監視
「いい天気じゃのぅ・・・」
「ふふっ、そうですねぇトージローさん」
ポカポカとした陽気に、洗濯を終えたばかりのシーツが空を舞う。
それを激しくはためかせてシーツの水気を払っているタルカは、その様子をぼんやりと眺めながら日向ぼっこしているトージローに対して笑顔を見せている。
それは朝の暖かな日差しも相まって、思わず眠気を誘うようなそんな穏やかな光景であった。
「タルカ、油断しちゃ駄目よ!あいつがいつ牙を剥くか、分かんないんだから!」
しかしそんな穏やかな光景を目にしながらも、気が気でないと肝を冷やしている人間がそこにはいた。
それは彼らの姿を宿の中から窓越しに覗く、カレンその人であった。
彼女はトージローの事を巷を賑わす連続誘拐殺人事件の犯人だと決めつけており、そんな彼に迂闊に近づいてしまうタルカに対して、気が気がではないと心配する様子を見せていた。
「・・・何してるの?」
「うひゃあ!?メ、メイ!?な、何でもないのよ!?ほら、いい天気だから日向ぼっこしてたの!」
そんな怪しげな振る舞いを見せているカレンに、背後からメイが不思議そうに声を掛けてくる。
カレンが覗いている窓の先には、洗濯物を干すためのスペースである宿の裏庭ぐらいしかない。
そんな場所を深刻な表情で覗いているカレンは、メイではなくとも怪しいと感じるだろう。
そんな当然の彼女の疑問にも、カレンは必要以上に驚くと、必死に誤魔化すように視線を彷徨わせていた。
「・・・日向ぼっこ、メイも好き」
「そ、そう?メイも一緒に日向ぼっこする?」
「・・・ん」
しかしカレンの適当な誤魔化しも、メイの心には刺さるものがあったらしく、彼女はニンマリと頬を緩ませると同意するように頷いていた。
そしてカレンが本心では断ってどこかにいって欲しかった誘いにメイは頷くと、彼女と一緒に窓から顔を出していた。
「あ、師匠だ。師匠ー」
「っ!!だ、駄目よメイ!!あいつを刺激しちゃ駄目!!」
「・・・何でー?」
「と、とにかく駄目なの!!分かった!?」
そして窓から顔を出したメイは、その向こうに師匠であるトージローの姿を見つけると、早速とばかりに彼に声を掛けようとする。
カレンはそれに慌ててメイの口を塞ぐと、彼女の身体ごと窓の内側へと隠してしまっていた。
彼女達が消えた窓の向こうでは、トージローとタルカが誰もいない窓へと顔を向けては不思議そうに首を傾げていた。
「師匠ー、師匠ー?全く、目を放すとすぐに・・・あ、メイ。師匠がどこにいるか知らないか?今日の修行について―――」
どうしてトージローに声を掛けては駄目なのかと首を傾げるメイに、カレンはとにかく駄目なんだと強く言い聞かせている。
そんな彼女の背後に、トージローを探すルイスが近づいてきていた。
彼はカレンに肩を掴まれ言い聞かせているメイの姿を目にすると、彼女にトージローの居場所を尋ねていた。
「駄目ー!!駄目です、修行は中止!!中止ですー!!」
「はぁ?何言ってんだよ、カレン。何でそんな事、お前に決められなくちゃならないんだよ?」
本日の修行の内容をトージローに尋ねようとしたルイスに、カレンは彼がそれを言いきる前に大声を上げると、両手でばってんを作っては絶対に許さないと示していた。
「私はトージローの相棒なので、それを決める権利はありまーす!!今までは好きにさせてたけど、これからしばらく忙しくなるので修行は当分なしでーす!」
「はぁ!?そんなのありかよ!?」
「ぶーぶー」
当然のようにそれに不満を漏らすルイスに、カレンはばってんのポーズのまま自分にはそれを決める権限があると宣言していた。
確かにトージローの相棒である彼女には、その行動について口を出す権限があるだろう。
しかしそんな道理を盾にしてもルイス達の不満は収まる筈もなく、彼らは二人して唇を尖らせては不満を露わにしていた。
「ほら、子供は表で遊んでなさい!!」
「お、おい!?何だよ、押すなって!うわぁ!?」
「・・・横暴」
言葉が通じない相手ならば、腕力で押し通すだけ。
カレンは不満を訴えてくる二人の背中へと手を回すと、そのまま彼らを宿の外にまで押し出していた。
「っ!?しつこいっての!!だから駄目だって、何度も言ってるでしょ!?」
二人を宿から押し出し、その扉を閉めてはそれに背中を預けていたカレンは、それを控えめに叩くノックの音に苛立つようにそれを再び開けていた。
そして彼女は、その先の人物を碌に確認もせずに怒鳴りつける。
「はぁ・・・何が駄目なのでしょうか、カレン様?」
「レ、レティシア!?そ、それはその・・・」
その先にいたのは、カレンの怒鳴り声に不思議そうに首を傾げる黒髪の少女、レティシアであった。
彼女の足元ではルイスとメイの二人が得意げな顔でこちらへと視線を向けていたが、今はそれどころではないだろう。
「・・・?それよりもカレン様、その・・・トージロー様は御在宅でしょうか?私、少し時間が空きましたので、一緒にお食事でもと思いまして・・・あ、もちろんカレン様もご一緒で構わないのですが」
ルイス達と間違えて、思わずレティシアを怒鳴りつけて気まずいカレンに、彼女はそれをあまり気にしていない様子でトージローを食事へと誘っていた。
「・・・ごめん、レティシア!!」
「は?」
もじもじと視線を斜めに逸らしながらトージローを食事に誘うレティシアに、カレンは真っ直ぐに頭を下げるといきなり扉を閉めていた。
そんな彼女のいきなりの行動に、レティシアは呆気に取られ固まってしまっている。
「あの、カレン様?私、先ほど時間が空いたと申しましたが、実はお父様の目を掻い潜ってここまで来ておりますの。ですので余り時間は・・・カレン様?その・・・ここを開けてくださいますか?カレン様?」
「ごめん、レティシア!!今は駄目なの!!」
「いや、ですが・・・」
「あともう少しだから!とにかく今は駄目なの!!ごめんね、レティシア!!」
完全に締め出されてしまったレティシアは、隠していた事情も説明して何としてトージローに会いたいのだとカレンに訴えかけている。
しかしそんな訴えにも、カレンは拒絶の言葉を返すばかり。
やがてレティシアも無理だと悟ったのか、声を上げなくなっていた。
「ふふ、ふふふ・・・そうだよ、あと少しなんだ。トージローが私の目の前にいる間に事件さえ起これば、それであいつが犯人じゃないって証明される。それさえ、それさえ終われば・・・」
トージローを犯人だと疑うカレンはしかし、どこかでまだ彼を信じたいと思っていた。
そしてそのために彼女が取った行動は、トージローを監視し続ける事で彼が犯人ではないと証明する方法であった。
「あ、そうだ。監視に行かないと・・・ふふふ、待っててね皆。私、頑張るから・・・」
扉に背中を預け、ぶつぶつと一人呟いているカレンは、トージローを監視しないといけないことを思い出すと小走りで駆け出していく。
その日は珍しく、事件の起こらない平和の一日であった。
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