きなだけ抵抗するがいいと促している。
彼のその無関心な態度は、この街の人間達の事を始めからただの餌としか見ていない、強大な種族の性が如実に現れていた。
「知っているか?オーガトロルというのは大変珍しい生き物だが、それはオーガとトロルの交配が自然ではめったに起こらないのが原因なのだ。試しに捕らえて無理やりやらせてみれば、どうだ!簡単に孕むではないか!!ふふふ、今森ではそうだな・・・百匹程度のオーガトロルが世に出るのを今か今かと待っておるだろうよ。気にはならんか、人間?オーガの腹から生まれるオーガトロルと、トロルの腹から生まれるオーガトロルではどのような違いがあるのかと!!」
自らの計画が楽しくてしょうがないのか、ドラクロワは聞いてもいないのにペラペラと喋り続けている。
彼はその中で、どうとでもない事かのように百匹のオーガトロルが生まれる予定なのだと口走っていた。
一匹ですら経験豊富な冒険者パーティを壊滅する力のあるオーガトロル。
それが百匹も生まれてしまえば、それはどれ程の被害を人間社会に齎すだろうか。
想像するのも恐ろしい話だった。
「もういい、それ以上聞く必要はない」
「何だ、もういいのか?まだまだ話す事ならたくさんあるぞ?餌となる家畜をどう増やすかという計画など、中々愉快な・・・」
「もういい!もう聞きたくないと言ったのだ!!お前が決して見逃すことの出来ない、人類の敵であるという事ははっきりと分かった!!もはや交渉の余地はあるまい、であれば話は終いだ!!」
心底楽しそうに自らの計画を語るドラクロワに、リータスは腕を掲げるとそれ以上話す必要はないと示していた。
そんなリータスの制止にも、ドラクロワはまだまだ話したりないとその両手をわちゃわちゃと動かしていたが、それは彼に怒鳴り声を上げさせただけ。
例えそれが人類の天敵と呼べる魔物でも、知恵ある生き物であるならば交渉の余地がある。
そう考えて話を続けていたリータスであったが、ドラクロワの言動に彼が正真正銘の人類の敵対者であると知り、もはや話をする意味はないと交渉の打ち切りを叫んでいた。
「そうか、残念だ。それで、どうするというのかね?その程度の兵で、私に勝てるとでも?」
「そうは思ってはいない。しかしここには、お前に勝てるかもしれないものが一人だけいる・・・カレン・アシュクロフト!!」
交渉を打ち切りを告げるリータスに、ドラクロワは心底残念そうに肩を竦めている。
彼はリータスの周辺を固める兵士に目をやっては、それで私と戦うのかと尋ねるが、リータスの返答は違っていた。
「はひぃ!?」
突然呼ばれたその名前に、カレンが素っ頓狂な声を上げたのは、彼女がこの場から逃れることが出来ていなかったからだ。
先ほどのやり取りから再び本当に実力のある冒険者だと周囲に認識されてしまったカレンに、周りは彼女をこの場から逃そうとはしなかった。
そして再び領主であるリータスに告げられた名前に、彼女は周囲の人からその背中を押され、ドラクロワの前へと押し出されてしまっていたのだった。
「あ、あははは・・・わ、私に何か御用でしょうか?」
完全に場違いな空気に、カレンはその頭を掻きながら愛想笑いを浮かべている。
その頬には、今も冷たい汗が滴り落ちていた。
「・・・先ほど口にした言葉は、この化け物の注意を引くための作戦でしかなかった。しかし、その時口にした言葉に嘘はない!!頼む、カレン・アシュクロフト!!そなたの祖父と同じように、この化け物を倒してくれないか!!そなたしか、頼れる者がいないのだ!!頼む、この街を・・・私達を救ってくれ!!」
先ほど、カレンの事を持ち上げる言葉を口にしたのは、レティシアを救出するための作戦だったと告白したリータスはしかし、その言葉に偽りはなかったと話す。
そしてカレンに対して真っ直ぐに頭を下げたリータスは、彼女にこの街の命運を託していた。
「ほほぅ、なるほどなるほど・・・それは、私としても願ってもないこと。さぁ、因縁の決着をつけようではないか、娘よ!」
そしてドラクロワもまた、その提案に乗り気なようだった。
彼はこれまで散々横やりを入れられ、実現しなかったカレンとの決着ようやくつけられると笑みを浮かべると、その鋭い牙を覗かせている。
そうして彼はマントを翻すと、戦いの気配を漂わせ始めていた。
「えっと、その・・・ほ、本気で?」
周囲の期待と、ドラクロワから漂ってくる強烈な敵意がカレンの身体に突き刺さってくる。
カレンはそれに両手で杖を抱きしめながら、何とかそれが冗談か何かではないかと尋ねている。
しかし、そんな彼女の言葉に答えようとする者は誰一人いなかった。
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