復活
「あぁ、これ・・・この前モデルやった時のだ。ははは・・・落書きされすぎてて、元が分からなくなっちゃてるや」
指で触れたその紙面からは、落書きに使った塗料が剥がれて付着する。
それを指で擦って汚れを広げたカレンは、それによって僅かに見えてきた元の絵に乾いた笑みを零す。
それはかつて彼女がノリノリでモデルをして完成した、あの絵と同じものであった。
「へー、『あのニューヒロインの正体は、継ぎはぎだらけの詐欺師だった』か・・・ははは、酷いなぁ。前はあんなに持ち上げてくれてたのに・・・」
その絵のすぐ傍には、デカデカと見出しがつけられている。
そこには、カレンの事を扱き下ろす内容が記されていた。
それを読み上げては乾いた笑みを零すカレンは、空を見上げてゆっくりと息を吐いている。
「はー・・・こんなに手の平返されるんだ。まぁ、そうだよね。皆本当は、気に入らなかったんだ。こんなどこの誰かも分かんない女がいきなり出てきて、活躍するなんて。ふー、そっかそっか・・・」
ここまでに通ってきたギルドに商店、それに誤解ではあるが宿泊している宿。
そして先ほど通りがかったかつてのファンと、かつて特集を組み彼女を祀り上げてくれた新聞のこの仕打ち。
それらの見事なまでの手の平返しを目の当たりにしたカレンは、自分が称賛だけではなく嫉妬も買っていたのだと今更ながら実感していた。
それを噛みしめ、吐き出す息は長い。
そこにたっぷりと滲んだ感傷に、この暖かな季節にもそれは白く濁っていた。
「・・・やってくれるじゃない」
そして空へと向けた視線を地上へと戻したカレンは、その目に強い輝きを宿す。
彼女は落書きの塗料で汚れた指で頬をなぞると、そこにまるで戦化粧のような模様を描いていた。
「ふふ、ふふふ、ふふふふ・・・!このカレン・アシュクロフトをここまでこけにして、このままで済むと思ってんじゃないわよ?絶対に・・・絶対に見返してやるんだから!!」
落書きされた壁新聞が張り出された掲示板へと両手を伸ばしたカレンは、それをむんずと掴むと自らの頭をそこへと叩きつけている。
そしてそのままの姿勢で不敵に笑いだすと、今度はこぶしを振り上げて大声で宣言していた。
絶対に見返してやると。
「ふー、ふー、ふー・・・そうは言ったものの、どうしたらいいのかな?見返すって言ったって、依頼もまともに受けれないし・・・トージローを連れて、適当に魔物でも討伐してくる?駄目駄目、そんなのどんだけ時間が掛かるか分かったもんじゃないわ!!大体、それで何か凄い魔物を倒したって、どうせいちゃもんつけられるに決まってるんだから!!」
異常なほどの興奮に、獣の呼吸を吐き出しているカレンは、掲示板に両手をついてはそれを整えようと胸を上下させている。
しばらく経ち、それが落ち着いてくると彼女はこれからどうしたらいいのかと考え始めていた。
周りの事を見返してやると宣言したのはいいものも、今の彼女は依頼も碌に受けることの出来ない最底辺冒険者に過ぎないのだ。
そんな彼女がどうやって、周りを見返すほどの成果を上げるというのか。
その術が見つからないと、カレンは悔しそうにこぶしを叩きつけている。
「はぁ・・・でも、それしかないのかなぁ?運が良ければ・・・ん?この記事の事件、前にも見たことがあるような・・・」
結局、どれだけ考えてもいい案の浮かばないカレンは、運頼りの作戦を実行に移すしかないのかと溜め息を漏らす。
そしてそれに落ち込み俯いてしまった彼女の視線の中に、その記事は飛び込んできていた。
「あっ、そうだそうだ!これ、確か前に見た奴だ!いつだったっけ?ふーん、この事件まだ続いてたんだ・・・何々、『謎の連続誘拐怪死事件、ついに特別依頼発令か!?』か。何か大事になってるなぁ・・・」
その記事に書かれている事件は、カレンがかつてどこかから飛んできた壁新聞を拾って読んだ時に目にしたものであった。
その事件が今も続いており、それが何やら大事になっているという記事を目にしては、彼女はのんびりと感想を漏らしている。
「ん!?ちょっと待って、特別依頼!?それって確か、どこかで聞いたような・・・?ええと、何だったっけ!?」
しかしそれも、そこに記された特別依頼という文字が目に入れば一変する。
その何やら重大な意味を持ちそうな言葉を、カレンは確か以前にどこかで耳にしたことがあった筈なのだ。
「ん?特別依頼って、何だっけ?どこかで聞いたことがあるような・・・?っ!?そうだ!特別依頼って、重大な事件とかで階級に関係なく全ての冒険者に発令する依頼の事だ!!!」
過去にエステルに言われた言葉を思い出したカレンは、それが全ての冒険者に発令される特別な依頼なのだと思い出していた。
「これなら、今の私にでも・・・!そうだよね?確か賞金首とかに近いシステムだって、聞いたことあるし!ってことは、ギルドに依頼を受けに行く必要もないんだ!それなら、私だってやれるはず!!」
その話題が出た時はその詳細までは聞くことはなかったが、あとでもう一度説明されたそのシステムに、カレンは頭に手を当ててはその詳細を引っ張り出している。
そうしてカレンが思い出したのは、その特別依頼がわざわざギルドに依頼を受けに行かなくても成立するものだという事であった。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふ!!思えば運命だったんだわ!!あの時、私に下にこの事件が書かれた新聞が飛んできたのは!!私に、この事件を解決しろっていうね!!」
カレンがその事件について知ったのは、まだ冒険者として活躍し始めた頃の話だ。
そんな時に偶然飛んできた新聞を拾い上げて目にした事件が、今再び自分にとって重要なものとして立ち塞がる。
それが運命でないのならば、何を運命と呼ぶのか。
カレンはその記事へと指を突きつけては、そう断言する。
「・・・誰も見てないよね?よし、今だ!!」
この新聞に書かれた事件が運命の相手だと決めつけたカレンは、急に大人しくなると周りをキョロキョロと窺い始めている。
そして周りに人の姿のないことを確認した彼女は、それを一気に剥ぎ取ってしまっていた。
「これでよしっと。後は、過去の記事も集めないと・・・そうだ!確か宿の前にもこの新聞、張り出されてたはず!だったら宿に過去のが残ってるかも!!早速、確かめてみなくちゃ!!」
剥ぎ取った壁新聞を小さく畳んで懐にしまったカレンは、これだけでは足りないと過去の記事を欲しがっていた。
そして彼女はそれが自らの宿である、小鳥の宿木亭にもあるかもしれないと思い出すと、一目散に駆けていく。
その表情は、先ほどの落ち込みようなど欠片ほども感じさせない、明るく決意に満ちたものであった。
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